第三十六話 試作品より気になることが

 清家せいけの里へ蚕の糞を送る旨の手紙を送ろうかと考えていたところ、逆に向こうから手紙が来た。


 何でも、試作品の一号が完成したのでお披露目をしたいとのことだった。

 エリートサラリーマン系イケメンである滝川一益たきがわかずますさんが直接持ってきてくれるということだったので、手紙は送らず、直接話すことにした。


 滝川さんとの対面日。主要メンバーも集めてお披露目会だ。それと遠隔地で働いてくれている滝川さんと朽木谷のメンバーとの顔合わせの機会でもある。



「お久しぶりにございます。随分寒くなってまいりましたが、風邪などお召しになっておりませぬでしょうか」


 うーむ。安定のエリートサラリーマン振りである。さり気ない気遣いが素敵です。

 今日も御髪も御髭もツヤツヤですね。言わないけど。


「大丈夫だ。滝川さんには毎度毎度、足を運ばせてすまない。余も清家の里を見てみたいのだがな」

「いずれお見せできるよう立派な里を作り上げておきまする。さて、本題にございするが、こちらをご覧いただきたく」


 アイスブレイクも完璧ですね。お話の流れがスムーズです。

 滝川さんが脇に控えた布包みを前に置くと、包んでいた布を払って中身を見せてくれた。

 出てきたのは、ずっしりと重量感を感じさせる黒光りした筒。丁寧に磨き上げられた木部は光沢を放ち、真鍮色の金具が芸術性を感じさせる。


「完成したのか!」

「はい。試作品第一号にございます。やっとお見せできる仕上がりとなりました」


 本題は手紙で知らされていた通りだから、予想はついていたけどやっぱり本物を見るとテンションが上がる。

 服部くんも気になるようで首が伸びている。わかるよ。君も男の子だもんね。こういう格好良い武器って惹かれるよね。


「でかした! 製作者である職人さんは来てないのか?」

「はい。まだまだ良い物が作れると工房に籠っております。それに御目見おめみえできるような身分でもございませぬので」


 俺はそういうの気にしないんだけどな。ただ公式の場ではそんなこと言えないのも承知している。俺がアレコレ指図できたり、身の安全が図られているのは、将軍という身分があるからだし。大事だよね、形式って。



 今回の火縄銃については滝川さんも知識があるから、職人さんがいなくても話し合いができるけど、別のことであれば職人さんと直接話せないのは、ちょっと問題だろう。職人さんにも官位を授けて身分を高めるのも良いかもしれない。


 技術者である職人さんたちは日々切磋琢磨して、まだ見ぬ新しい技術を生み出してくれている。彼らに敬意を払うのは当然だろう。しかし、それは追々の話か。


「では、その力作を見せてくれ」

「こちらです」


 滝川さんが試作品を両手に捧げて目の前に置いた。

 触るのが畏れ多くなるほどに、丁寧に磨かれた試作品。それを己が両手で包み込むように持ち上げる。


 種子島から献上された初期の火縄銃より軽い。そして少し銃身が長いのか?

 全体的にスリムになって軽量化が図られている気がする。


「素晴らしい出来だな。試作品の苦労話でも聞かせてくれないか」

「この試作品は、他の火縄銃より軽くするため筒の鍛造を丁寧に処理し薄く仕上げており申す。その分、若干銃身を伸ばし、集弾率が上がるようにしました。カラクリなどは既存の物を流用して工期を短くしました」


「そうだったのか。色々と工夫しているのだな。種子島の献上品よりも細身で軽い。良い出来だ」

「ありがとうございまする。上様のお言葉に兄弟子も喜びましょう。是非ともこの試作品に銘を」


 また名付けが来てしまった。苦手なんだよな。名付けにはセンスが必要だと思う。

 確か火縄銃の銘は製造地の名前を用いていたはず。堺の物は堺筒、国友は国友筒。独創的な銘を付けるより、その慣習にあやかるとしよう。幕府の名を連想させると、三好がどう動くか分からなくて怖いし、また清家の名を使うか。


「清家筒とする。まだ幕府が主導していることは公にできないが、幕府製火縄銃の性能を轟かせるよう努力して欲しい」

「承知仕りました。では、試作品の試射をご覧に入れましょう。廊下に控えます者に射手を務めさせます」


 廊下って誰かいるのか? 人がいる気配がまったくないけど。

 滝川さんの言葉に楓さんが静かに戸を開けた。

 すると、平伏した男がいる。いるんだけど、存在感を感じさせないというか何というか。影が薄いというのが適切な表現なのだろうか。


 そうだ。間違いない! この人も忍者ですよ! 知ってるんだから! いつもの甲賀つながりで来るんでしょ!


「気配を感じなかったよ。この方も忍者なのかな?」

「いや、それが……。はっきりしませんで。名は善住坊ぜんじゅうぼうと申すのですが、出身を聞いても杉谷としか」


「甲賀に杉谷って地名があるんじゃない?」

「たしかにあるにはありますが、伊賀にもございますし、それこそ各地にある程に珍しくもない地名にて」


「でも教えてくれないんだ」

「はあ。そもそも言葉を発すること自体がまれなことでして。聞いても答えてくれぬのです」


 あ、あやしい……怪しすぎるではないですか! そんな人に鉄砲を持たせて良いのか不安なのですが……滝川さんを信じるしかないのか。


「……本人を前にして言うのもアレだけど、意思疎通はできてるの?」

「はい! 最初は良く分からない男でしたが、目を見ればわかるようになってきました。慣れてくれば、ちょっとした表情の動きなんかで喜んでいるかどうかもわかりますよ」


 まったく滝川さんったら、何でも出来るんだから。っておかしいでしょ! 目を見ればわかるって、会話の出来ない動物とも通じ合える的なアレなんですか。


 信じていいのだろうか。とても不安だ。猿飛や服部くんを筆頭に護衛の人たちも優秀だし、彼らも問題視していないのだから大丈夫なのか。


「……滝川さんが言うなら信じるよ。善住坊さんは射撃の腕が良いんだね」

「ええ。圧倒的なほどに。彼の者は、飯をたらふく食えて、寝る場所もある。何より日々火縄銃に触れられる生活を送れて、上様に大変感謝しておるようです」


 本当に?! 目だけでそんなに語れるものなの?! 彼は、さっきから身体だけじゃなくて表情もピクリとも動かない人だよ? 

 ……し、信じちゃうからね。って、我ながらチョロいな。



 試作品の試射を見せてもらったが、弓場の的(30メートルほど)で試すと外すこともなく、倍に伸ばしても、それは変わらなかった。三倍に伸ばしたら十発撃って一発外した。滝川さん曰く、慣れた滝川さんでも六割がせいぜいで、これほど当てられないって言ってたので、善住坊さんは凄い腕前なんだと思う。


 ……この時代の鉄砲って、腕が良ければそんなに当たるものなのだろうか?

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