第三十五話 興味を持つと見える世界が変わる

 朽木谷に逃れてから二月余り。

 谷には早くも冬の気配が漂ってきている。

 谷という地理的な要因なのか、着物のせいなのか、とても寒い。綿入れまで着ていても裾や袖口から外気が侵入してくる。


 そのため、楓さんに寒さ対策がないか聞いてみたところ、火鉢を出してくれたのだが、燃料代が馬鹿にならないことが判明した。現代のように灯油ストーブのような部屋を暖めるような温かさも無いんだけどなぁ。

 そもそも、建物の隙間風も凄いし、床も冷たいから、どこからでも冷気が入ってくる。


 仕方ないので厚着をすることになったのだが、今は綿が入った搔巻かいまきという掛布団を被っている。これはなぜか着物の形をしていて、寝るときはこれを上に掛ける。今のところ、これが最強の防寒着なのだが格好がつかない。着ぐるみを着ているような状態で作業などが出来ないのも痛い。


 そこで、畜産事業でお世話になっている猟師さんにお願いして、毛皮で防寒着を作ってもらうことにした。これが仕上がれば、あら不思議、天下の大将軍が山賊にクラスチェンジと相成ります。


 ……おふざけは大概にして、俺は着るものに無頓着だったのだが、戦国時代の衣料事情に目を向ける良いキッカケとなった。(ふんどしには、今でも慣れないが代用品が無いので諦めている)



 疑問に思ったら、藤孝くんに声をかければ大抵解決できる。


「藤孝くん、幕臣のみんなは絹物を着ているね。楓さんたちが着ているのは何?」

「そうですね。多くは、あさでしょう。最近は木綿も広まりつつあります」


 ああ、あれが麻なのか。絹物って水仕事とか野良仕事なんて向かないもんな。洗うのも大変そうだし、耐久性があるようにも思えない。

 そうなると耐久性に優れて、使いやすい麻や綿になっていくのだろう。


「木綿って最近広まってきたの?」

「元々あるにはありましたが、量が取れなかったらしいのです。最近では駿河で木綿生産が普及していて出回るようになってきましたね」


「そうなんだ。木綿ですら高級品なんだね。駿河というと今川家か。良い商材があるとなると、これから力を伸ばしていきそうだね。麻はどこが有名なの?」

「越後でしょうな。青苧と呼ばれる原材料はとても有名ですし、越後の特産品です」


 ここでも長尾家と今川家が出てきたぞ。

 長尾家が甲斐武田家とか北条家とかを相手に大きな合戦をやってこれたのって、そういう特産品のおかげなのかもしれない。

 衣服の素材を一手に引き受けてきた麻の一大産地であるならば、その売上たるや、さもありなんといったところか。

 確か佐渡には金山もあったし、お金持ちなんだろうな。


 やはり強い軍隊というのは軍資金が豊富にあることが前提条件なんだろう。長尾景虎や武田信玄のような戦上手な人もいるが、それは前提条件を満たしたうえでのことな気がする。

 仮に百人しか揃えられなかった武田信玄に対して、一万揃えた幕府軍なら指揮官がそれなりでも勝てると思う。まずは数を揃えられること、その数を支える補給ができること。そして集めた兵を手足のように用いれる有能な指揮官がいれば。


 人材は少しずつ集まってきている。兵数を集めるための資金を得る手段の見通しも立ってきた。本当に少しずつだけど。


「官位の対価として木綿や青苧は欲しいね。腐らないし、欲しがる人も多いだろうから捌きやすそうだ。それと絹ってどこが有名なの?」

「そうですね。その方向でいきましょう。絹に関しては、大陸からの輸入品ですね」


「絹って蚕の繭だよね? 日ノ本では養蚕やってないの?」

「やっていますよ。それらは和絹と呼ばれ区別されています。ただ和絹は品質にムラがあるので、高価な絹織物には不向きという考えから、輸入品が用いられているようです」


 大陸って現代の中国のことだよな。向こうのは品質が一定に出来ている。きっと蚕の育て方にノウハウがあって、日本との品質に差があるんだろう。


 輸入を沢山しているってことは、付き合いがあるのだろうから、養蚕のノウハウを仕入れられないかな。ダメなら、技術者を招聘して振興しても良い気がする。

 軍事利用目的の火薬の製法ですら流れてきているのだから養蚕のノウハウもいけるだろう。


 何より未知の技術を取り入れて昇華させるのは日本人のお家芸だしね。


 輸入するほど必要とされているものなら、国産化すれば国内需要だけではなく、輸出品にまで育つ可能性がある。


 歴史を見ても、日本では養蚕は盛んだったのだから、可能性の無い話ではないはず。


 あれ? 蚕って虫だよな。虫も糞をするはず。それって硝石作りに使えないのか? 人や動物の糞尿が使えるなら虫でもいけるのでは?


 養蚕は、日本でも既に行われているのだから、糞を集めるのは難しくないよな。近隣から集めて、甲賀の清家の里に送ってみるか。

 この前の手紙で、あそこでも硝石作りをするって言ってたし。


 あそこは土地に余裕があるようだけど、人の数が少ないから、糞尿も少なく、必然と忍び火薬の製法でも作れる量が少なくなってしまう。代用品として蚕の糞で試験運用してもらおう。


 畜産事業を始めたものの、猪も兎も春先にならないと子どもを産まないみたいだから、そっちの方が早く着手できそうだし。


「日ノ本でも養蚕業を普及させたいな。何が原因で品質にムラがあるのか、わからないから、いくつかの場所でお抱えの業者を作ろう。彼らの作る絹を引き取る他に糞を引き取って硝石作りに利用していく。上手くいけば、硝石が大量に作れる。和絹も西陣織の職人に相談して使い道を探ろう。将来的には輸入品の代わりに流通するかもしれない」

「分かりました。養蚕農家を探しておきましょう。それと和絹は市場で手に入るものですから、先に西陣織の職人と話し合って使い道を研究してもらいます」


 さすが藤孝くん。俺の方針を基に、打つべき手を考えるだけじゃなく、効率化まで。うちのイケメンたちは優秀過ぎるよ。

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