火中の栗の拾い方

第三十八話 コストゼロって素晴らしい

 駿河に派遣していた忍者営業部から営業報告が届いた。

 落ち着きを取り戻した今川家でも官位の斡旋営業を始め、手応えを感じているようだ。


 それにも増して盛況だったのは武田家である。官位のバラマキのような大量注文を得た。九十貫(1,080万円程度)という予算内で出来るだけ多くの官位が欲しいとのご要望である。

 がめつい感じの要求に何となく武田信玄さんの性格が出ているような気がする。ちなみに九十貫では、格の高い官位一つ分に足りるかどうかという程度の献上金であることを言っておきたい。


 つまるところ、低い官位で構わないので、たくさん欲しいということなのだろう。

 支払いは甲州金でいただくことにした。甲斐の他の特産は軍馬であったり味噌であったり他国で売りにくい物ばかりだったので致し方無かった。

 しかし、甲州金は日ノ本各地でも知られていて、一国主が発行している通貨にもかかわらず、信用度が高いらしい。いつの時代もきんは強いということか。


 武田家は戦勝ムードで景気が良いそうで、京小間物が売れているそうだ。そして楓さん発案の西陣織の端切れで作ったパッチワークの巾着は飛ぶように売れているとのこと。

 営業部としても、在庫の持ち運びで嵩張らず大量に運べるので、どんどん量産して欲しいとのことだった。

 これはあとで楓さんに伝えてあげよう。素晴らしい笑顔を見せてくれるはずだ。出来は良いし、材料費が安いこともあって販売価格も抑えている。そりゃあ売れるよね。


 軍需物資については、大規模な激突にならなかったものの、長期対陣が続いたため、米、味噌といった物資が余っていた所は少なかった。これは長尾家でも同じで軍需物資買取は、若干空振りの結果となってしまった。


 しかし、甲斐だけで見ても、武家官位の任官で九十貫という売上が立っており、原価ゼロということもあって大きく儲けられた。守護大名一家でこれだけの儲けが出るとは……官位斡旋は癖になりそうだ。


 今回の合戦の当事者であるもう一方、越後長尾家からは、希望された官位に対し、五十貫の謝礼を支払うとの回答があった。ありがたい。こちらは銭の代わりに青苧あおそでの支払いをお願いした。


 軍需物資の買取はボチボチの成果だが、官途状という武家官位の任官によって百四十貫の対価を得てしまった。甲州金は転売しないが、青苧は蔵のある若狭で売っても、五十貫以上の値段で売れることは間違いない。何せ越後の特産品を現地で仕入れ、若狭小浜に運んできたようなものである。若狭では、仕入れの原価に輸送費と現地商人の儲けを乗せた金額が販売価格になるのだから。

 さらに言えば、今回は献上品だから、若狭までの輸送費は長尾家負担なのだ。これはかなり儲けが出そうだ。


 そして、それ以上の価値のある情報が得られた。

 越後って米どころという印象があったのだが、この時代ではそうではないらしい。

 むしろ米を作りにくい地域のようで、慢性的に米が不足しているのだとか。以前、話に出てきた青苧などの特産品を売却して得た資金で米を買い集めている状況であるという。


 幸いなことに和田さんに米の買付け話を依頼していたので、安い地域から買い入れて、越後に売る流れの販路が確立するのではなかろうか。若狭へ青苧を運んでもらって、米を積んで帰ってもらう。輸送コストも安く上がりそうだな。


 それに、こちらもまだそれほど多くの米を買い付けられる状態ではないので、小さな取引になってしまうが安定的に利益を得ることが出来るだろう。


 なにより、川中島の戦いは何度も起きる。そうなれば否が応でも需要は高まるし。米の値段は上がる。日ノ本において川中島の戦い以外にも大規模な合戦は沢山あったから、幕府にとって米の販売は確かな収益の柱になってくれると思う。


 ウチが合戦になっても、その仕入れた米や買い取った軍需物資が役立ってくれるだろう。停戦斡旋や武家官位は販売先が有限だから、デカく稼げてもいつまで続くか分からない。米販売は、細く長く続く事業といえるだろう。火縄銃販売とともに主力になってくれると嬉しい。


 こうやって米ばかり扱っていると、後世に米将軍とか言われてしまいそうだな。あれ? 他にそんなあだ名が付けられた将軍いたような……。まあ、いいか。



 さて、今回の合戦絡みで得た資金の使い道をどうするか。

 京小間物や書籍販売で忍者営業部の運営費は賄えてしまっている。楓さん発案の西陣巾着も加われば、さらに売り上げが伸びることが予測される。そのうえ、営業部のご家族に巾着を製造する内職が発生するため、家族での所得も増えることだろう。


 その他の商材で言うと、今回大きく売り上げを伸ばした武家官位の任官、停戦斡旋。米や軍需物資の売買。特産品の交易がある。これらは純粋に利益の積み増しである。


 ここで、絶好調の忍者営業部の課題は、商売に精通した人員がいないこと、稼働できる営業部の人員が少ないことだろう。幕府全体で見れば、火縄銃製造の人員が足りていないこと、畜産事業が軌道に乗っていないこと。

 これらにもっと力を入れても良いかもしれない。


 営業部の補充人員は、和田さんが育成中だから良いとして、商売に精通した人員については、お金で何とかする問題じゃない。畜産事業はまだ結果が読めない。

 となると、資金力を背景に火縄銃職人を好待遇で迎え入れるのが良さそうだな。


 そうして火縄銃を大量に製造できれば、さらなる売り上げ増加が見込める。そのころには、営業部の人員も増えていることだろう。


 いずれ、忍者営業部内で諜報と商売の部門分けをしたいところではあるが、商売の核となる人材がいないな。これは課題として心に留めておこう。


 それに最悪、硝石製造が遅れていても資金さえあれば、買い集めることも出来る。豊富な資金で人を雇い硝石作りを推進することも出来る。健全な財務状態であれば、そういうことも可能だ。


 やはりここは、まず火縄銃製造に力を入れて確実に儲けが出せる組織にしていこう。



 こうやってまとまった資金を持つと直轄軍でもと思ってしまうが、一度でも雇えば今後も維持費を支払い続けなければならない。忍者営業部は自分たちで食い扶持を稼いでいるので、順次拡大していけるが、直轄軍は金を生まない。


 しかし、金がかかるから無くても良いというものでもない。困った。

 いずれ直轄軍の中核を担ってくれる若手士官を少数だけでも育て始めるか。それとも直轄軍でも食い扶持を稼げるものを見つけるか。


 正直、今の幕府には、狭い朽木谷を守る戦力すら無い。直轄軍を持つのは急務なのだが、幕府全体として利益が出続けないと自滅する。バランスが必要だな。


 とりあえず、以前計画したように火縄銃製造事業にどんどん人を雇い入れて、生産職に向かない人の中から、足軽隊に組み込む流れでいこう。これなら時間はかかるけど、無理なく拡大できる。

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