第三十二話 騎馬隊って言葉に憧れを抱いてしまうのは何故だろう

 おそらく川中島の合戦だと思われる戦は、和田さんの予想通りに終わった。

 結局、幕府が口をはさむ余地は無く、双方兵を引いて静かな幕切れとなったようだ。


 とりあえず甲斐信濃方面の話はそれで終わりかと思っていたら、思わぬ形でその余波を受けることとなったのだ。


 今回お見えになったのは、明らかに武人だと思われる風貌な御方。日に焼けて精悍な顔付きは幕府の面々とは全く違い、異質であることを感じる。


 あえて言えば、雰囲気は滝川さんに似ているのかもしれない。ただ滝川さんは器用で何でも出来そうな感じがするが、この御方からは、そういう感じを受けない。政治とか金勘定とか、そういうことに興味を持たず、ただひたすらに武芸を磨いてきた。そういう風に思わせる雰囲気を持った人だった。


 俺は良く知らないが、この御方も由緒正しい家柄で信濃守護だという。何でも小笠原流弓馬術礼法宗家で信濃四大将と呼ばれていたほどに信濃では有名な御方だそうだ。


小笠原長時おがさわらながとき殿。遠路はるばる、よくぞお越しくだされた」

「上様より任されし地を失い、面目次第もございませぬ」


 お、お堅い御方ですこと……。幕府の人たちとは全然違うぞ。こういう人と対面するとちゃんと武家言葉で話さねばと緊張してしまう。


「勝敗は兵家の常と言う。気を病むことではない。今はまず、朽木谷で羽を休めることだ」

「ありがたき幸せ。ですが失地回復の機会を頂戴できますれば、これに勝る幸せはございませぬ」


「その気持ちは良く分かる。しかし幕府も力を蓄えている真っ只中だ。もし幕府に協力してくれるのであれば、貴殿の失地回復にも尽力しよう」

「ご厚情ありがたく」


 さて、どうしたものか。小笠原さんの経歴からすると弓馬術と礼法のお仕事をさせてあげたいけど、幕府内ではあまり需要はなさそうだ。

 ただ弓馬術っていまいち良く分かんないんだよな。こうなれば困った時の藤孝くん。チョイチョイと呼んで疑問を耳打ちすれば、万事解決だ。


 さあ、イケメンとの内緒話の始まりです。


「弓馬術というと、馬に乗って弓を射ったりするんだよね」

「はい。騎馬武者が行う騎射が由来となり、作法なども伝えております。それだけでなく、地面から放つ立射なども含みます。ただ弓術とはいっても六角家で熱心に取り組まれている日置へき流とは起源を別にしております。これは後ほどにするとして、古来より身分のある武士に好まれる流派ですね」


「足軽とかじゃなくて武士の方なんだね。武士のたしなみってことかな。そうなると幕府軍の弓術指南役には難しそうだね」

「そうですね。出来なくはないでしょうが」


 なるほどなぁ。無理に足軽隊の弓術指南役にしても、彼の能力を十全に発揮できるとは思えない。それならスポンサーである六角家から日置流の師範を迎え入れた方がお互いのためだ。


 どっちかというと、騎馬隊を作り上げてもらう方が良いんじゃなかろうか。

 なんでだろう。騎馬隊って響きが格好良く思ってしまう。

 母さん、男というものは、いつまでも子供なんでしょうか。


 冗談はさておき、騎馬隊って強いイメージがあるけど、戦国時代では廃れていたんだよな。武田騎馬隊なんて名前を聞いたことがあるけど、西洋の騎士が行う騎馬突撃のような運用は行っていなかったって説を聞いたこともあるし。


「小笠原殿、嫌な思いをさせてしまうかもしれないが、武田の騎馬隊について、対峙した貴殿の感想を聞きたい」

「はっ。武田家は騎馬武者が多く、武田騎馬隊と称しております。しかし、騎馬武者には三名の介添えが付きますので、厳密な意味での騎馬隊ではございませんでした。もちろん、騎馬武者だけの単騎掛けなど行わないので、機動力も目を見張るほどでもございません。脅威となるのは、騎乗の士となれる武士の数の多さにございます。雑兵とは違い、戦闘の本職たる者が多いことから、ぶつかり合っても地力の差が出てしまいまする。武田家には兵数、質ともに敵いませなんだ。あれほどの数の武士を抱え、大量の足軽を動員する。つまるところ、武田家には財力で負けたのです」


 騎馬だけの部隊っていないのか? なんでだろう。機動力があれば有利になるはずなんだけど。

 それと武田家の力の根源は財力なのか。まだ小笠原さんの意見だけでは判断できないけど、それも間違っていないのかも。たしか土地は貧しいけど、金山が多くてお金持ちだったんだよな。


 馬って維持費もかかるし、訓練も必要だ。金がかかるのは目に見えているから、今の幕府では騎馬隊を導入するのは難しい。

 ああ、そうか! 馬を所有できるほどの武士はお金持ちの上級武士なんだ。彼らは指揮官としての役目があるし、自分が先頭切って突撃するわけないよな。


 でも他の大名が持ち合わせていない手札があれば、こちらの強みになるのではなかろうか。馬に乗る役割の兵士を育てれば出来なくはないよな。

 騎馬武者の指導に精通した人材が来てくれたのだから、その可能性を残しておくのは悪くない気がする。

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