第三十三話 講師派遣業を始めます
海外とかではよくある、騎馬兵だけで構成された騎馬隊について気になったことがあったので、
「ふとした疑問だが、騎馬のみで編成した部隊で敵陣に突っ込んだり、後方をかく乱したりとかしないのか?」
「使番(伝令)を組織した母衣衆などが純粋な騎馬武者のみの部隊といえるかと。しかし、それらの者は敵陣に突撃することはありませぬ。ただ、少数の騎馬武者のみ集まって突撃することはありまする。俗に言う乗り崩しというもの。武田家と戦った長尾景虎殿は、この戦法を好んでおるようです。あとは追撃の際に騎馬のみで突出することがございまする」
「そうであったか。良く分かった。貴殿にとって心苦しい話をさせてしまい、すまなかった。この話は必ず役立てると誓おう」
「上様のお役に立てて光栄に存じまする」
騎馬隊などの状況や将来の計画をイメージできたが、小笠原さんには今後どうしてもらおうか。それだけがまだ定まっていない。彼と従者くらいだったら、ブラブラしていても金銭的に支えられる程度には余裕が出てきている。しかし、皆何かしらお仕事に取り組んでいて、その結果でもある。
だから彼らだけ何もしないというものちょっと違う。何か彼に向いたお仕事があるだろうか。
服部くんのように護衛をしてもらうのも勿体ないしな。実情は、服部くんもお仕事らしいお仕事をしていないので、俺が便利使いしてしまっている状況なわけで。彼の場合、十二歳とまだ若いということもあるから、かばん持ちという意味合いで成立しているところもある。
小笠原さんは四十歳は過ぎていそうな感じだから、服部くんのようにはいかない。
それに小笠原流弓馬術礼法の宗家という一廉の人物を側に侍らしておくのもどうかと思う。
むむむ。ここは、小笠原さんの強みを生かして商売するしかないか。騎馬隊作るにしても失地回復を図るにしても、お金を集めて、兵を募らねばならない。
巷に良く聞く、実力者の傀儡となるならば、御輿に乗っているだけで良いのだけれど。
俺もその立場に該当するものの、権力者の気まぐれで殺されてしまいそうな世の中では不安過ぎて傀儡でも良いやとは到底思えない。
小笠原さんなら旧臣に声をかければ、ある程度の兵や将は集まるだろう。しかし、集めたところで飯を食わせなきゃならんし、武具糧食を用意する必要もある。結局は金が必要だ。
幕府としては、代わりに信濃を奪い返してあげられるほど、余裕も力もないから、彼自身にもしっかり働いてもらって金を稼いでもらわないと。
となるとだ。小笠原さんには各地を飛び回ってもらって、小笠原流弓馬術礼法の指南をしてもらおう。講師派遣業みたいな感じだな。
幸い、幕府には各大名とのパイプがある。こっちから一声かけて興味を持ってくれそうな所へ派遣して、対価を得る。
彼を遊ばせておかないでお金を稼ぐ方法はこれくらいしか思いつかないな。
そうやって師範として顔を売っておけば、少しは小笠原さんのシンパができるかもしれない。そこで出来る人脈は、彼が復権を目指して動く時に味方になってくれる可能性が高まる気がする。
やっぱり、顔を見たこともない人より、顔を合わせたことがある人の方が親近感が湧きやすいんだよな。
立場的にも師範と弟子という関係も良い方に作用するはずだ。流派の宗家というのは、影響力が強い。優秀な弟子に印可を与え、その地で根付かせれば、門弟が増えて小笠原流という流派も相対的に大きくなる。必然と宗家の地位が向上する。
もしくは騎馬隊に向いた人材がいれば引き抜いても良い。上級武士でなくとも乗馬の才を持つ人材はたくさんいるはずだ。今の内からピックアップしておけば、いざ騎馬隊を組織する際にスムーズに進むのではなかろうか。
どの辺りが上手くいくか予想もつかないけれど、講師派遣業は大きなコストがかかるものじゃないからチャレンジしやすい。
売り物は、小笠原さんの知識だからね。大儲けはできないが、損するようなこともないはず。
良し。それでいこう。
「余は幕府の再興を目指している。そのためには金を稼ぎ、兵を集め、力を蓄えねばならない。貴殿には、かつてないほどの大規模な騎馬隊を率いて戦場を駆け巡ってもらいたい。しかし今はまだ夢物語に過ぎん。第一歩として各地を巡り、小笠原流弓馬術礼法の指南をしてきてもらいたい。それにより対価を得て、軍備を整える。それで宜しいか?」
「元より、それしか能の無い半端者にございますれば、否も応もございませぬ」
やはり伝統は引き継いでいかねばならない。終わらせることは簡単だが、続けることは難しい。小笠原流弓馬術礼法の指南というのは、失地回復には直接関係ないが、流派のためにはなる。日銭を稼ぎながら、耐えていけば、時間さえかければ、必ず強い幕府を作れるはずだ。
そうなれば小笠原さんの失地回復の支援ができる。
強い幕府があれば、戦が蔓延る日ノ本にも安寧をもたらすことも出来るだろう。
俺を信じて従ってくれている仲間たちも少しずつ増えてきた。彼らが暮らすこの世を平和に導くことは将軍である俺の役目だ。
何故、俺が将軍に乗り移ったのかは定かではないが、現実問題として将軍は俺なんだ。俺がやるしかない。
「ありがたい。派遣先はこちらで選定する。そこでは本命の弓馬術礼法の指南に加えて、小笠原殿の復権を支持してくれる人を増やすこと、そして、いずれ設立するであろう騎馬隊に勧誘する人材の目星を付けておいてもらいたい。こちらは身分は問わない。向かう先は戦地ではないが、その道の先には、失地回復のための合戦へとつながっている。そう心して臨んでもらいたい」
「承知仕りました」
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