男はいつでも夢を見る

第三十一話 チャンスは突然に

 いやー、藤孝くんも和田さんも忙しいからと、楓さんに滝川さんからの手紙を読んでもらっているんだけどさ。内容よりも楓さんの話し方に気持ちが持っていかれておりまして。だって、語りかけるような静かな声色が心地良いんだもん。


 時折、そのまま読み進めて良いかどうか、様子を確認しながら読んでくれるのだけれど、俯き加減からの流し目も何とも言えないのですよ。


 内容に集中しろって話なんだけど、楓さんが手紙を読んでいるから、自然と楓さんをジッと見る事になる訳で。普段は、ボーっと眺めているとフイと顔を背けられてしまうので、目で追うのを諦めてしまうのだが、今回は問題無い。ありそうだけど無い!


 改めて言うことでもないが、楓さんって本当に綺麗な人だよな。

 声も良いんだけど、手とか指先も綺麗なんだよ。


 厳しい忍術修行を経てきた訳だから、指は節くれだっていてもおかしくないのに、ピアニストかと思ってしまうほどに細く長い。

 手の甲もしっとりとした柔肌で水仕事など無縁に思える。彼女は表向き女中として務めているのだから、炊事洗濯と水仕事は避けられない。不思議なこともあるものだ。


 ……ふーむ。楓さんって、まつげも長いぞ。マスカラの無い時代でも、しっかりと分かるほどに長いまつ毛も魅力の一つだろう。


「義藤様! 続きを読み進めてもよろしいですか?」

「――っ。ああ、ごめんごめん。思わず見惚れちゃって」


 やばっ! 急に声をかけられたので無意識に返事しちゃった。


「見惚れるって何をです?」

「いやー、その……手が綺麗だなって。水仕事もしてくれているのに、全然荒れていないし」


「えっ? ……私の手のことなど良くお気づきになりましたね」


 ああ、そんな風に手を隠さないでも。

 急に変なことを言ってしまったので、気持ち悪く思われたのかもしれない。


「いや! ほらっ! 手紙持ってるし目に入っちゃってね! たまたまだから!」

「…………」


「えーと……何か特別なことでもしてるのかなって、思っちゃったりなんかして……」


 何言ってんだ、俺。頼むから楓さんも何か言ってくれ〜。この間がキツイ。


「……忍びには変装をして潜入任務を行うことがあります。姿を変えるにあたっては、顔や体形、声を変えます。しかし人というのは、手にこそ生活してきた歴史が出るのです。ですから忍びは手も変化させるのです。シワシワにするのもツヤツヤにするのも腕の見せ所。今はその技術を使って手が荒れないようにしているだけなんです」


 若々しくハリのある肌もお手の物ですか。忍者って美容にも強いのか。

 あれ、これも商売になるのでは?


「へぇ、そんな所までこだわってるんだね!」

「……私みたいな下賤な女がそのようなことを気にしておかしいですよね」


 えっ? なんでそんなに卑下するんだろう。誰がどう見ても美人なのに。何か自信を失うような出来事でもあったのかな。

 フォローすべきなのは間違いないけど、どうしてそう思うのか分からないと、当たり障りのないことしか言えない。でも、そこまで踏み込んで良いものだろうか。


「身分とか関係なく、女性なら気にしててもおかしくないんじゃないかな?」

「そうですかね……。綺麗な女性方であれば、それもおかしくないのでしょうけど……」


 楓さん、自分が美人じゃないと思い込んでいるのか。だから手を綺麗にしておくのに後ろめたさみたいなのを感じているのかな。

 でもどう考えても、あなた美人さんですよ? 俺からしたら人生でこれほど綺麗な人を見たことないってのに。


 思ったままの通り言ってあげた方が良い気がするんだけど。どんな顔してそんな恥ずかしいことを言えば良いのだろうか。


 いやいや。恥ずかしがるな。楓さんには素直に褒めるのが吉だと、この前実感しただろうに!

 綺麗なことに間違いないのだから、何を恥ずかしがることがあるんだ。


「か、楓さんも綺麗だと思うよ?」


 か、噛んだ……。きっとイケメンなら当然のように褒められるはずなのに。しかも何で語尾が上がった。疑問形みたいになっちゃったじゃんか。


 ……仕方ない! 女性を褒めるって恥ずかしいんだよ。いきなりレベル高すぎなんだって。これでも頑張った方さ!


「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです。でも私みたいに背が高くて、目つきが鋭い女なんて綺麗とは程遠いですよ。肉付きも良くないですし」

「そんな事ないって! 楓さんって、すらりとしてて立ち居振る舞いも綺麗だし、キリっとした眼差しも良いと思うんだよな、俺」


 精一杯フォローしてみたけど、楓さんの反応が気になる。俯いてしまっていて表情が見えないから、上手くいったのかどうか良くわからない。


 何とも言えない気まずい空気が漂っているように思えて尻がむず痒い。

 耐え難い空気にさらされていると、唐突に楓さんが切り出した。


「……義藤様も他の殿方と同じように、ふくよかで背の低い可愛らしい女性がお好みだったりしますか?」


 まさかの楓さんから切り込んできたー! ここは楓さんのような人がタイプですって言うところだよな! なっ!

 いくぞ、俺! 頑張れ、俺! 今こそ勇気を出すタイミングだ!


「……お、俺の好みは……そういう人じゃないかな」


 ぐふっ。……日和ひよった。……言えなかった。


「そうなのですね。それなら……何でもないです! では失礼します!」


 行っちゃった。

 そういえば、滝川さんからの手紙読み終わってたのかな。それすら記憶に定かじゃないや。何やってんだ、俺。

 結構重要な話だったから、もう一回確認しておかなきゃ。前半の方はしっかり聞いていたと思うが後半の方はかなり怪しい。


 そうだ、木工職人と金具職人、追加の鍛冶師の手配しなきゃな。もしかしたら、和田さんがすでに動いてくれているかもだけど。


 急に真面目なことを考え出して、何となく現実逃避している気がするけど、気にしたら負けだ。

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