室町武将史 鬼と呼ばれた男 其の一
幕間 服部正成 伝 幕府への出仕
古より忍びの者たちが住まう伊賀において、突出した腕前を誇る
しかし、今は私の側にはいない。いや、私が側にいないのだ。
父上は言った。「服部の血を絶やさぬために分家を立てよ」と。
それは新天地に腰を落ち着けたばかり頃の出来事だった。
かつて父上は優れた腕前を持ちながらも伊賀という地を離れ、将軍家に仕えた。
しかし、将軍家では忍びの腕前が認められることはなかった。敵地を探ったり、戦地の前線で斥候などの役割を任されるものの、それは正規の武士の仕事とは認められなかった。農民たちと同じ雑兵の枠組に組み込まれていたらしい。
父上は仕方のないことだったと言っておられたが、優れた忍びである父上を否定されたようで悔しかった。
父上はそれでも耐えていたようだ。すでに伊賀を離れ、我ら一族が生きるには幕府からの給金に
その後、京を追い出された幕府は困窮し、服部家に支払われる給金が減ったらしい。こういうものは下々の者から切り捨てられるのだと、一番大きい兄上が言っていた。
ひもじい思いをすることが多かった生活であったそうだ。そのような生活であっても将軍直臣という矜持が父上を支えていたのではと感じた。しかし、仕えていた室町幕府は力を失い、武家の棟梁たる将軍が逃げ回る羽目になっていた。そうした惨状を見て、父上は幕府への忠義を失ってしまったように思えた。もしかしたら忠義ではなく期待だったのかもしれない。私には、父上の御心の深くまでは分からなかったが、幕府を離れると決められた晩は、とても寂しそうだったと伝え聞いている。
三河で生まれた私は多くの兄たちとともに父上から、忍術を学んでいた。兄たちは優れた腕前に育ち、私も相応の腕前になったと思う。
しかし、私は父上の苦労話を聞いていたからか、そこまで忍術にのめりこめなかった。忍びという生き方を無意識に拒絶してしまったのかもしれない。
分家を立てるという話が急に湧き上がったのは、かつて父上の心を乱した幕府から復帰の打診があったからだった。将軍様は義藤様となられており、服部の者を招きたいと言っておられるらしい。
それならということで、末っ子の私が選ばれた。私はまだ齢十二であり、兄上たちも多くいたことから、元服はしていなかった。降って湧いたような仕官話に応じるため、急ぎ元服を済ませ、分家の当主となった。
私が選ばれたのは、服部家には男児が六人もいたこと。私の忍術の腕前が劣っていたことがあるだろう。
それに不満はない。私は武士らしく合戦場で華々しく戦いたかったのだ。忍術より槍働きで名を挙げたい。そう考えていたからだ。おそらく父上もそれに気がついていたのではと思う。
忍家として三河松平家に雇われた以上、忍び働きからは逃れられない。それならばという訳だ。もしかしたら、かつての扱いに対する意趣返しなのかもしれない。
私にとっては理由は何でも良かった。私は忍びの者でも槍一本で成り上がれるのだと幕府の連中に見せつけたかったのだから。
何より、あれほどの腕前を誇る父上が虐げられてきた幕府で私は武士として働く。忍びとして手が届かぬほどの高みにいる父上を超えるには、そうするしかないと思えたのだ。
幸いにして、すでに大人より頭一つ分は背が高く、膂力でも引けを取らないので、槍には自信があった。三河の武家たちの修練に混じって槍合わせをしていても互角以上に戦えるほどの腕前である。
使者として来た甲賀の和田家の方には、忍びとしてではなく、武士として槍働きをしたいと伝え、許しを得た。その方も私の意図を察していたように思う。
晴れて上様にお会いした日のことは、今でも鮮明に覚えている。
謁見の間にて、頭を下げたまま待っていると上様が座に着かれた。
緊張しっぱなしで固くなっている私に、優しげな声で労ってくださった。
何とか視線を上げると、上様のお顔が見えた。凛々しい眉、鼻梁は高く、厚めの唇に意志の強さを感じさせる。それぞれの部位は威圧を感じるほどの強さを表していたが、それに反した柔かな眼差しが全てを包み込み、不思議と親しみを感じた。
それだけではない。驚くことに上様は、私のような忍びの者を仲間だと仰られた。まだ何の働きもしておらぬ若輩者の私でさえも。
槍働きで幕府の者たちを見返してやるんだと意気込んでいた自分が小さく思えた。
上様は忍びであろうとなかろうと、そんなことは関係なく、仲間という括りにして私を認めてくださっている。
その日以降、くだらぬ考えは捨てた。
私の槍は上様の敵に振るう。上様に仇なす輩を屠る。
己の功名より仲間のために槍を振るう。それで良いのだ。
我が槍は、上様が大事にされている仲間の御為に。
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こんな感じで他のキャラを書いていこうと思います。
私は武将列伝とか経歴を見るのが好きでして、キャラを深堀したくてチャレンジしてみました。
列伝とはちょっと違ってますがご容赦くださいませ。
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