第二十七話 油断大敵
幕府の内情に詳しそうな雰囲気を醸し出す石田さん。
単なる人の良いオジサンではないようだ。
ちょっと警戒した方が良いのか。
「お詳しいですね。どちらでそれを?」
「いやなに。種を明かせば大したことはございませぬ。控えの間に案内をしてもらいました時に案内役の方や滝川殿とも挨拶をしましてな。そこで世間話ついでに情報収集を少々」
案外食えないオッサンなのだろうか。忍び顔負けの情報収集能力である。柔らかい印象を受けるけど、実のところ図太いのかもしれない。
「そのような人当たりの良さからすると、折衝役や饗応役にも適性がおありのようですね」
「お恥ずかしい。弱小国人領主の処世術にございます。人間関係などに疎いと生き残れませんでしたから。自然と力関係や立ち位置などを確認する癖がついてしまっているのです」
そうやって言われてしまうと悪く捉えなくても良いのかなと思えてくる。生き残る
「事務方のお仕事以外にも外交や饗応役などをお任せしたくなってきました。事務方を任せられる人材が育てば、石田さんには、そちらの方面で働いてもらうかもしれません」
「軽輩の私めに、そこまでのご期待を。士分の若党を連れてきておりますので、追々育てていくとしましょう。上様のご期待に沿えるよう、お役目に邁進いたします」
これで二人目の面談終了でした。
普通のオジサンを期待していたが、ほんのり腹黒感もあるオジサンだった。ぱっと見では、人畜無害そうなオジサンなのにな。
乱れに乱れた戦国時代を生き抜くためには必要なことなのかもしれない。
滝川さんに比べれば、アッサリめでお腹に優しい人物だったのは間違いなかったので助かった。考えてみれば、単なる事務方というだけでなく、外交を任せられるかもしれない人材と思えば、それはそれでアリなのかもしれない。
先を見過ぎても仕方ないけど、外交官も特殊技能が必要だ。
胆力、機転、情報収集力、そして人情の機微に対する敏さ。これらを持ち合わせる人物は稀有だろう。事務のパートさんを募集したら優秀な渉外課のエース社員候補が入社したみたいな感じかな。
滝川さんだって、本人だけでも超優秀なのに鉄砲鍛冶まで連れてきてくれるって言ってたし、俺ってツイているかもしれない。
二人の新入社員の面談が終わった後は、夕餉まで時間があるので、自室でくつろいでいた。
小腹が空いたのもあって、楓さんに白湯と茶菓子を用意してもらった。
茶菓子と言っても戦国時代をなめちゃいけない。甘い菓子など、ここにはない。今手元にあるのは煎り豆だ。節分で使うアレである。
それでも食える物があるだけマシな生活なのだろうが、少々口が寂しい。
ただ、唯一の救いは、食事時と違って茶を飲んでいる時(俺は白湯限定。理由は抹茶事件による)には、楓さんも話し相手になってくれるのだ。
そして、その日の話題が、明日以降の俺を苦しめることとなる。具体的には、尻の危機である。
「はぁ、今日は疲れた……」
「お疲れ様でございましたね。新しい御方はいかがでしたか?」
あの二人か。とんでもなく優秀なのは間違いないんだけど……
「一人は
「そうなんですか。どんどん人が増えてきますね。それもこれも義藤様のご人徳のおかげなのでしょうね」
おやおや。褒められてるよな、これ。最近、キツイ当たりは減ってきて褒めてもらえることが多い気がする。それはそれで、仲良くなってきた証拠な気がして嬉しいんだけど、ちょっと寂しい気もしてしまう。
「俺に人徳なんてあったら良いんだけどね。集まってきてくれた人たちが幸せに暮らせるように頑張らないとな。それにしても嫌になっちゃうよ。石田さんは優し気で女性に人気出そうだし、滝川さんは文句なく良い男なんだよ。馬に乗って颯爽と現れたら男の俺ですら惚れちゃうだろうなって思うくらい」
「滝川様にはお会いしたことがないのでわかりませんが、義藤様も負けず劣らず男前だと思いますよ。最近は特に溌溂とされて毎日楽しそうですし」
珍しく楓さんにめっちゃ褒められてる! やっぱり今日はツイているのかもしれない!
話の流れ的にお世辞の可能性もあるけど、それでも充分嬉しい。テンションが上がってきた。
「そ、そうかな~。じゃあ俺も馬に乗れたら、女の子たちにキャーキャー言われちゃうかもね!」
「えっ?」
楓さんが俺の発言を聞いて固まる。冗談な感じで言ったし、そんなに真に受けるような話じゃないと思うんだけど。それはまあ少しはキャーキャー言われたいって思わなくもないけど。そもそも朽木谷に未婚の若い子はほとんどいないから、現実的じゃないのはわかるだろうし。
「えっ? ……なんかマズいこと言ったかな?」
「……上様は馬にお乗りになれましたよね?」
「それはそうだったんだけどね……。ここに来る前に落馬しちゃってから乗れなくなっちゃったみたいで……」
対外的に説明している理由を楓さんに伝える。
朽木谷に逼塞してから気軽に出かけられないこともあって、馬に乗らずに済んでいた。それにより、楓さんに説明するのは初めてだった。
しかし、それを聞いた楓さんの表情が……。
「武家の棟梁たる上様がそのようなことでどうなさるのです! もし万が一のことがあれば馬に乗って逃げることも出来ないのですよ! もっと御身を大切にしてください!」
「……はい。ごめんなさい」
「わかってくだされば良いのです。さあ、行きましょう」
「え? 行くってどこへ?」
「馬屋に決まっているではありませんか。さあ!」
そうして初対面の面談二件を終えて
「下ばかり見ない! 馬のたてがみを見つめていても安定しませんよ! 見るなら進行方向を見てください! 胸を張って! 猫背になっては馬が走りにくそうにしていますよ! 肩の力を抜いて! ほら、もう一往復!」
楓さんの乗馬指導は、厳しいもので真っ暗になるまで続いた。
俺の命の心配をしてくれた優しさから来ているものだと分かっているから、感謝の気持ちでいっぱいなのだが、もう少し優しくしてくれても良いのではないかと切に思う。
馬ってスピードが上がると跳ねるように走るんですね。
まるでスプリングの無い車でガタガタ道を走るように跳ね上げられたものですよ。上手く鐙で踏ん張れないからか、跳ねるタイミングに合わせられないからか、跳ね上がっては尻を打ち付け、跳ね上がっては尻を打ち付け。
楓さん、初心者にはもう少しスピードを落としても良かったのではないでしょうか。……ああ、尻が痛い。
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