第二十六話 エリートサラリーマンの手土産

 出来る系イケメンの滝川さんは、自分が幕府に誘われた時点で、己の役割を確認し、今後必要であろう手を打っていたようだ。

 それが、鉄砲鍛冶に心当たりがあるという言葉につながっているように思える。


「既に心当たりがいるとは手際が良いですね。どういう方ですか?」

それがしが堺にて鉄砲鍛冶修行をしていた工房の兄弟子です。腕も良く、面倒見が良い。右も左もわからぬ某に懇切丁寧に指導してくださった人格者です。創意工夫は職人の性ですが、使用人の立場では、それも中々難しく。しかし工房主の子ではないので、いずれ独立せねばならない境遇なのです」


 それも仕方ないのか。使用人である以上、雇用主の意向に従う必要があるだろうし、材料なんかも勝手に使えない。それこそ工房主であれば作業の割り振りも研究開発も思うがままだろうけど。

 こっちからしてみれば、後進の育成に前向きで腕も良く、研究熱心とくれば諸手を挙げて歓迎したい人物だ。

 じゃんじゃん後進の職人を育ててもらって、火縄銃を量産したいし、今の火縄銃が完璧じゃないことは、現代の銃火器からも分かることだ。

 今の製法に固執せず、新たな鉄砲を生み出す熱意やチャレンジ精神が必要になる。


「滝川さんがそこまで言う人物であれば、こちらとしては是非お招きしたい。幕府製の火縄銃製造のため腕を振るってもらいたいと伝えていただけますか?」

「かしこまりました。それと上様、これからは某も含め臣下となる身。そのような丁寧な言葉遣いなど、お止めくだされ」


 本人から止められてしまった。自分でも敬語で話すのはおかしいと思うけど、どうしても有名人が相手になると敬語になってしまう小市民です。あと織田家への恐怖感がある気がする。信長さんには、年下でも呼び捨てにできる気がしない。


 だんだん、新しく出会う人や大名と会う機会も増えてくるだろうし、武家言葉で話せるようにしていかないと。一応、楓さんと練習はしているんだよ? でもまたオッケーが出ないのです。


「気を付けよう。火縄銃の製造の拠点は甲賀を想定している。慣れ親しんだ土地であろう。和田さんとよく話し合っておいて欲しい。資材の調達なんかは藤孝くんに。それとある程度、製造が軌道に乗ったら、鉄砲隊の育成もお願いしたいから、そのつもりで」


 ダメだ。話し方がいつもみんなに話しているようになってしまう。


「かしこまりました。しかし、堅苦しい話し方より、皆様に対する親し気な話し方の方が良いものですな。某も仲間に入れていただけるよう一所懸命ご奉公いたします」

「ははは。公式な場ではしっかりするからさ。それに滝川さんも、もう仲間だよ。よろしくね」


 滝川さんは、しっかりと頭を下げて感謝の意を伝えてきた。


「ありがたき幸せ」



 と、まあこんな感じで有名人とのご対面になったんだけど、今日はこれで終わりじゃない。もう一人、お招きしている人物がいるのだ。午後の部スタートです。


「坂田郡が住人 石田正継いしだまさつぐにございまする」


 うーん、やはり噂通りの文官気質なのか穏やかなオジサン。三十歳は過ぎていそうで顔立ちも優しそうだし、なんか相談したくなるような包容力のあるタイプ。


 話しやすそうな人で良かった。和歌を好む風流な人物と聞いていたので、若干、義弟の武田義統たけだよしずみさんを思い出してしまった。

 あの人も最初は人当たりの良いオジサンだったのに、俺の呼び名辺りから怪しくなって文芸の話題になったら完璧にヤバイ人になっていた。


 圧の強い有名人はお腹いっぱいだし、石田さんは、見た目通り普通の人でいて欲しい。俺の心の平静のためにも。


「慣れ親しんだ土地を離れて良く来てくださいました。貴殿が来てくださるのを心待ちにしてましたよ」

「そのようなお言葉を頂戴致し、恐悦至極に存じます。慣れ親しんだとは言え、猫の額ほどの土地に親族一同、肩を寄せ合って暮らしておりました。ここを離れると分家に伝えましたら、大喜びしておりましたくらいで」


 武士は土地を大事にするって印象だったけど、必ずしも全員が全員という訳じゃないみたいだな。だからといって、故郷を離れたことに変わりはないし、寂しい気持ちだってあっただろう。


 石田さんは本家だそうだが、その石田さんご家族一同揃って、朽木谷に来てくれた。ご家族一同と表現したが、お子さんはまだいないそうなので、純粋なご家族と言えば奥さんだけ。あとは年若い郎党が一人に老僕一人である。


 朽木谷は少しずつ人が増えてきているが、忍者営業部は既に利益が出ている事業部だから問題なく受け入れられる。


 むしろ、このタイミングで石田さんという事務方を迎えられたことにより、事業部長である和田さんが自由に動けるようになることで、営業部全体が活性化するだろう。

 事務は代行できる人がいるが、事業部長のお仕事は和田さんにしかできないからね。


 情報収集、在庫の手配、人員管理。トップに立てば仕事が加速的に増える。

 平社員だった頃は、出世を羨んだこともあるが、なったらなったで大変だ。責任も仕事も無限に湧いてくる。ああ、考えただけで気が重い。



「仕事は大変かもしれないけれど、故郷に戻れるくらいのいとまは用意するので。その仕事なんですが、事業部長をしている和田惟政わだこれまささんの下で事務方をお願いしたい。和田さんは甲賀の出なので事務作業よりも彼の持つ特殊技能を活かしてほしいと考えています。慣れてきたら、石田さんには事務に限らず、和田さんが動きやすくなるよう補助業務の全般をお願いします」

「かしこまりました。和田殿と言えば長年幕府に仕えてきた重臣中の重臣。そのような御方をお支えできるとは光栄ですな」


 おや? すでに幕府内の人事情報を掴んでいるようだ。

 大名や重臣クラスの立場であれば知っているだろうけど、石田さんは地侍でも小さい方。幕府内の情報をおいそれと知れるような状況ではなかったはず。

 となれば、ここへ来たときに、ある程度の情報収集をしていたのだろうか。


 人の良さそうなおじさんに見えるが、案外切れ者なのかも。この人の良さそうな雰囲気に流されて色々喋ってしまいそうなのは、何となくわかる気がしてしまう。これも石田さんの人柄というものだろうか。

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