有名になるには相応の理由がある

第二十五話 新たなる事業責任者

 西陣織の端切れは順調に集まり、うちの職人以外の作品も結構集まってしまった。

 さらにうちの職人の物でも、同じデザイン被りもあって在庫はそれなりの量になった。

 一度の収集でここまで来ると、楓さんのパッチワーク商品に期待を持ちたくなってくるものだ。


 そこでドン。ここで取り出したるは、楓さんお手製の巾着袋。

 煌びやかな生地と落ち着いた色味の生地が斜めにストライプ状になっていて、おしゃれです。現代でも売れると思います、これ。

 他にも、格子状に縫い合わされているのもあれば、蝶の柄が前面に出ている生地を活かした物まで。多種多様。


 無地の木綿地に一部分だけ西陣織が使われている廉価版や片面だけ西陣織を用いたものまで。試作品としても、それぞれ仕上がりも良く綺麗で完璧だった。


 これはもうセンスですよね。いや、それじゃあ足らない。センスの塊です。同じもの使っても俺にできる気がしない。


 そうそう、文箱の出来も良かった。

 使い道に困りそうな端切れをクッションにして厚みを持たせると、チープな文箱が、あら不思議。お洒落で高級感ある文箱に大変身。

 ただ、こちらは箱を遠方に運ぶのは嵩張って無駄じゃないかという意見があり、数点だけ販売して反応を見ることになった。


 これらの試作品は、本命だった見本帳と意匠図帳とともに、超速忍者便(見習い)にて配送。次回の結果を待つことになった。


 これが上手くいけば甲賀、伊賀の忍びだけでなく、その家族の内職仕事になるので期待が高い。内職といえば硝石作りも甲賀忍びの信用が置ける家に増産を依頼している。

 しかしこれは、糞尿の問題でたくさん製造できそうにないので、畜産事業の成長が急務である。


 その畜産事業の進捗は、無事に野兎と猪のつがいを確保できていて、スタートした段階だ。畜産事業とは名ばかりで、村の外れの土地を借りて柵と小屋だけ用意した簡易的なもの。

 これは畜産のド素人なので、展開が全く読めないため、小さく始めたことが原因である。猪なんて育てたことないし。


 そこで、少しでも生態に詳しい人を、と思い猟師さんのご家族に飼育を依頼している。主に猟師の子供たちが、こぞって面倒を見てくれている。ちなみに猿飛もここに良く混ざっており、目撃事例が多数上がっている。


 畜産事業は仔が生まれるまでに時間がかかりそうなので、餌代とのバランスを見て順次増やしていく予定だ。それまでのつなぎとして、伊賀、甲賀の忍家に硝石を売ってくれないかと声をかけている。

 各家で作っている余剰分を譲ってくれというお願いだ。量は多くないが、軒数が多くなれば馬鹿にできない。何より輸入品より断然安い。

 そして取引を通じて信頼できる家を探し、増産を依頼していくことにした。


 最終的には、火縄銃の生産もどこかの忍びの里で行いたいと考えているので、その布石でもある。囲い込み、情報の秘匿どちらも忍びの里であれば文句なし。


 問題は、火縄銃製造の職人確保と火縄銃に精通した人材なのだが……

 縁とは不思議なもので、甲賀のとある忍家からの伝手で見つかってしまったのだ。


 その人物は、立身出世を望み、甲賀で忍術修行に明け暮れ、習得した後に堺へと赴き鉄砲鍛冶に弟子入り。火縄銃の製造方法と射撃の腕を磨いたという、とてつもなく先見の明がある有名人だった。そしてその経歴は、まさに俺が欲していた人材のイメージ像でもあったのだが。



「お初にお目にかかります。滝川一益たきがわかずますと申します」


 そう。織田家でも名高い滝川一益、その人だ。

 いやいや。有名人過ぎるでしょ。しかも織田家に行くはずの人がこっち来ちゃったよ。

 もちろん、ありがたいよ? 間違いなく有能だし。でもさ、有名人に会いたいなって思ってたって、実際に会ったら緊張するでしょ。


 確かにね、和田さん経由でお願いしたから甲賀つながりもわかるよ。火縄銃に精通しているって条件も満たしているし、文句はないんだ。ただね、心の準備ってやつ欲しかったよ。


 ……さて、いつまでも現実逃避している場合じゃない。


「はるばる朽木谷まで良く来てくれました。忍術の修行をして、さらに火縄銃にも精通しているとは。勉強熱心ですね」

「いえいえ。某など非才の身なれば、まだまだ至らぬところばかりにて」


 と、謙遜する滝川さん。長いこと浪人暮らしなはずなのに、うらぶれた様子もなく、清潔感もあり、細く引き締まった身体からは、静かな覇気を感じる。

 滝川さんは落ち着きのあるエリートサラリーマンのようだ。まるで意識高い系イケメンだな。

 そして髪だけではなく髭までサラツヤだ。どうやってお手入れしているのだろうか。意識高い系の御方たちは、そこまで手入れをするのだろうか。


 しかし……しかし何でまたイケメンなのだろうか。

 朽木谷はイケメンの楽園なのだろうか。そんなにイケメンを集めて俺にどうしろというのだ。

 この世界は俺に色んな道に引き込もうとしすぎている気がする。


「……上様」

 ゴホンと敢えて咳き込んだ音を出した藤孝くんが声をかけてきた。


 おっと、いけない。また自分の世界に入ってしまったようだ。


「火縄銃の製造方法を習得しただけでなく、砲術の腕前も確かと聞いています。ちょうど幕府で火縄銃の製造を始めようと計画していたので助かりました。職人が集まり次第、火縄銃製造事業部をお任せしたい」

「それほどの大任を新参者の私にお命じくださるとは。上様のご期待に沿えるよう粉骨砕身、働かせていただきます。つきましては火縄銃職人に心当たりがございます。朽木谷へ呼び寄せてもよろしいでしょうか」


 さすがエリートサラリーマン。自分が招かれた理由を調べて次の手まで打っておくとは。馬車馬の如く働かせられると評判の織田家で出世しただけはあるね。


 最初、名前を聞いた時は、織田家の回し者かと疑っちゃったんだけど、和田さん曰く、どこかに仕官していたわけじゃないらしい。

 火縄銃に詳しいとのことで、他家からも勧誘は来ていたようだが、その時はまだ火縄銃の腕が未熟だからと断っていたらしい。


 こっちが声をかけたのが、彼の修行の終わりに差し掛かったころだったから、話に乗ってくれたようだ。


 一応、今後も他家の間者じゃないか幕府忍びの皆さんが監視しておいてくれるとのこと。どうやっても忍者の素行調査から逃れられる気がしない。

 忍術修行を積んだ滝川さんでも、本職で一流の人たちを欺くのは難しいはずなので、きっと大丈夫だろう。

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