第二十四話 楓さんのアイディア

「さて、楓さん。本当は会議中に何か言いたかったんじゃない?」


 イタズラが見つかった子供のように俯いて固まっていた。何か怒られるとでも思っているのだろうか。


「はい。ですが……」

「ここには俺しかいないし、気にせず話してよ。楓さんの意見も聞いてみたいんだ」


「……私のような女中風情が意見を申し上げるなど、おこがましいのではないでしょうか」

「立場上、身分制度を蔑ろにはできないけど、さっきは自由に発言してほしかったんだ。あそこでは、身分を考慮する必要はないよ」


 言い難いのは良く分かるんだけどね。ペーペーの新入社員に役員会議でノビノビ発言しろって言ったって無理だもん。俺なら無理。


 まだ未経験だから仕方ないけど、いつかは楓さんも自由に発言できるようになったら良いなと思う。


「では……、見本帳を作るために端切れを集めるとのお話。仕立て屋から集まれば、幕府お抱えの職人の作品とそうでない物が混ざるかと」


 まだまだ話しにくそうにしてるな。まだ話の趣旨が見えてこない。

 少し促してあげようか。


「そうだね。西陣織の職人や工房は多いから、うち以外の端切れもたくさん混ざりそうだ」

「はい。その他の端切れについては集めた以上、返すわけにもいかないかと。それを少しばかり私にいただけないでしょうか?」


 何となく彼女が言いたいことが見えてきたな。端切れを集めたところで、うちの職人以外の物については使い道もないし、捨てるくらいなら欲しい人にあげるのも、やぶさかではないんだけど。


 気になるのは端切れを集めるのにかかる費用。これには幕府の資金が使われている。端切れを集める費用にどれくらいかかるかわからないけど、使い道によっては気軽にあげられる物じゃない。


「使い道によるかな。もう少し楓さんの考えを聞かせて」

「そうですよね。お恥ずかしいお話なのですが、和田家も含め甲賀の者は貧しい生活を強いられてきました。そのため、着るものも充分ではなかったので継当てをしたり、使える部分だけを切り取って巾着袋にしたりしていました。話が長くなってしまって、すみません。それで奇麗な西陣織の端切れを繋ぎ合わせたら、素敵な巾着袋が作れるのではないかと思いまして。文箱に貼り合わせても良いかもしれません」


 着物のパッチワークか! 現代でも着物の再利用や端切れで作っていたような記憶があるな。

 忍者営業部の商材には京小間物もあるけど、市販されている人気商品をそのまま仕入れて販売しているだけだ。


 女性用の物なら女性の目線で作られたの商品があっても良いのかもしれない。

 端切れの値段次第だけど、材料費は抑えられそうだし、西陣織を使用した巾着なら販売価格も高く設定できそうだ。

 廉価版で一部に西陣織を使った巾着も用意しても良いかもしれない。


 ともかく見本帳を作るために集めることしか考えてなくて、残りの物の使い道には考えが及んでいなかったな。やっぱり色んな人の視点が集まると見逃していた事柄を発見できて助かる。


「それは良い考えかもしれない。是非やってみよう。文箱もそんな感じに?」

「文箱は蓋の部分だけでも良いかと。高貴な方がお使いの物は、漆や螺鈿で飾られておりますが、庶民の者は木地そのままです。蓋の外側に貼り付けるだけでも雰囲気が変わって良い気がします」


 スマホカバーをデコる感じか? 実用性より見た目を重視する視点は面白いな。


「それもやってみようか。試作品を作って、みんなに見てもらおうよ。それにしても楓さんは裁縫仕事もできるなんて凄いね。忍びとしても一流なのに」

「ひ、必要に駆られて、できるようになっただけです! 甲賀の女衆なら皆できますから!」


 素直に感じたことを伝えただけだが、楓さんはとても照れていて可愛い。あんまり褒められることに慣れていないのかもしれない。これからは、ビビらずに良いところを見つけたら褒めていこう。


「これが上手くいけば、甲賀の女衆の人たちの内職になるかもしれないね。仕事があれば甲賀の人々の暮らしも楽になるだろうし。そうなったらお手柄だ。そうだ! 実際に端切れを繋ぎ合わせて布地にするところ見せてくれないかな?」

「上様にお見せするのですか?!」


「うん、どんな感じか知っておきたいし」

「し、少々お待ちください。取ってまいります」


 驚くほどのスピードで立ち去った楓さんは、これもまた驚くほどのスピードで帰ってきた。手元には裁縫道具と、くすんだ着物の端切れとともに。


 そのあとは、楓さんの横に座り、針仕事を見守るという素敵な時間を過ごしました。

 楓さんの真剣な横顔。良かったです。



 それから数日後。朽木谷に控えていた甲賀忍びの人が、京の職人と仕立て屋を回ってきてくれた。

 結果として、仕立て屋では、廉価で再利用を考える業者に売っていたようだ。

 しかし、この業者は木綿などの丈夫な生地を手ぬぐいに再利用しているくらいで、絹物である西陣織などはあまり歓迎していない様子。


 そこで、少し色を付けて、こちらに回してもらうことにした。絹物を中心に木綿なども同量程度。巾着の内側は丈夫な生地の方が良いとの楓さんのアドバイスから。


 タダ同然で見本帳の資材と新商品開発の材料が手に入った。あとは、うちの職人の製品かどうかを突き合わせれば完成だ。ついでに意匠の全体図をメモらせてもらうことになった。


 俺はデザインの流出を気にしたが、藤孝君が言っていたように、製品を売りに出してしまえば、同業者も意匠を目にすることが出来てしまうから問題ないとのこと。むしろ同じ意匠を織れるものなら織ってみろという感じらしい。

 これで気になっていた点も解決だ。


 このタダ同然の端切れなのだが、朽木谷に運ぶのにコストがかかる。それを気にしていたのだが、あっさり解決した。


 和田さんが忍びの若手たちを荷運びのため京へ走らせるとのこと。忍びの基本は足腰だそうだ。訓練を兼ねて、京へ往復してくれる。これもまたタダで配送業者が手に入ってしまった。


 そういや、最近は服部くんも来てくれたことで伊賀忍者とのつながりもできた。

 伊賀と甲賀は普段から仲が良いらしい。忍者営業部の見習いとして、何の問題もなく一緒に働いてくれている。

 ちゃんと飯が食えて、命の危険性が少ない忍者営業部の仕事は人気らしい。


 伊賀と甲賀って勝手に仲が悪いと思っていたよ。

 和田さんにそう言ったら、甲賀同士であっても雇い主が違えば争いますからと、ちょっと怖いことを言っていた。

 戦国時代を実感した出来事だった。

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