第二十三話 報告からの緊急会議

 将軍という圧倒的上位者である俺から発言すれば、会議全体がその雰囲気に引っ張られてしまいかねないので、みんなに話を振ってみる。

 見本帳に使える端切れをどうやったら入手できるか、という議題だ。


「じゃあどうしたら良いかな。立場や身分は関係なく意見があれば発言してほしい。何か良い案ある人いる?」

「続けて私から。端切れについてはお抱えの西陣織職人に確認するのが一つ。そして京の仕立て屋にあたって端切れを集めてくれば、当家で作れる意匠を選別して見本帳が作れるかと」


 ナイス藤孝くん! そうだよ。分からなければ、分かる人に聞けば良いんだ。

 それに、言われてみれば仕立て屋なら端切れが出るのは当然かもしれない。着物を仕立てるためには一反ごとに購入する。しかし、みんな背丈が同じではないから、どうやったって余りは出る。それなら集められそうだ。


「端切れの件はそれでいこう。残るは意匠全体を説明する方法だね。それはどうしたら良いかな?」

「発言よろしいでしょうか」


 物静かに切り出したのは和田さん。

 最初の頃に比べたら意見を言ってくれるようになって嬉しい。

 もちろん、承諾の意を含めて頷く。


「意匠全体を説明したいものには、紙に書き取った図案として見せるのはどうかと。縮尺して見本帳にすれば便利かと」


 イメージが伝われば良いのだから、それもアリか。気になるのは、着物の意匠権ってどうなんだろう。写させてくれって言えば、幕府お抱えの職人という立場からして断れないだろうし、そこで嫌な思いをさせてしまうのは本意ではない。


「意見ありがとう。概ねその方向で良いと思うんだけど、職人さんが嫌がったりしないかな?」

「それも当人たちに聞いてみれば良いのではないでしょうか。私が考えるに、仮に品物があれば、それを見せてしまうので結果は同じことかと。念のため、意匠の見本帳は身元のしっかりした客だけに見せるのも一案だと思います」


「そうだね。和田さんの意見を採用して、藤孝くんの案も折り込もう」


 俺の宣言に和田さんと藤孝くんが目礼し合っている。この二人は身分差の垣根が低くなってきて、最近仲が良さそうだ。

 普段よく話をしている訳ってじゃないけど、認め合っている感じ。上手くやれるか心配し過ぎなくても、少しずつ良い方向に変わっているようだ。


 ただ、楓さんが何か言いたげだけど、言えずにいる様子。ここで声をかけても、きっと発言はしてくれないだろう。戦国時代って完璧なる男社会なんだよな。例外で姫武将とかいたようだけど。


 いずれ、こういった会議の場に女性も参画して欲しいけど、無理に急いでも良いことはない。慣習とか文化って一気に変えても軋轢ばかり生じる。

 楓さんには、この会議が終わった後にでも聞いてみよう。


 それと服部くんにも、こういった話し合いに慣れてもらうように今後も参加必須で。今日は置物のように話を聞くだけになってしまっている。

 ちゃんと情報を共有して自分で考える癖が付くようにしていかねば。彼はまだ十三歳。身体は大人より大きいけど、こういう頭を使うお仕事はまだこれから。


「報告は以上かな? 今川家の方はどうなってる?」

「今川家については、武田家と長尾家の大規模な合戦の支援しているとかでゴタゴタしている様子。そのせいで今川家に入り込めていないようです」


 長尾は上杉謙信だったよな。それと武田信玄との大規模な合戦っていうと……川中島の合戦か! あれは何度も起きていたから、どれかわからんけど、教科書にも載るほどだったから大きな合戦なはず。

 それに今川家が噛んでいるのか。最終的に上杉謙信って武田家、今川家、北条家の三国同盟を相手にして良く勝てたよな。軍神って呼ばれるわけだよ。



 今川家が大合戦を支援している最中であれば、今川家の情報収集も難しいだろう。虎の子の将軍の使者という立場を使ったところで、会ってくれるだろうけど、のんびり商談をするわけにもいかないだろうし。


 和田さんの言い方からすると、会う前にしっかり情報収集をしてから動いているようだ。それなら尚のこと、今は難しいのだろう。


 合戦をすれば、終わらせることも考えないといけない。

 まさに幕府の出番だ。しかし停戦の斡旋には当事者である武田家か長尾家に話を持って行かないと。今は人手も足らないし、今回は厳しいか。

 顔つなぎの挨拶だけはしておくようにお願いしていたけど、現地に根を張って情報収集をしていたわけじゃない。戦の情報だけでも集めておけると良いんだけど。


「それなら仕方ないね。駿河での商いは一般向けに絞って、落ち着いたころに今川家に営業をかけよう。駿河方面で手が空くようなら、その合戦の情報収集もお願い」

「承知しました」


「それじゃあ、これで終わりにする。楓さんはちょっと残って。では解散」


 藤孝くんと和田さんは何か勘づいた様子だけど、何も言わずに立ち去った。

 二人とも大人で助かる。


 服部くんは解散という言葉の額面通りに退室していく。君の素直さは美徳だ。このまま真っ直ぐに育ってほしい。言葉の裏読みをしたりするのは、もう少し大人になってからでも大丈夫だから。

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