第二十二話 第一報来る

 怒涛という表現が適切であろう武田義統たけだよしずみ到来事件では、多大なる犠牲を払いながらも、翌日に追い払うことが出来た。主に藤孝くんの尽力により。

 

 俺は、会談後に彼と会ったのは、帰りの挨拶の時だけだった。


 藤孝くんとしっかり文芸談義が出来たからか、最初の印象のような大らかで静かな彼に戻っていた。

 あの熱さは、研究者のさがなのか、単なるオタク気質なのか。考え出すと抜け出せなくなる沼の予感がするので、気にしないでおこう。


 彼とは、手紙のやり取りオンリーでお付き合いをしていくつもりでいる。

 もし来ちゃったら……藤孝くんにお願いします。親戚付き合いって難しい。



 そんな事はさておき、俺の目の前には、お膳みたいな台に置かれた一通の書状がある。これ、三方さんぼうって言うんだっけ。

 朝に和田さんから、土佐一条家に派遣した忍者営業部員から第一報が届いたと連絡があり、和田さん、藤孝くん、服部くんという関係者が集まった。楓さんもいつものように入口脇に控えている。


 第一報だから直接、俺に渡してくれたんだけど、開いたところで草書体の書状なんて読めるわけない。

 ということで、そのまま書状を和田さんへ下げ渡す。

 ああ、そういう訳で三方に置かれているんだ。うん、俺が書状を読めないのは、みんな知ってるもんね。


 口頭での報告事項とともに書状の内容を説明してもらおう。

 和田さんは恭しく下げ渡された書状を開き、目を通す。多分内容は報告を受けて知っているはずだけど、将軍から渡された体裁を整えるために、一度しっかりと読む。

 生真面目な和田さんらしい対応だ。


「営業部員の報告です。このまま読み上げてもよろしいでしょうか?」


 既定路線なので、黙ってうなずく。


「土佐一条の営業に係る報告。官位斡旋については、実家の摂関家である一条家が主導している模様のため、望み薄」

「むぅ……」


 素直な服部くんは悔しそうな反応をしているけど、理由を聞いて納得。

 本来、官位は幕府が朝廷に上奏して承認を得ている。下っ端貴族ならまだしも、一条家であれば、そっちから話をしてもらった方が話が早い。一条家に謝礼も入るだろうし。

 大々的にやっていたら問題だけど、身内の口添え程度なら、とやかく言うようなことではない。


 こればかりは、公家の分家という土佐一条家の特殊性ともいうべき事情なので仕方ないだろう。


「続いて、停戦斡旋については今後頼らせていただくとのこと。そして写本、西陣織、京小間物の販売は好調。在庫が枯渇する事態となり追加を求むとのこと」

「おぉっ!」


 やっぱり素直な反応を示す服部くん。可愛いな、こいつ。

 言うてもまだ十三歳だし、若いころは素直が一番だよ。


 まあ俺も声を出しそうなほど嬉しかったんだけどね。

 計画を立てて、実行して、結果が出るとこれほど嬉しいとは。


 安いもんな。うちの商材。

 写本は、ほぼ紙や墨代だけで、俺の花押サイン入り。西陣織も幕府お抱えの職人がいるから工場直売って感じの値段設定だし。何より、この時代は異様に高い輸送コストは、超速忍者便によって日数短縮&固定給ということもあり、ありえないほどコストがかかっていない。

 なんせ関所も通ってないし。


 この時代の輸送コストの高さは、陸路は徒歩輸送という時間によるもの。運ぶ人の宿代、飯代、賃金。関所を通るごとに関銭もかかる。


 対して海ならば、と思いたいが、海路で運ぶには場所が限定的で、そこまでは陸路か川舟で運ばなきゃならないし、航海技術の未熟な戦国時代では危険手当が嵩む。

 そして海にも関所がある。物理的にはないが、地域ごとに海賊さんがいらっしゃいまして、運行税を徴収している。払わなければ襲われるって寸法で、素直に払った方がまだマシ。


 ということで、大量に運べるメリットから、コストを抑えられるけど、特別安いっていうほどではない。


 そんな中で、忍者営業部の商品は現地価格より一割引き。それでも十分な利益率で、潜入任務が得意な忍びの話術で営業トークはバッチリ。くノ一は、男性客をガッチリ。

 売れない訳がないという状況らしい。がっぽがっぽですよ。


「最後に営業部員からの要望です。西陣織は運べる量と意匠の数に幅に乖離がありすぎて、要望に応えられないことがあるとのこと。見本として用意できる意匠のすべてを見せられる物があれば助かるとのことでした」


 なるほど。着物のデザインがどれくらいあるのか知らないけど、ベースの色だけを変えても数種類。季節感や年齢層なんかも加味すれば、きっと果てしない種類になるのでは。いつの時代も女性の衣類はデザイン豊富なのだろう。真理である。


 冗談はさておき、商社でも見本帳という布地冊子がある。ハガキサイズくらいで柄や色合い、肌触りなどのイメージを掴んでもらうものだ。

 そんな感じのやつを用意出来ないかな。


「それなら見本帳を作ろう。端切れとかで手の平くらいの大きさの冊子にして、どういうものか見てもらうのはどうかな?」

「上様、それには二つほど問題が……」


 俺の提案に藤孝くんが申し訳なさそうに問題提起してきた。

 立場を気にせず意見を出し合うには、幕府の立場が厄介だ。でも、すぐにどうこう出来る問題じゃない。意識の問題だし。


 今のところは、気にさせないように促していくしかないな。


「何だい? みんな意見があれば気にしないで発言して」

「はい。それでは。まず、反物によっては、小さな布地では意匠がわからないものがあるかと。もう一点は、見本帳に見合う布地が手に入るかどうか。端切れだと職人の手元にはないかもしれませぬ」


 たしかに藤孝くんの言う通りだ。振袖なんかだと、浴衣みたいに小さな柄の連続じゃなくて全体で意匠を表す物もあったもんな。

 それに織った布地は、まとめて納めるだろうから、端切れがないかもしれない。


 あれ? 一反ずつ切り分けていったら端っこ余ったりしないのかな。

 それとも呉服屋さんが切り分けてるのか?


 ここで考えてもわからないし、直接聞いてもらうのが良いかもしれない。

 でもここは、俺がどうこう言う前にみんなに意見を求めよう。誰もが気兼ねなく発言できる雰囲気作りって大事だよね。

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