将来に向けて

第二十八話 駿河からの続報

 武田家と長尾家の合戦(おそらく川中島の戦いと思われる)の詳細が、駿河の忍者営業部より届けられた。

 その報告を聞いた俺は、和田さん、藤孝くん、服部くんを招集した。そして新メンバーに石田さん。楓さんはいつものように出入口で控えている。

 ちなみに滝川さんは甲賀の隠れ里に向かってもらっており、火縄銃製造の準備を進めてもらっている。


 三方に置かれた書状もいつもの通りだ。

 以下は、現地の忍者営業部社員からの報告である。


 武田家は有名な甲相駿三国同盟をまだ結んでいないようだが、北条家とは同盟を結んでおり、今川家も支援しているので大きな障害は無い。

 しかし、無理押しはせず、すでに占領した地域の領国化を推し進めているようだ。


 対して、長尾家(のちの上杉家)は、当主である長尾景虎ながおかげとらは出陣しておらず、係争地の元領主であった村上義清むらかみよしきよに兵を預け出陣させたらしい。

 その村上義清は、初戦こそ勝利したものの、最終的には武田信玄に敗戦し、再び越後に逃れる羽目に。

 そして、それを受けて長尾景虎自ら兵を率いて出陣。兵を動かし合っていたものの直接的な戦闘は起きていない。長尾家には決戦を挑むような熱意を感じられず、そのまま戦は終わってしまいそうだという。



 ここまでが報告を受けた内容だ。


「停戦の斡旋は厳しそうだな」

「はい。長尾景虎は、戦機が熟していないと考えているのでしょう。あるいは、村上などの北信濃衆を見捨てていないという形を表したかっただけかもしれません。どちらにせよ、お互い引くに引けないといったほど切羽詰まっている状況ではないので、第三者の停戦仲介は必要ないでしょう。このまま自然終息するかと」


 さすがは和田さん。長い間、幕府軍の指揮官を務めてきただけはある。他のみんなは文官寄りの人が多く、部隊を指揮した経験が無い。そういう視点を持つのは不可能だ。


「今回は仕方ないね。こっちの準備が整う前に始まっていたし、情報を掴むのも遅れた。幸いなことに、準備が整っていたところで必要とされるような戦じゃなかったことかな。どちらにせよ、停戦の斡旋はできなかったんだから」

「これからは上手く停戦の斡旋ができると良いですね」


 ああ、藤孝くんは優しい。一緒に残念がって同意してくれる。


「そうだなぁ。戦が起きないのが一番だけど、今の状況じゃ、それも難しい。それであれば、無駄な血が流れない方が良いよな。だいたい戦で一番に矢面に立つのは、足軽(農民)なんだから。狩り出された人たちが可哀そうだよ」

「可哀そうですか。たしかに武士だけで戦えば良いのでしょうが、数を集めるには致し方ないと思われます」


 藤孝くんはこう言うけど、仕方のないことなのかな。何とかできないものか。今の幕府は自前の兵すら持っていない。

 今からそんなことを考えているのは、贅沢な話なのかもしれない。


「自ら戦う意思を持った専業の兵士だったら良いのかな。常備軍ってやつ。今の幕府には、維持できるようなお金は無いんだけど」

「常備軍ですか。あれば心強いですね。しかし常備軍がいても、幕府軍として戦う諸大名も農民を大量に動員しておりますよ」


 幕府軍として戦ってくれるのは、主に六角家だろうけど他家にまで口出しするような問題でもないし、力もない。まだ世の中を変えるには力が無さすぎる。

 納得できる戦い方をしたところで負ければ命を失う。何よりも勝つことを優先しなければ将来を描けない。これはいずれ考えよう。


「そうだね。さっきのは理想論かな。専業の兵士と言えば、傭兵みたいのっていないの?」

「傭兵ですか。金を払えば戦働きをする勢力は多いですが、傭兵の名にふさわしい者たちと言えば、雑賀衆でしょう」


「雑賀衆ってあの有名な?」

「上様もご存じでしたか。孫一なる腕利きが率いる鉄砲集団ですね」


 雑賀衆の孫一ってあれか!

 戦国SLGのイラストで必ずと言って良いほど銃を構えている人! そして信長さんと相性悪い人だな。


「おお! 雑賀孫一! 会ってみたいな!」

「いずれ三好との合戦には依頼することになるかもしれませんね」


「……そうだな。まだまだ三好に立ち向かえる気はしないが、いつかは立ち向かわなばならないんだよな……。話は変わるが、信濃での武田・長尾による大規模な合戦があれば、米や矢玉、武具などが不足して値段が上がっているんじゃないか?」

「発言失礼いたします。上様がおっしゃる通り、一度ひとたび戦となれば、食糧、武具などは買い占められ値段が高騰します」


 やんわりと会話に加わってきたのは石田さん。彼はこういう方面に興味があるのか、意見を述べてくれた。年の功というものもあるのだろうが、こういう場でもしっかり発言してくれるのは助かる。


「やはりそうか。もしかして、当事者の武家が買わないと敵方が買い取ってしまうことってない? それを恐れて過剰に買い集めたり」

「良くあることですな。戦は何があるか分かりませんので買えるだけ買い集めるのが基本です。上様のおっしゃる通り、買い残せば籠城の際に、敵方の糧食を残してやることにもなりますし。結果として無理してでも買い集めますね」


「無理して買い集めているとなると、戦が終われば過剰に集めた物資は売り払うよな。つまり軍需物資は戦前に高騰して、戦後には下落すると」

「おっしゃる通りかと。今の世の自然な流れにございます」


 それって合戦の兆候を掴めば、確実に儲けが出るんじゃなかろうか。合戦前に用意する武具、米、味噌。

 合戦が終われば、余剰分の軍需物資が不要となり、武具の補修のための革製品、医薬品などが必要となる。


 戦いには金がかかるから、余剰在庫を抱えたままでいられる大名は多くないはず。そもそも、軍事予算を超えて軍需物資を買い集めているのだから、何かで補填しなければならないのだし。


「なるほど。和田さん、各地の合戦の兆候って掴める」

「はい。ある程度規模が大きいものなら」


「人手が十分じゃないから、きな臭い地域に絞れば何とかなるかな。それと軍需物資が安いところ。特に米を買い集めておきたい。これも情報を集めて、順次買い付けておいて。やることが多いけどできる?」

「出来るかと聞かれて否とは言えませんな。何より、それくらいの仕事であれば経験の浅い若手でもできるでしょう。むしろ安全な情報収集の仕事として、ありがたいくらいです」


 いや、否と言っても良いんだよ? うちそんなブラックじゃないからさ。

 それとも不可能を可能にするのが忍者の矜持だったりするのだろうか。


 冗談はさておき、和田さんは出来る見込みがあるようなので、お任せするとしよう。


「良し。じゃあよろしく。予算は忍者営業部の利益の中から無理のない範囲で。もし足らなければ藤孝くんに相談して」


 せっかく、若狭に蔵を手に入れたのだから、値段が落ち着いている地域から買い集めておいても良いのではないか。

 戦争の兆候を掴んでも大量の軍需物資を運んで売り捌くすべはないので、現地商人に売るくらいしかできないだろうけど、それでも充分儲けが出るだろう。いずれは幕府直営の商家が一手に売り捌けるようにしたい。


 戦で儲けるというのはスッキリしないが、ウチがやらねば誰かがやる。汚い世界だからと目を背けたところで現実は変わらない。それであれば、その儲けで幕府を強化して、戦のない世の中を作るために役立てよう。


 今は、そう思うしかない。

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