第二十九話 順調かと言われれば

 先日の話し合いで各地の軍需物資の相場調査(主に米)をお願いしたのだが、やはり過剰なお願いだったのではと気になったので、和田さんに聞き直してみた。


「和田さん、今の人員で本当に大丈夫? 仕事が回らなかったり、営業部の人たちに無理させてない?」

「ご心配おかけいたし申し訳ございません。誠に大丈夫なのです。若手も同じ場所を延々と走るより良いでしょう」


 若手社員たちは、一体どれくらい走らされているのか……聞いてみたい気もするが、知らない方が良い気もする。


「和田さんが大丈夫っていうなら平気なんだろうけど、どうやって日ノ本全土の情報を集めるの?」

「これは情報収集のキモなのですが、対象である全土をくまなく調べる必要はないのです。まず情報の集まる場所で作付け具合や天候の噂話を拾い、裏取りをして精度を高めます。そして、そこで得た確度の高い場所に人を派遣すれば効率的に進みます」


 なるほど。情報収集のプロである忍びのノウハウ満載のお話である。

 そういう方法であれば、余裕のある人員を優先順位の高い地域に派遣すれば良い。確かに効率的である。


 今回の話は全国の相場統計を作ることじゃないから、それで充分だ。


「良くわかったよ。すごく洗練された調べ方だね。そうなると最初の情報収集が大事そうだね。拾った噂話の真偽を確かめなきゃならないし」

「良くお気づきで! おっしゃる通り、そこが大切なのです。ここで誤れば全てが水泡に帰してしまいますから。ですので、このお役目は経験豊富な者が行います」


 根拠データに間違いがあれば、いくら分析したところで正解には程遠くなるもんな。

 これを若手に任せられないというのは良く分かる。


「経験豊富な忍びって言ったら、猿飛か和田さんくらいしか思い浮かばないけど……」

「猿飛はまあ……そうですな。仕事は間違いないでしょうが、あやつを野に放ったら、いつ帰ってくるのやら。ですから私が行きます」


 猿飛が帰ってこなそうっていうのは良く分かるな。分かりすぎるほどに。

 選択肢として和田さんが行くしかないのも分かったけど、どれくらい朽木谷を離れるのだろうか。ああ、情報収集のために、どこに行くかにもよるな。


「噂話を集めるのにどこまで行くの? 和田さんがココを離れて、不在になるのも少し不安だよ」

「なに、すぐ近くにございますよ。今回は、堺と若狭に向かいます」


 忍者の近いの基準って……。

 朽木谷は滋賀県の北西部だよな。堺は大阪だし、若狭は福井。近いか? 徒歩だよ?


「あまり無理しないでね」

「まだまだ若い者には負けませんよ。一流の忍びの脚力というものをお見せしましょう」


 屋敷に引き篭もりの俺には見えないんだけどね。そこは比喩ってことかな。


「一流の忍びの脚力って凄そうだね。和田さんから若手を良く走らせてるって聞くし、足腰が大事なのかな」

「さようにございます。兎にも角にも足腰が命。野山を走りに走って足腰を鍛えるのが一番の上達の道なのです」


 なにやら昭和のスポーツ理論みたいな話だな。

 まさか、忍びの育成理論が後世に伝わって……な訳ないか。ないよな。


 そんな話があって和田さんは朽木谷を離れ、堺に向かったけど、二日位で戻ってきた。

 噂の真偽を確かめるのに一日使っただけで、移動にはそれほど時間がかかっていないらしい。凄い。




 俺は俺で、その間、硝石作りをやっていた。既に二回目を終え、硝石は少しずつではあるが溜まってきた。作業にもずいぶん慣れてきた。


 しかし、一度に作れる量は多くなく、厠の土、一キログラムくらいに対して、獲れる硝石は八グラムほど。火縄銃を一発撃つには、火薬が十グラムほど必要となる。種子島から献上された火縄銃とともに伝えられた黒色火薬の配合は、硝石:七、硫黄:二、木炭:一というものだったから、厠の土、一キログラムで製造できる硝石は、約一発分となる。


 玉薬が米一升と等価と言われているこの時代である。米一升は、変動があるものの十文程度(1,200円程度)で買える。

 本体である火縄銃は、五〜六貫(約60万円程度)くらいで取引されている。


 つまり、合戦、修練どちらにせよ、五百発撃つと本体の値段を超えてしまう。

 信長さんが長篠で三千丁の火縄銃を使用したが、一発ずつ撃っただけでも、三十貫(360万円)が煙となって消えるのである。戦争とは恐ろしい。


 そして、さらに恐ろしいことに気が付いてしまった。

 ちまちま作業している俺の時給である。硝石作りという初めての作業ということもあり、小さな釜でやり始めて、既に二回。取れた硝石は玉薬二発分。つまり千六百円ほどしか稼げていないのだ。


 臭い泥水を煮詰めて煮詰めて、計二日で千六百円。泣けてくる。

 煮詰めた鍋は冷やした後、一日は放置しないと結晶化しないので、すぐには作業できないことが主な原因だ。


 これからは、作業にも慣れたことだし、出来るだけ大きな釜をいくつか用意して効率的に進めよう。

 滝川さんと職人さんの鉄砲の製造は、鍛治場さえ出来てしまえば始まる。

 作ったら試射して製品チェックをするだろうから、それまでには、その分の玉薬くらいは用意しておきたいものだ。


 問題は原材料となる土。俺の持っている硝石精製の書付には、厠の土が良いとされているが、次点で古い家の床下の土でも良いとある。

 厠は広くもないので獲れる土は少ないが、家屋の床下の土であれば比べようもないほど多く獲れる。

 もしかしたら、析出できる硝石の量が減るか、純度が低いのかもしれないが、無いよりはマシだろう。


 今のところ厠の土すら使い切れていないので、釜を増やして人手を増やそう。猿飛は捕まらないので、服部くんにお願いするとしようか。


 鉄砲隊を組織するなら、練習も欠かせない。練習となれば撃つしかない。技能を高めるためには発砲せねばなるまい。どれだけ玉薬があれば充分なのか見当もつかないが、途方もない量であるのは間違いない。


 俺、頑張るよ。

 だから、まだ見ぬ鉄砲隊のみんな、大事に撃ってくれよ。頼むから。本当に。

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