第十九話 味噌漬けはご飯が進む

 俺が待つ屋敷に朽木の爺さんが訪ねてきた。

 どうみても荒々しい武人という見た目なのに、足音は静かで礼儀作法も雅で実に自然だ。

 さすがは、長年幕府の役職を拝命してきただけはある。

 側に座した藤孝くんに勝るとも劣らない。


 紋切型の挨拶を終えると、本題を切り出した。


「朽木の爺さん、二つほど相談があるんだ」

「お任せくだされ。何なりと承りますぞ!」


 爺さんは幕府への忠義が篤すぎて、相談する前に受け入れてしまいそうだ。

 そんなにひたむきになってくれるのは嬉しいけど、しっかり確認してもらってからの方が安心できる。


「いや、まだ相談の段階だから!」

「それは残念」


 そんなお預けを食らったワンコみたいな顔をしないでください。

 なんかシュナウザーみたいで可愛い……って誰得なんだ。

 いかん、いつもみたいにどんどん脱線してしまう。


「一つ目は、食料事情を改善したくて畜産事業を始めようと思う。それで猪と野兎を生け捕りにしてほしいんだ。まずはつがいで一組くらい。あと餌として村で出る屑野菜とか残飯をお願い」

「承知しました! 朽木谷には腕の良い猟師がおりますから何の問題もございません。猪肉は良いですな。儂も味噌漬けにした猪肉を京に送ってもらっておりましたわ」


 猪肉の味噌漬け……美味そうじゃないか。

 単純に俺も食いたいけど保存もできそうだし、糧食にもなるんじゃないか。

 ポークジャーキーみたいに干し肉にすれば、嵩張らず長期保存もできる。


 ここでは、獲れた分だけ食べているようだが、うまく繁殖できるようなら豚肉祭りだぞ。

 あっ! ソーセージも作れるじゃん! 焼肉、豚丼もありだな。


 毛皮は防寒着にもなるし、糞尿は硝石作りに欠かせない。規模を拡大していけば、タンパク源も確保できて硝石作りも加速していく。良いこと尽くめじゃないか。


 猪やりましょう! 決定です!


「美味そうだね! 味噌漬け」

「おや? 以前は、あまりご興味がないようでしたが。それであれば、本日の膳に付けさせましょう」


 いつもながら勿体ないな! かつての義藤よ!

 今晩は白米に味噌豚焼き。ああ、待ち遠しい。

 側には給仕で楓さんがいてくれるし、至れり尽くせりですよ。


 本音を言えば、楓さんと向かい合って一緒に食べたいんだけどって前に誘ったら女中の身でそのような事はできませんと断られてしまった。


 前よりはマシになったけど、あんまり会話もしてくれないし。

 静かな部屋で一人ご飯食べて、隣には無言の楓さん。

 もうちょっと楽しくご飯を食べたいんだけどな。


 猪肉が獲れたら、バーベキューか鍋パーティーでもしようか。

 みんなで和気あいあいとご飯を食べたら楽しそうだ。


「ありがとう。楽しみにしているよ。もう一つの相談なんだけど、事務方の人を一人か二人雇いたいんだ。朽木谷の人で働きたい人いないかな?」

「事務方ですか。うーむ。それは、ちと難しいかと。申し訳ございませぬ」


 あれ? 今までのノリに反して急に渋くなった朽木の爺さん。

 なんかまずいことでも言ったかな?


「無理にってわけじゃないから大丈夫だよ! ……一応、理由を聞いても良い?」

「お恥ずかしながら、朽木谷には士分の者が少なく、文字の読み書きをできる者に余裕がないのです。今も手いっぱいの状況でして」


 忘れてた。この時代は識字率が低いうえに、ここは閉鎖空間の朽木谷だ。

 文字の読み書きがそこまで必要とされていない。だから朽木家の士分の人たちくらいしか文字の読み書きができないようだ。

 あとはお寺の住職さんとかが唯一の文化人だとか。


「そうか……無理言ってごめん。でもどうしようかな。困ったぞ」

「もし、軽輩の者でよろしければ、気になる者がおります」


「え? いるの? どんな人?」

「朽木の者ではないのですが、同じ近江国の坂田郡に居を構える地侍で石田いしだ 正継まさつぐという者。彼の者は土着の国人領主ながら和歌をえいずる風流人。武辺者とは一線を画す変わり者として評判です」


 和歌だと藤孝くんも好きだし、話が合うんじゃないかな。

 側に控える藤孝くんも興味津々のようだ。


 和歌を詠ずるっていうくらいだし、文字の読み書きは問題ないはず。頭を使うのが好きなタイプみたいだし、計算もいけるんじゃなかろうか。

 ダメでも教えれば良いだけだ。


 家柄が低いのも、今回はちょうど良い。

 大前提として和田さんの出自を気にせず、うまくやってもらいたいのだから。


 気になるのは、余所の領地の武士を引き抜いても良いのだろうかということ。


「とても良い人材みたいだけど、うちに引き抜いちゃっても良いのかな? 近くの武士ってことは領主である大名もご近所さんでしょ」

「あそこは六角家、浅井家が争う勢力圏ですから、去就に迷って先行きを案じているはずです。土地を離れて幕府に仕えるとなれば、両家も表立って文句は言えますまい。おそらく、石田殿の領地についても親族に継がせれば、両家とも気にもしないと思いますよ」


 と藤孝くんの言である。

 大会社の下請けの下請けくらいの社長交代があったところで、大会社は揺るがないし、社長や役員が辞める人を把握している訳でもないって感じか。そりゃそうだな。


 流石に契約解除してライバル会社と契約しますとか言われたら大騒ぎだろうけど、変わらず仕事を受けるのであれば、じゃあ、いつも通りによろしくって感じだろう。


「それじゃあ、朽木の爺さん、その石田正継さんに声掛けをしてもらえるかな。まずは本人の意思確認もしないと。お給料はちゃんと払えるって伝えて。事業部の次官としてお招きしたいから、相応の待遇を用意するとも」

「承知いたしました」

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