第二十話 社長って一人の時間を大事にする。たぶん。

 和田さんの下で働いてくれる事務方探しも目途が立ち、一息ついたのだが、ふと思ってしまった。


 俺、事業を広げ過ぎなんじゃないだろうか……と。


 こっちに来てから一月ほど。

 将軍という立場もあって、自分で出来ることが少なく無為に時間を過ごすことが多い。


 だから考え事ばかりすることになるんだけど、どうしても自分の命の制限時間に焦ってしまい、幕府を強くするためにどうしたら良いのかと考えてしまうのだ。

 兎にも角にも幕府には金がない。従って兵を雇うこともできないし、軍需物資を集めることもできない。


 その結果、金儲けの算段をしていくことになるのだけど、手を広げ過ぎているんじゃないかと不安になった。

 現代で清家和輝せいけかずてるである時の印象で、多角化ばかりしていく会社は急成長するとともに、最終的には崩壊していった記憶がある。


 多分、会社の核となるものが求心力を失ってしまったんだと思う。

 手を広げ過ぎて、経営者が時間的な制限があったりして目を配れなくなり、組織立った行動や相乗効果が得られなくなるのではないかと自分では解釈していた。

 そして最終的には、本業もそれに引っ張られ、立ち行かなくなり……崩壊。


 良くない。それは良くない。今、俺の生命が担保されているのは幕府が存在しているからだ。

 かといって、その幕府のせいで生命に時限装置が付いてしまっているのも事実だから、なんとも言えない。


 幕府という組織をうまく維持しつつ、三好と対抗できる組織に作り上げる必要がある。まさしくハードモードである。


 室町幕府の弱点は、トップが俺で、他に代わりが利かないこと。組織図で言うと社長と平社員だけという構図だと思ってくれれば良い。

 実際にはたくさんの役職があって分業となっているが、それは通常の幕府としての業務に対するもの。

 今、俺の持つ問題意識を改善する組織としては、貧弱極まりない。


 今のところ小さな組織だから何とかなるけど、今後、日ノ本全土を安定させるための組織と考えるとこのままではいけない。


 室町幕府の職制には、将軍の下に管領というナンバー2がいる。

 一緒に逃げてきた細川晴元という胡散臭いおっさんである。

 この男、日ノ本に戦乱を巻き起こした張本人であるうえに、三好長慶の父親を死に追いやった人物で、三好家に目の敵にされている。その前は、先代将軍で俺の父でもある足利義晴あしかがよしはると敵対していた。


 なんとも節操のない人物である。

 そして、今では俺のことを完全に無視して各地の大名や宗教勢力と勝手に連絡を取り合い、色々と画策しているらしい。


 将軍家もホイホイと尻馬に乗ってきたせいで同罪ではあるが、今後組織を任せるほど信頼できるわけもない。

 俺とこころざしを同じくして信頼できる人に共同経営者のような立場を任せたいと切実に願う。

 こういう立場になって思うのは、意思決定をする前に話し合って意見を出し合うような関係となれる人は貴重だ。


 ある程度の裁量を預けられる事業部長のような人は、いない訳でもない。

 忍者営業部の和田さんとかね。


 でも、もう一歩踏み込んで全体を見通して将来を描くのは難しいと思う。

 和田さんは、この時代の固定観念が強すぎる。この時代の人だから当然なんだけどさ。


 現状、忍びである和田さんを普通の武士として扱うだけでも、本人は恐縮している。

 かつての義藤も同じように扱っていたが、忍びの技術を捨てて武士らしくしろという蔑みからの扱いだったから、前はそれを嫌がっていた。


 そういう訳もあって、和田さんは今の地位に満足しているように思える。

 だから、俺と対等の立場になるなんて同意してくれないだろうし、仮になったとしても腹を割って話し合ったり、事業計画を練るようなことはできないだろう。


 今のところ、一番有力なのは藤孝くんだ。

 彼は、俺の意識が乗り移った義藤でも献身的に支えてくれているし、有能だ。そして歳も近く考え方も柔軟である。

 今は秘書官のような立ち位置にいるので、事業の把握もできている。


 ただしむらくは、彼もまた幕府という組織にどっぷり漬かっていること。

 それが忠誠心の源なんだけど、どこかで必ず一歩引いてしまう。

 きっと意見をぶつけ合ったら、最後は俺の意見に賛同してくれるだろう。良くも悪くも。


 こればかりは考えていてもどうにもならない。

 気にかけながらも時間が過ぎて良い出会いがあることを願おう。


 考えなければならないのは、手を広げた事業の確認だ。


・忍者営業部 

 和田事業部長に裁量権を委譲済 


 現在は、京の物産と写本事業部の本を担いで行商に出ている。


 本命は、停戦と官位の斡旋、大名との顔つなぎ。

 最終的には全国規模で情報収集と通信網の構築。それと物産交易の営業。


・写本事業部 

 三淵藤英みつぶちふじひで(藤孝くんのお兄さん)がリーダーで推進役


 幕府の仕事がない文官ニートたちの働き口と忍者営業部の販売商品を作るため。

 売り物が少ない現時点の対症療法的な存在。京に復帰したら廃止か縮小せざるを得ないかもしれない。


・硝石製造計画 

 事業責任者不在


 作業要員として服部正成くんがいるが、本業は俺の護衛。ずっと任せられない。

 火縄銃製造計画を推進するには避けて通れない。加えて、原料となる朽木谷の厠の土は有限で少ない。


 これを解消するために畜産事業を計画した。


・火縄銃製造計画 

 事業責任者不在、技術者も不在


 軌道に乗れば利益が大きく、幕府軍に原価で火縄銃を配備できる期待の事業。

 懸念は火縄銃に詳しい人材がいないこと。


 いずれは忍者営業部を通じて、材料を現地買い付け、代価を火縄銃で支払う。

 硝石はこっちが握っているし、流通させればさせるほど利益はうなぎ登りだ。


・畜産事業 

 事業責任者不在、技術者も不在


 本来の目的は硝石作りのための糞尿を確保するため。

 しかしこれは大っぴらにする話ではないので、食料事情を改善するためと説明している。


 今は猪と野兎を一組ずつ飼育して試行錯誤を繰り返す予定。

 捕獲は依頼済みで、結果待ち。



 こんなところか。

 忍者営業部と写本事業部は問題なさそう。

 まだ今川家と土佐一条家に派遣してから連絡が来ていないから成果の確認はできていないが、どこもかしこも戦ばかりで皆疲れているらしい。

 将軍家の停戦斡旋の話があれば、お互い矛を収めやすいはずだ。

 きっと話に乗ってくる。


 そして官位の斡旋も同じ。戦働きには褒賞が欠かせない。

 明確な勝利であれば土地を得ることもできるだろうが、小競り合いが多い現状ではそれも難しい。

 土地は得られない、小競り合いといえども兵は死ぬ。大名や領主は何か褒美を渡す必要がある。


 そこで官位だ。相手に金が無いなら安くすれば良い。そうしたところで数が出れば問題ない。

 実質ノーコストでいくらでも任官できるのだから。

 なんせ私称の官位だしね。官途状制度、素晴らしい。


 ああ、あと妹が嫁いでいる若狭武田家に蔵を使わせてほしいって連絡してたな。

 あれもそろそろ返事が来るはず。

 あっちには便利で速い忍者便ではなくて、暇そうにしていた幕臣にお願いしちゃったから少し時間がかかっていた。


 どういう返答が返ってくるかな。

 使用料も払うし、幕府直轄の蔵があれば、無法を働く輩も減るだろう。

 そうすれば、治安の維持にも役立つし悪い話じゃないと思うけど……。

 ああ、連絡が来るのがな。



 ―――――――


 次回(明日)の更新は、二十話までの主要人物紹介となります。

 明後日から二十一話スタートです。


 もし、義藤や楓、猿飛などのキャラが好き! 続きが気になる!


 裏耕記いいぞ! 応援してるぞ!


 と、思っていただけましたら、

 

 ★評価とフォローを頂けますと嬉しいです。


 まずまずなら★、中々良いじゃないか★★、面白いじゃないか★★★

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る