第十一話 有名人じゃなくても

 俺は上座に着くと和田さんへ労いと頭を上げるように伝えた。


「上様、遅くなりましたが主だった忍びの者を連れてまいりました」

「いやいや、六日くらいで集めてきたのだから充分早いでしょ!」


 本物の忍者の基準ってどうなんよ?

 朽木谷から甲賀まで行ってきて、人を集めて帰ってくるのに六日で遅いって。

 むしろ普通だったら何日で帰ってくるのか、とても気になる。


「そうおっしゃっていただけて嬉しゅうございます。こやつを引っ張ってくるのに時間がかかりまして、面目ございません」


 和田さんはそう言うと、女の子みたいな小柄な忍者に目線を送る。


「そうだったんだ。大変だったね。じゃあ三河はこれから?」


「いえ、三河には行ってきました。では、先にこの者を紹介します。こやつは服部正成はっとりまさなり、上様が気にされていた当代の服部半蔵(保長)の六男坊です。服部殿は既に三河の松平元康まつだいらもとやす(後の徳川家康)に仕えておりました。しかし三河も安定的とは言えず、家を保つためにも息子を託すとのことでした。こんな大きな体ですが齢十二。忍び働きより槍働きの方が得意とのこと。つきましては、殿のお側で近衛と忍びの者との繋ぎ役を任せたいと思い、連れてまいりました」


 ちょっと待てって!

 さっきから気になる情報が多すぎる。

 一週間で三河に行って帰り、甲賀でもう一人に手間取ったって言ってたよね。

 どういう配分にしたらこんなスケジュールを実行できるのだろうか。


 そして服部半蔵さんはダメだったのは残念。

 代わりに息子さんを託してくれたみたいだけど、見た目は忍者らしくないガチムチくん。

 もみあげが濃くて、髭の剃り跡も青々している。

 きっと将来、もみあげと髭が一体になるタイプの人だね。

 というか本当に十二歳か?


 半蔵さんの息子さんてことだけど、槍働きってことは武士として真っ当に戦う方が得意ってことなんだよね。


 おそらく忍者修業はしているようだけど、得意なのは違ったってことだろう。

 才能って言うのは必ずしも親から子に引き継がれるわけでもないし、それはそれで仕方ないことだと思う。


 正直、ガチムチ正成まさなりくんがいてくれれば、和田さんも自由に動けるし、護衛としても凄い安心感がある。


 託してくれた服部半蔵さんの気持ちをありがたく頂戴しよう。


「せっかく落ち着いた三河から、はるばるありがとう。服部正成くん、よろしくね」

「お願い致します!!」


 見た目通りの大きな声で馬鹿丁寧に挨拶してくれた正成くん。

 声変わりはしているけど、そこは年齢相応に緊張感を感じる。

 十二歳で親元を離れ、上京して就職なんて不安なのは当然だろう。


 初々しくて新入社員を迎える気分だな。

 大事に育ててあげないと。うんうん。


「それでもう一人なのですが……その……腕前は間違いないのですが……その……」


 普段、歯切れよく話す和田さんが、珍しく言葉が続かない。


「なんだよ! さっさと紹介しておくれよ~!」


 女の子みたいに小柄な子は勝手に顔を上げて話し始めた。

 いくらなんでも将軍の前での態度ではないのは俺でもわかる。

 藤孝くんも笑顔を張り付けたまま怒っている気がする。

 目が怖い……。


「すみませぬ。日頃からこのような態度なので悩んだのですが、腕前は抜群。この者も護衛として小姓としてお側に――――」

「おいら猿飛だよ~! よろしく~」


 手をひらひらさせて挨拶してくる猿飛くん。

 ガチムチ正成くんとは大違い。

 まるで親戚の生意気な従弟にしか見えない。


 ん? 猿飛?


「おう、よろしくな。もしかして猿飛佐助って言わない?」

「おいらは佐助じゃなくて弥助だよ。猿飛は、おいらたち一族の名跡で腕前が一番の者が引き継ぐのさ」


 残念! あの有名な猿飛佐助じゃなかった。

 そういえば、猿飛佐助は真田幸村を支えた十勇士で有名だったし、まだ生まれているわけないか。


「そうなんだ。じゃあさ、子供が生まれたら佐助って名付けたら? きっと優秀な忍びになるよ!」

「佐助かぁ。悪くないけど、それは俺が結婚できるほどに長生きできたらね~」


 十歳くらいにしか見えない猿飛弥助は、とんでもなく不穏なことを言いながらニヤリと笑う。

 元気そうだし、病気ってわけじゃないだろう。


「それだけ厳しい世界だってことなんだな、忍びの世界はさ」

「そうだね。まあ、おいらは結婚できる歳まで死ぬ気はないけどね」


 結婚かぁ。

 年齢的には俺も十九歳だし、この時代では結婚しててもおかしくない歳だ。

 むしろ武家であれば、もう子供がいても不思議じゃない。


 あれ? そもそも弥助はいくつなんだ?


「弥助って、今何歳なの?」

「おいら? 十九歳だよ」


 ちょっ! タメですよ! タメ!

 どう見ても小学生にしか見えないぞ!


「同い年じゃん! 今でも充分結婚できるでしょ!」

「え~? そう言われればそうだね」


 イタズラが成功した子供のようなクシャっとした笑顔で惚けたことを言う猿飛弥助。

 揶揄からかわれているのは、間違いないんだけどなんか憎めないんだよな、こいつ。


 おっと、藤孝くん目が怖いって。

 笑顔すら消えて、誰がどう見ても怒りん坊さんですよ。


「ふざけるのは大概にな。俺は良いけど、気にする人もいるしさ。それと結婚できるように無茶しないこと。身体は大事にね」

「こんな態度でも怒らないどころか、俺の心配をしてくれるとはね。おいらみたいな下賤な忍びはむくろを野にさらすのが定めってもんさ」


 これが戦国時代の忍者の死生観ってやつなのかな。

 こいつは嫌いじゃないし、そんな悲しい終わりは迎えて欲しくない。


「せっかく知り合ったんだから、そんな悲しいこと言うなよ。もう仲間じゃないか」

「へぇ~。あんちゃんって変わり者だね。りょーかい。せいぜい気を付けるって」


 理解してくれたのか、してないのか。弥助のヘラヘラした態度からは良くわからないけど、わかってくれたと願いたい。

 いくら戦国時代とはいえ、子供を作る未来を想像できない世の中なんて良いわけないさ。


「おう! これからよろしくな!」

「おう! そんじゃあ仲間にしてくれたお礼をしなきゃね。誰かっとく?」


 そんな一本いっとく? みたいなノリで言わないで!

 暗殺をエナドリ入れる程度の軽さで誘わないで欲しい。

 あまりにも気負いのない自然さに頷くところだったでしょ!


「お礼って言うなら、そんな物騒なことしないでさ、守って欲しいんだ。俺の大切な人たちを。ここにいるみんなもそうだよ」


 俺の言葉を聞いた和田兄妹はピクリと肩を震わす。

 和田さん、前の俺に忍びの矜持を否定されて武士らしくしろって命令されてたもんね。

 それほどに忍びは下に見られていたわけだから、将軍が大切な仲間だって認めてくれるのが嬉しかったんじゃないかと思う。


 ちょっと計算も入ってるけど、気持ちってのは言葉に出さないと伝わらないからね。

 新入社員にも頑張ってる姿を見たら、その場で褒める。

 そうすると自分が何を認めてもらえたのか良く理解できるんだよ。

 褒めた方の気持ちも、自分の認められた行動も。


 という訳で、和田さんや妹の楓さん。服部正成くん、それに猿飛弥助。

 もちろん細川藤孝くんもね!


 みんな大切な仲間だと思ってるよ。

 頼りない将軍だけど、みんなヨロシク!

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