第十話 待ち人来る 再び
「……どうぞ」
「あ、ありがとう」
先日、戦国時代の茶に懲りた俺は、白湯を貰って飲んでいる。
抹茶が、あんなに苦いものだとは思わなかった。
現代の抹茶は品種改良でもして苦みが抑えられているのだろうか。
うろ覚えだった昔の抹茶の記憶が吹っ飛ぶほどに衝撃的な味だった。
あれはもういいや。
いつか公式の場で飲まなければならなくなったら、薄めに点ててもらおうと決心している。
午前中の騒動に心が乱されたのもあって、のんびり白湯を飲んでいると落ち着く。
半面、どうしても味に物足らなさを感じてしまう。
煎茶が恋しい。
不思議なもので、現代にいたころは炭酸などがたくさんあって、敢えてお茶を飲むことなんてしなかったけど、白湯か抹茶しか選択肢がないとあの味が恋しくなるな。
煎茶ってどうやって作るんだろう。
茶葉を揉んでいた映像を見た記憶はあるのだが、細かいところは覚えてない。
立場上、誰かに命じたら必死になって開発してくれるのだろうけど、製法はあやふや、味も知らないようなものを作らせる仕事なんて、無茶振り過ぎて頼む気にもなれない。
煎茶は諦めよう。
いずれお金に余裕が出来たら、紅茶でも輸入しようと思います。
飲み物といえば酒は大量にある。
まともな飲料がない時代、酒は保存の利く貴重な飲み物だ。
しかし金のない幕府なのに酒を飲む気にもならず、消費財ではなく資産として残している。
換金しても良いし、返礼の品として贈り物にしても良い。
ああ、そうだ。
文官ニートたちは、写本事業の出来高制を選ばず、固定給を選んだよ。
安定の固定給を変動給にするわけもないって予想してたから、案の定といったところだ。
そして朝方、六角より支援金と頼んでいた紙や墨、筆なんかが届いたから、馬車馬の如く働いてもらうとしよう。
固定給を選んだのは自分なのだからな。
くっくっく。
ヤバい、ブラックな社長っぽいぞ。
いかん、いかん。
六角の支援金の届いた様子ときたら、驚きましたよ。さすが六角家。京へと繋がる琵琶湖の水運を握っているだけはある。
届いたのは、銭で三百貫(3,600万円:銅銭約千枚の束が三百本)。
冷静に考えるとすごい額だが、武家官位は一つで七十貫~百貫の礼金を受け取るらしいから、大大名の六角家からすると大したことはないようだ。
将軍家の利用価値として、その程度はあるらしい。
それらの銭は荷車で運ばれてきたよ。
銭一貫で3kgくらいあったから、全部で900kg。
必要だな。荷車。
そしてその護衛に武士がたくさんお越しになりました。
報告を聞いて、見に行ったら、その光景が余りに怖かったので朽木谷の入り口で引き返してもらいました。
甲冑を着た武士が百人。
人足などの作業員が五十人。
合戦って何千とか何万の対決ってイメージだったけど、甲冑武者が百人でも相当怖い。
戦となったら、あの集団に突っ込んでいくなんて正気の沙汰とは思えないよ。
雑兵スタートじゃなくてよかった。
そうなってたら侍で立身出世なんて諦めて、商人になってただろうな。
ふと考えてしまう。あの人たちがその気になったら、その段階で俺の命はなかったと思う。
改めて六角の強大さを実感しましたよ。
そして三好の強さも。三好は六角より強大なのだから。
俺は三好に勝てるのか?
甚だ疑問であるが、やらねばならない。
現状は将軍という権威、足利という貴種、そういう価値があるからこそ、生かされているに過ぎないのだと否が応でも実感させられた。
権力者の気分次第では、その保障が無くなるということも。
勝たねばならない。自らの命のためにも。世の安定のためにも。
なんてシリアスになってみたけど、白湯では格好がつかないな。
こういう感じを出すなら、強い酒を傾けながら窓から景色でも眺めてみないと。
現代ならもうすぐアラサーな俺。
いつまでも若さを売りにしている訳にはいかない。
いや、別に若さを売りにしたつもりはないが、年齢的にも兄貴分として慕われるように落ち着きとか貫禄とか欲しいよね。
大人の余裕ってやつですか。
まだ見ぬ将来の奥様も俺の大人の魅力でメロメロになっちゃうはずですよ。
「上様、和田殿が戻られました」
そんな下らない思案に耽っていると、藤孝くんの声がした。
ん? 和田さんが戻ったって? もう?
つまりは……新たな忍者が来たってことだ!
グッと湯呑に残った白湯を飲み干すと、立ち上がり衣服を整える。
藤孝くんの後に続いて、応接の間に向かうのだが、服部半蔵が来てくれたか気になって仕方なかった。
無理かな。史実でも徳川家に仕えているもんな。
京から三河に直接向かったということは、何かしら伝手があったのだろうし。
応接の間に着くと部屋には和田さんと見知らぬ男が二人が頭を下げて控えている。
筋肉質で武士らしい体形の男と女の子のような小柄の子。
それと、入口脇に楓さんが控えた。
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