第二話 夢の中では何でも起きる

「上様! 上様!」


 身体を揺すられ、意識が戻ってきた。


 背中と頭が痛い。

 揺すられてゴリゴリ後頭部が擦れているだけではない尋常な痛みがある。

 そして体全体が圧迫されているように重い。


 瞼越しに差し込む光の眩しさに抵抗を覚えつつ、何とか目を開いた。

 それはそれは顔立ちが整った青年が心配そうに覗き込んでいた。


 ああ、これラブコメのヒロインだったら恋に落ちるやつじゃん。

 でも俺は男なんだけど。


 そんなどうでも良いことを考えていた。


 他に見えるのは奇麗に晴れ渡った空。

 深い緑。


 そして……


「ちょんまげだ」


 オールバックにして、ちょんまげを乗せてるやつ。

 イケメンだと、どんな髪型でも格好良いよね。


 あいつらファストファッションでもサラッと着こなしやがる。

 俺が同じように着ても中学生みたいに見えるのはなんでだろう。


「上様! このような緊急時に何をおたわむれを! さあ、起き上がれますか?」


 優しく手を差し伸べるイケメン。

 ああ、これラブコメのヒロインだったら……もういいか。


 俺はイケメン君の手を取り、重たい身体を持ち上げる。

 なんだこれ? 鎧? 腹が曲がらん!

 結局、イケメン君に引き上げてもらい上体を起こした。


「ありがとう。えーと、君は?」

「側仕えの細川藤孝ほそかわふじたかにございまする! 幼き頃よりお側に仕えてきたではありませぬか。もしや頭を打って記憶が曖昧に?」


「藤孝? 幼き頃? 誰かと間違ってない?」

「間違う訳はございませぬ! 貴方様は第十三代将軍 足利義藤あしかがよしふじ様でございます」


「へ? 将軍? 俺が?」

「はい!」


 え~。将軍って偉いやつでしょ。

 足利将軍くらいは知ってるけど、義藤なんて知らんぞ。

 信長が野望を滾らせるゲームでも見た気がしない。


 だいたい足利って言えば金閣寺だか銀閣寺だかを建てた義満とか信長に嫌がらせしまくった義昭とかだよな。

 ちょっと待てよ。細川藤孝って義昭のお供じゃなかったっけ?


 そもそも義藤なんてゲームでも試験勉強でも全く見た記憶がないし。


 あれか! 夢でいろんなキャラが世界観を無視して出てくるやつ。

 今回は将軍プレイってやつね。

 わかりました。せいぜい楽しんでやりましょう!


「そうか俺が将軍か。で、今は何年の何月何日?」

「天文二十二年八月五日にございます」


「天文? 西暦で言うと?」

「西暦とは何でございましょう?」


 西暦は通じないか!


「えーと、信長とか家康とかいる?」

「はて? そのような人物に心当たりありませぬ。申し訳ございません」


「じゃあさ、今一番の有力者って誰?」

「それであれば、先ほどまで戦っていた三好長慶みよしながよしでしょう」


 三好! 知ってるぞ。京とか四国に広大な領地を持ってる戦国武将じゃん!

 あれ? 相手めちゃくちゃ強ない?


 確か信長が快進撃を続ける頃には、弱ってた気がするけど、まだ信長いないんだよね。

 てことは、三好さん全盛期? やばいじゃん。なんでそんな敵と戦ってんだよ。


「なんで三好さんと戦ってんの?」

「それは……三好の専横が目に余ると……」


「俺が言ったの?」

「いえ、それが、幕臣の方々から、そういう意見が出て押し切られる形で承認されました」


「その幕臣の方々って?」

「既にどこかへ逃げ延びておられるようです」


「…………」

「…………」


 いい加減すぎて言葉が出ない。

 なんとも言えない雰囲気が漂う。

 藤孝くんも目を合わせられず気まずそうにしているよ。



 微妙な空気感にどちらも言葉を発さない。

 やけに静かなこの場所で聞こえてくるのは小川のせせらぎと馬のいななく声。


 そして駆け寄る馬の足音。

 近寄ってきた馬に乗る侍から張りのある皴枯しわがれ声が飛んだ。


「藤孝殿! 上様はご無事なのか?」

朽木くつき殿。お待たせして申し訳ございません。上様はご無事ですが記憶が曖昧なようです」


 大仰に驚いた様子の爺さん。

 爺さんの割に随分体格が良いな。

 プロレスラーと言われても違和感ないぞ。


「なんと! 心配ではあるが話はできるのであるな。であれば、まずは安全な場所に移動させるのが吉じゃ。孫が領主をしておる朽木谷までそう遠くない。上様を馬へお乗せなされ」

「そうですね。上様、予備の馬がありますのでお乗りください」


 馬、乗れんよ?

 現代っ子で馬に乗れる奴なんてハイソな奴かイケメンくらいだろ。


「馬、乗れないかも」

「先ほど落馬されたばかりですからね。ご安心ください。私がくつわを取りますので、乗られたら、しがみついてくだされば朽木谷までお届けしましょう」


「そうなの? じゃあお願いします」


 そういって周りを見渡すと、主のいない馬が一頭と倒れて苦しそうに息をしている馬が一頭。

 藤孝くんは、主のいない馬に駆け寄って曳いてくると、何とか俺を押し上げて馬に乗せてくれた。


 これって予備の馬じゃなくて藤孝くんの馬だよね?


「さあ、しっかり掴まっていてくださいね!」


 藤孝くんは俺に心配かけないように笑顔でそう言ってくれた。

 ああ、これラブコメのヒロインだったら……以下略。


 それから朽木谷というところに着くまで、体感で一時間くらい。

 藤孝くんは馬の駆け足と同じ速度で走り抜けたよ。

 イケメンってなんでも出来るよね。

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