第三話 ようこそ朽木谷へ

「おお! 着いたぞ」


 お供の皆さんが安堵の声を上げたので、恐る恐る顔を上げてみると山深い谷間に集落があった。


 さっき声をかけてきた朽木って呼ばれていた爺様と同じ名前だ。

 やばい。それ以外の人の名前全然わかんねえ。


 イケメン藤孝ふじたかくんに教えてもらわないと。


 それにしても、頭と背中が痛い。

 馬に揺られて鎧が食い込むせいで肩も痛くなってきた。


 夢なら痛くないはずなのに。


 ……わかってる。

 夢だと思わせてくれ。


 だって、よくわからん将軍だぞ?

 認めたら負けじゃないか。

 実際、戦に負けて逃げてるのだけども。


 本当に戦国の時代であれば人の命は軽すぎる。

 藤孝くんから情報収集して失礼のないようにしないと。


 怒らせて、いきなり切りかかられたら、余裕で死ねる。


「藤孝くん、馬ありがとう。それとお疲れ様。申し訳ないんだけど頭も肩も痛くてさ。ともかくゆっくり休めないかな?」

「それはそれは。すぐに手配しましょう」


「疲れているところ悪いね。それと部屋に行ったら、いろいろ教えてくれないかな。記憶が戻らなくってさ」

「承知しました」




 後で聞いた話では、まず朽木谷の領主が挨拶をするらしいんだけど、非常事態ってことで後回しになったそう。


 その領主は、朽木 元網もとつなっていう六歳児。

 朽木の爺さんのお孫さんだそうだ。

 爺さんの方は、朽木 稙綱たねつなって言うらしく、十代目の将軍である足利 義稙よしたねから偏諱へんき(名前の一字を貰い受けること)を賜ったことが自慢なんだとさ。


 俺も名前上げたら喜んでくれるかな?


 そんなことはさておき、昔っから朽木家は将軍を支えてくれていたということがよく分かった。


 他に付き従っていたのは、大物で言うと、細川晴元っていう胡散臭いおっさん。

 なんでも管領という将軍の次に偉い人。

 でもこいつは、俺の勤めている河内商事にもいる自分の都合しか考えないタイプにしか見えない。

 そのためには他人の犠牲を物ともしないような信用できないタイプだ。


 その点、朽木の爺さんは、嫌な顔せず俺たちを匿ってくれる。

 金もなくて迷惑をかけるだけなのに、「武士なら将軍のお役に立つのが当然」と笑い飛ばしていた。


 朽木谷は、どうみても裕福じゃないのに。

 ありがたい。


 話は戻るが他の人たちの話。

 他には、奉行衆っていう役職のザ・事務方とわかる風貌の武士が数名。


 有力者でいうと藤孝くんのお兄さんの三淵 藤英ふじひで、一色 藤長ふじなが

 あとは京極さんとか仁木につきさん、米田こめださんや松井さん。


 それと武官では和田 惟政これまさのみ。


 これが陣容だ。

 事務方である文官はもう少しいるけど覚えきれてない。


 全体的に若いのは、年長者が後方支援に回っていたからだそうで、あとから合流するらしい。


 話を聞いてみると武官が少なくてびっくりした。

 これで良く戦う気になったよな。


 案の定、三好との合戦を高らかに叫んでいた年嵩の文官は、戦場にも出ず行方知れずだってさ。



 そうそう、びっくりしたのは、唯一ともいうべき武官の和田さん。

 なんと、甲賀忍者の出身なんだぜ。

 忍者だよ! 忍者!


 和田さんは、スラリと背が高く寡黙な印象。

 藤孝くんとは違った男前だな。

 戦国時代はイケメンが多いのか?


 それはさておき今度、忍者について質問してみようと思う。



 そこは良いんだけど、冷静に考えて忍者に合戦の指揮を執らせるって宝の持ち腐れ感がハンパない。


 ここから出たら、また三好と戦う羽目になりそうだし、合戦慣れした武将を探さないと。

 藤孝くんは優秀だけど、俺と年が近く二つ上の二十歳。

 戦の経験が少ないし、任せるわけにもいかない。


 こんな陣容でどうやって戦ったのか聞いたら、支援者である大名から兵を借りるんだとさ。

 自前の兵は、ほとんどいないからこれで何とかなってたらしい。


 将軍なのに兵力無いんだよ。

 どうすんのさ。

 将も軍も無いんだってさ。

 笑うしかないよね。


 あと、兵力以上にないのがお金。

 室町幕府は直轄地(将軍の領地)が少ないらしく、その利益は現地の地侍や大名に横領されてて無収入。

 土地が少ない代わりに、多くの徴税権を有していたけど、京から追い出されては受け取る術もなし。



 継続的に入るお金は者である六角家から。


 収入ではなく支援金な。

 ここ重要。


 支援だから続けるも辞めるも六角家の気持ち次第。

 もしかして、三好と戦ったのって六角の意向なのでは?


 今も昔も金を出すやつの意見が強い。

 大企業ですら株主スポンサーの意向には逆らえないしね。



 結論、室町幕府としての収入はゼロ。

 つまり六角家に食わせてもらってるニート集団である。


 こんなんで三好に喧嘩売るって自殺行為でしょ!

 信長が野望を滾らせるゲームだったら一年も持たんよ!


 これでは朽木谷から出ていくわけにはいかなくなったぞ。

 何とか金を集めて、武将を集めて、兵を集めて……。

 これって、本当に将軍スタート?


 単に強敵に囲まれた無理ゲーじゃないでしょうか。

 こういうのってさ、弱い敵を潰していって、どんどん強くなる奴だよね。


 なんでレベル1でラスボスと戦争状態でスタートすんだよ!



 あ~、あと一番のサプライズ。

 俺に弟がいるんだってさ。

 奈良にある一乗院っていう寺にいて、覚慶かくけいって名乗ってるらしい。


 勘の良い人はわかるよね。

 藤孝くんがいて、寺にいる将軍の血をひく男。

 そう、弟は義昭くんで確定です。


 そして義昭くんが藤孝くんに助け出されるんだけど、そのキッカケは、兄である将軍が三好に殺される事なんだよね。


 そう、俺ですよ。殺されちゃう将軍。


 剣豪将軍だっけね。

 たしか。


 ゲームのイベントムービーで見たよ。

 畳に名刀を沢山刺してさ、バッサバッサと雑兵を切り捨てるんだよね。

 そんでもってさ、業を煮やした敵が畳を持って突撃するんだよね。

 四方を畳で押し囲まれて、畳越しにブスリ。

 非業の死を遂げる剣豪将軍でした。


 って、おかしくない⁈ あの苛烈な信長にさんざん嫌がらせした義昭ですら殺されなかったんだよ!

 なのに、なんで俺は殺されるんだよ!


 太く短く生きたいって言ったけどさ、意味違うじゃん?

 そういうんじゃないんだよ!


 やべーわ。これ。

 のんびり暮らしてたら畳で押し競おしくら饅頭ですよ。


 本気で何とかせねば。

 こうなれば藤孝くんに相談しよう!

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