室町将軍の意地 ー信長さん幕府ぶっ壊さなくても何とかなるよー

裏耕記

第一章 朽木谷 逼塞編

この業界では良くある事のようですが

第一話 他人の生き様って羨ましくなるよね

「おーい、清家。この資料、京都支社へFAXしといてくれ」

「うーす、了解です」


 まったく嫌になる。

 今の時代にFAXかよ。


 そのくらい自分でやれっての。

 しかもPDFをわざわざ印刷して紙で確認するなんて資源の無駄じゃないか。


 なんでメールに添付された回覧資料を印刷して手書きで直すのだろうか。 PDFに直接コメントを書き込める時代だぞ?

 せめてメールに記載すれば良いじゃないか。このアナログ感だけは、いまだに慣れない。


 うちの会社は一事が万事、この調子だ。会議資料も参加者に一部ずつ印刷したものを用意する。落丁などがあった時のために予備で数部。

 真面目に会議資料を熟読する人は少数で、大半は話す人の報告を聞いて理解する。

 資料は補足データや根拠が記載された付属物扱いである。


 そして会議が終わると、すべてをシュレッダーに。

 それらも部署の下っ端の役割だ。


 俺はもう新卒5年目だってのに。

 そういう雑用は卒業のはずなのに、部署で一番下っ端だからこんな仕事が回ってくる。


 なんでかって?


 うちの部署で一番下っ端だからだよ!

 もう入社5年目なのにな!



 俺の勤めている河内商事は、商社の業界の中堅どころ。

 歴史だけは古い、典型的な日本企業だ。


 古いお得意先様に支えられてのんびりした空気が漂う我が社の社風は超保守。

 新しいことをやらなくても生きていけるからチャレンジや投資を嫌う。

 その安定度もあって、いまだに終身雇用が守られ年功序列がまかり通る。


 だから、若い社員はやる気が出なくて、出世も見込めない。

 いつも通りの取引にいつも通りの接待。

 たとえ新入社員が業績を上げても、年次が上の社員たちがポストが空くのを待っている状態だから出世なんてできる訳がない。


 だってさ、社員二百人の会社で役員が十人もいるんだぜ。

 そんでポストが足らなくなって、似たような課が増産され、課長がたくさんいる。

 それでも足らなくなって、係が増えて、係長もたくさん。


 そのポストは年齢の順に割り振られている。

 キラキラと自分の可能性を信じている新入社員はそんな環境に耐えられるはずもなく、どんどん辞めていって、おっさんやじいさんだけが残る高齢化会社である。


 てなわけで、俺は数少ない平社員は五年目にして係の下っ端。

 つまり雑用が割り振られるわけさ。



 最近、俺は辞め時を逃したかなって良く思う。

 でも大して能力があるわけでもないし、取り立てて誇れる経歴があるわけでもない。


 今以上に良い待遇の会社に行ける保障もないし、辞めなきゃならないほどの理由もない。

 そうやって堂々巡りの思考に結論が出ず、河内商事で働き続けている。



 そんなこんなで今日も、いつもと変わらぬ退屈な業務をこなし、帰路へつく。

 家に着けばコンビニで買った弁当をペットボトルの茶で流し込み、ベットにダイブ。


 こんな生活をしているからか、割れていた腹筋は見る影もない。

 高校時代には、そこそこ剣道部で頑張ったんだけどな。


「あ~、シャワー浴びなきゃ」


 仕事終わりの疲れた体でベットに倒れこんだら、起き上がるのは億劫だ。


「毎日毎日こんな生活で、俺の人生何が楽しいんだろ。平々凡々に細く長く生きるより、太く短く生き切った! って人生を歩みたいもんだよ」


 そんな当たり障りのない考えをしているうちに、ふっと意識が遠のいた。


 ―――


 緑深い山間に流れる安曇川あどがわ

 琵琶湖へと流れ入るこの川は、まだ源流に程近いとあって、か細いせせらぎである。

 その雰囲気と対照的に数騎の騎馬が前方を走る一騎の騎馬を追いかけている。


 誰もかれも華美な鎧を纏い、馬飾りも遠目に見ても美しい。

 しかし、騎乗の侍たちの目つきは異様に殺気立っていてギラついている。

 後方の騎馬の集団は前を走る単騎の騎馬に声をかけているようだが、声が届いた様子はない。


 前を走る侍は、ひときわ華美な鎧を纏っているが、兜はなく烏帽子のみ。


「なぜじゃ! なぜ儂がこのような目に合わねばならぬ! 足利の子として生まれたせいで戦場に駆り出されては逃げてばかりじゃ! 幕府奉行衆の連中は三好の傀儡だと嫌うが、儂にとっては三好がいなければ今度は奉行衆の傀儡ではないか。結局、儂が傀儡なのは変わらぬ。儂は朽木谷でひっそり暮らしておれば満足なのに。己が運命が恨めしい」


 世の無常を嘆くように吐く言葉は激しい。

 そしてその言葉に触発されるように鞭を使い、馬を激しく攻め立てる。

 馬は乗り主の鞭に応じるように足を速めるが目は血走り、泡が口の周りを覆う。


 既に、馬の限界は近づいている。

 どのような生物も全力で走れる距離には限りがある。

 悲しいかな従順な生き物である馬は、生命の限界に近づくまで鞭に応じてしまう生き物だ。


 そして、至極全うな結末を迎える。


「なっ!」


 ガガッ、ドシャ。


 生命の危険水域まで達した馬は、勢いそのままに倒れ込んでしまった。


 もちろんその上に乗っていた侍も同様に地面へと放り出される。

 運の悪いことに馬の背に乗っていた分、地面との距離があった。


 馬の全力疾走による運動エネルギーと、その高さによる位置エネルギーは侍の身体を人形のように弾き飛ばし、地面へと叩きつけた。


 その音は鈍く響く不吉な音。

 聞いた者の顔をしかめさせる。そんな音。


 仰向けに倒れている侍。

 ピクリとも動かない。

 傀儡を嫌った侍は、皮肉なことに糸の切れた操り人形のようだった。

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