第3話
迫り来る熱波を、雪の力の冷気が押し返す。その間を狙って、艶葉は弓を射る。
矢の刺さった地面から凍っていき、炎の国の兵士たちを雪椿が呑み込んでいく。
いつもなら、それだけで士気が下がるはずが、次々に押し寄せてくる。
「彼が、前戦に帰ってきたのかも」
隣でそう呟く綿雪に、視線を向ける。次の瞬間、赤が、青に、侵食された。
「青い、朝顔...?」
「最強の炎の力である証拠だよ」
高台にまで届くほどの熱風を伴った炎と共に、朝顔の蔓が伸びていく。絵や本でしか見たことのない、海のようだった。
今日は気温が高く、天候的には炎の力の方が有利だ。それでも現場に駆けようとする艶葉の腕を、綿雪が掴む。
「今は、彼の力の使い方をよく見ておくんだ」
「わかりました。...しかし、ここからだと、本人の姿が視認できません」
「次に嫌でも顔を合わせるよ。今日はとにかく、ここからの援護に徹するんだ。今、君を失うわけにはいかない」
日は落ちていき、2種類の花は、キラキラと消えていった。
艶葉の力で優勢だったはずの戦況が、この1日で、かなり変わった。
作戦の中心に立たされる艶葉と、力の研究者である綿雪は常に会議へ呼ばれる。
強い炎の力の保持者の帰還に、上官たちは騒ぎ立てていた。
「とにかく、私がその人をおさえておけばいいのですよね」
「そうだな...艶葉と奴の力は同等だ。2人でやり合っててもらい、あとは我々の作戦次第だな」
難しい話はよくわからない為、自分のやるべきことだけを把握し、退出する。
しばらくして、綿雪が疲れた様子で事務室へ戻ってきた。
いつもは彼が用意してくれるお茶を、艶葉が淹れ、渡してやる。
「ありがとう...。次は君にかなり負担をかけてしまうかもしれないけど......死ぬことだけは避けてくれ」
「はい。私が死ねば、彼を抑えられる人はいないようですから」
「それだけじゃない。こんな不毛な戦いで、君が命を落とすべきじゃない」
「その言葉は、この戦いを侮辱していると捉えます。撤回してください」
「だって、そうだろう。気候なんてどうにもならないのに...いつまで続くんだ。こんなこと」
「戦うことに、意味など必要なのですか?私の存在意義は、これしかないのに」
艶葉は自分の掌を見つめる。
その姿に、綿雪は眉間に皺を寄せた。
(この子はもっと、普通の生活をするべきだ)
そう思いながらも、綿雪にはどうすることもできず、無力さに打ちひしがれるのだった。
昨日とは打って変わり、雪が降っていて、白い息が頬を撫でていく。
いつもと同じ高台から見下ろす戦場は、雪の国が優勢だ。
艶葉は炎の国の隊列の前に、矢を放つ。刺さった所から氷の壁がせり上がり、彼らを阻んだ。
しかし、それはすぐに炎に包まれ、溶けていった。
(あれは...)
力の出所へ目を凝らすと、炎の国の人間特有の橙色の髪をなびかせながら、こちらへ手を伸ばす男がいた。
咄嗟に雪の力を放つが、青い朝顔が襲いかかってきた。
艶葉を締め上げようと迫り来るそれに、雪椿が絡まって、止まった。
雪が、やむ。
戦いに必死なこの場の人間たちは、そのことに気づかない。
輝きながら消える花の向こうに、彼は立っていた。
「まさか、こっちの最強さんは女の子だったとはな」
口角を上げ、ひらひらと手を振っている。
ギリっと奥歯を噛み、氷を飛ばすが、彼に届く前に蒸発していく。
「まずは挨拶からが礼儀だろ?名前は?」
「敵に教える義理はない」
睨みつけるが、呆れたようなため息を返されるだけだった。
「艶葉!!大丈夫か!?」
離れた場所から綿雪が叫んでいる。
今近づかれたら、守りきれる自信がない。
来ないようにと声を張り上げるよりも、男が眼前に迫る方が速かった。
「つやはっていうのか。俺は舜。これからよく会うだろうし、よろしくな」
「誰が!」
地面を踏みつけ、雪椿を生み出す。
枝が彼を縛り付け、球体のように呑み込んだ瞬間、炎が包み、朝顔の蔓が艶葉の足首へ巻きついた。
引きずられそうになるが、凍らせることで防ぐ。
火の中から、男は傷ひとつなく出てきて、空を仰いだ。
「晴れてる...?にしては、暑くないな」
その言葉に、全員が同じように見上げた。
暑いか寒いか、そのどちらかだった天気が、初めて穏やかなものになっていた。
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