第2話



 艶葉が送られたのは、最前線だった。



「君は雪椿を咲かせる程の、強い雪の力の持ち主らしいな。期待している。存分に力を奮ってくれ」


「はい、もちろんです」


 上官に敬礼する彼女の瞳に光はない。まるで人形のようだと噂されたが、戦場へ出ると、一変した。






 炎の渦を雪や氷が呑み込み、土煙が舞う。兵士たちの奮起の声が、地面を震わせていた。

 艶葉はそれを高台から見下ろし、手を伸ばした。霙の集まりが真っ直ぐに戦場を駆け、雪椿の枝に変わっていく。


 炎の国の兵士たちを殲滅し、一面に雪椿の赤色が広がり、雪の国の兵士たちの雄叫びが空へとこだました。

 その日から艶葉は、女神だと崇拝されるようになった。




「疲れていないかい?」


 ただでさえ細い目をさらに細めて、綿雪は言う。艶葉は軽く首を傾げた。


「私は疲れたりしません。次の命令はなんですか」


「今は待機命令が出ているけど...あんなに大きな力を使ったのに、大丈夫なのかい?」



 彼はそっと湯呑みを差し出してくれた。


 艶葉が戦場に立ち始めた日から、何かと世話を焼いてくれる3歳上の青年。



「あなたは、力の研究者だと聞いています。私が力を使っている所を見たいのではないのですか?」


「それはそうなんだけど...」


 綿雪は光の灯らない瞳を見つめる。それは、何も映していないように感じた。



 艶葉の向かい側へ腰掛ける。



「艶葉は...息抜きをしている所を見ないから、心配なんだ」


「私は、戦場で死んだ父の為、村の母の為、戦うことが使命です。休むことなど許されません」


(そう、刷り込まれて育ったのか...だが、いつか爆発してしまいそうで...)


 お茶を啜る艶葉へどう言葉を投げかけるべきか、綿雪は悩んでいた。

 艶葉は何も言わず、命令通り、待機を続けた。



 その沈黙に耐えきれず、手遊びに小さな氷城を作ってみる。精巧な作りに、艶葉は初めて表情が変わった。


「雪の力で、そのような物が作れるんですか」


 予想外の反応に、綿雪は返答に詰まってしまった。

 艶葉はハッとして、俯いてしまう。


「すみません。私には関係のないことでした」


「あ、いや。こちらこそすまない。君がこんな子供の遊びのようなことに反応すると思わなくて」



 艶葉は恐る恐る、綿雪の顔色を見ながら、言葉を続ける。


「普通の子は、力で遊ぶものなんですか」


「ああ、そうだね。雪の人形とか建物のミニチュアを作ってよく遊んでたかな」


「そうなんですね...」



 艶葉の幼少期を垣間見た気がした。




 氷で色々な彫刻を作ってやる。暗かった灰色の瞳に、僅かに光が宿る。


「艶葉にもできるよ。誰よりも強い力を持ってるんだから」



 見様見真似で艶葉が生み出す氷の彫刻は、どれも歪だった。そのことにシュンとしている彼女の年相応な表情に、どこかホッとした。


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