タチドコロちゃん
そうざ
Tachidokoro-Chan
急ハンドルの金切り声を上げた車体が弧を描いて交差点の縁石に乗り上げた。
やってしまった。否、やられてしまったと言った方が正しいだろう。
言うところの右直事故。僕は直進車で、相手は右折車の立場だ。
車内にガラスの細かな欠片が散乱し、街路樹の枝が助手席側の窓に突き立っている。もし運転席側だったら、と想像して尚更に血の気が引いた。
こういう場合の過失割合はどうなのだろう。耳学問の範囲では、確か右折車の方により思い過失が認められるのではなかったか。僕の進行方向は青信号だったし、法定速度も守っていた。特別の過失はない筈だ。
幸い身体にダメージはないようだが、生まれて初めての交通事故に手足の震えが止まらない。
歩道に人が集まって来る。こんな時は先ず何をすべきなのか、ほんの十数秒の出来事が分解写真のように脳裏を巡るばかりで、考えが纏まらない。
プルルルッ――何かが鳴っている。スマートフォンではない。カーナビの画面に『すみやか損保株式会社』と表示されている。
「アタシ、事故対応AⅠ! 愛称ハ〔タチドコロ〕、ヨロシクネ♪」
女性のような子供のような可愛らしい声が語り掛けて来た。
「あ! あの、あの、あのですね」
「事故ニ遭ッタンダネ、ドコカ痛イトコロハナイ? 救急車ヲ呼ブ事モ出来ルヨ」
「はい、それは、ええと、平気です、大丈夫です」
契約の際に受けた説明を思い出す。保険会社のAⅠを搭載し、万が一の時に早急に対処して貰えるシステムがあるとの事だった。パンフレットで高らかに謳われていた、顧客本位、お客様第一主義の理念が脳裏を過る。
ほっとしたのも束の間、黒塗りの接触車の方を見ると、運転席から屈強な男が現れ、こちらに向かって来るところだった。続けて助手席や後部座席からも似たような男達が降りて来る。
その筋の人間だ――僕は別の震えに襲われた。
「ややや、やく――」
「モウ警察ニ通報シタヨ! ロードサービスノ手配モシタカラ、安心シテ良イヨ!」
「でもでも、せせせ接触した相手が、くくく来るよっ!」
「アタシガ代ワリニ話ソウカ?」
「へ?」
「事故ニ遭ウト慌テチャウヨネ。アタシハソンナ時コソ頑張ッチャウノダ♪」
「おおおお願いしますぅっ!」
僕の車を囲んだ男達の怒号が窓ガラス越しに響く。窓を開けろと言っている。僕は、少しだけ開けた窓ガラスの隙間から、怖ず怖ずと言った。
「あああ貴方と話したい人が、いいい居ますっ」
男が怪訝な顔をする。
次の瞬間、タチドコロちゃんの初めて聴く声が白昼の交差点に轟いた。
「ゥオォオッウオッ、我ェ~ッ! ワシノ連レニ何サラシテケツカルンジャアッ! ボケェッ、カスゥ~ッ!!」
タチドコロちゃん そうざ @so-za
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