竜の眼見据える帝国

狐うどん

第1話 目覚め


まだ眠っていたいという欲をかき消す、けたたましい音に嫌々体を起こす。くそ、と悪態をついてひんやりとした床に素足で降りる。


「クソッタレの軍人共め、朝っぱらから騒がしい…」


そう。今まさにフィルを悩ませているこの轟音は帝国軍人による公開演習、という名のどんちゃん騒ぎ。砲弾と魔力弾の無駄遣いである。こんな馬鹿をしている暇があるなら街の治安回復に努めろよ、と文句を垂れたいところだ。

まあお生憎様、治安悪化は現在どんちゃん騒ぎ中の軍人の所為だから一向に良くはならないのだが…。本来臣民を守り、悪を取り締まるはずの軍人が何をしているのだと、皇帝陛下が喝を入れてくださればこのやりたい放題も収まるだろう。まあその皇帝陛下は前皇帝陛下と違って威厳もクソもない為、何を言っても効果はないだろうが。


戦争屋ウォーモンガー共め、そんなに殺し合いが楽しかったのか?」


楽しかったかどうかは知らない。ただ、人を殺せば殺すほど出世し、給料が上がっていくシステムほど楽なものはないのは理解している。そして三度の大戦に苦戦しながらも勝利を確固たるものにした大帝国の軍人ともなれば尚更。今の皇帝は拡張主義の戦争好きではないようだが、帝国軍最高総司令官、つまり軍のトップが“戦争好き”の拡張主義が故。次の戦争が眼前にあるのはこの国の人間ならば嫌でも理解しよう。とは言いつつもまだ区外には敵味方問わず死体がゴロゴロ転がっている。腐敗し、ハエが集り、うじが湧き。動物たちの食糧あるいは我々の地獄までの道標か。そんな環境で戦争をするなどただの阿呆だ。理解しているだろうか。帝国が戦争に勝ち続けられる確証がどこにもないのが。


そんなことを悶々と考えていると玄関の扉が強く叩かれる音がした。来客だ。


「誰だ?」


正直今来客の対応をする気にならない。そんな思いを抱えながらフィルは重い足を引きずって階段を降りる。


「ねえフィル、居るの?」


「居る。今開けるから待ってて」


声からしてミハエルだろう。近くの家の孤児院を営んでいるミイハの一人娘。天涯孤独の子供が多い孤児院で育ちながら母親がいるとはなんという皮肉だろうか。


「早くして。今日は軍人さんが来てるの!待たせたら怒られるのはアタシなんだから!」


なぜ軍人が?口減しのためか?それとも奴隷用にか?いや、奴隷制度は廃止されたはず…。


「ねえ、まだ?」


「今開ける、今開けるから」


家のまえでキャンキャン騒がれたらたまらない。犬じゃあるまいしおとなしく待ないのだろうか。


「あ、やっと出てきた!おはよう、フィル!」


「おはようさん。朝っぱらから元気だな」


「ム!朝じゃないよ!もう10時だもん!」


「まだモーニングの時間では?」


「もう、そういうの良いから!早く、早く!」


「はあ……」


まあ、元気なのは年頃の少女として良いことだ。しかしどうも波長が合わない。…馬は会うのに、だ。大方、男勝りでやんちゃで、はつらつとしているミハエルと、何をするにも消極的な俺とでは根本的に違うんだろう。まあ、大した問題じゃないけれど。


「ちょっと、フィル!早く!置いてくよ!」


「分かった、分かったからちょっと待って!」


前言撤回。問題有り!俺の体力がついていかない……


「もー、フィルは“ナンチャク”なんだから!」


「なんだ、ミハエル。難しい言葉を知っているんだな」


「もう、ばかにしないでよね!アタシだってそのぐらい知ってるんだから!」


「そうか…。ところで、“ナンチャク”じゃなくて”ナンジャク”なのは知ってる?」


「え」


「はは、まだまだ子供だな」


「…フィル!ミハエル!早くしなさい!」


「げ、はーいママ!今いくよー!……ほらフィル、早く!」



ミハエルの母親であるミイハが声をあげてフィルとミハエルを呼ぶ。顔が少し青く、何かに怯えているような表情をしている。まあ仕方のないことかもしれない。今や帝国軍人に対し良い思いを抱く臣民はいないと言っても過言ではない。前皇帝陛下が崩御されて、今まで抑えれていた暴徒の一面が全面に出てきたのだろう。


「おはようフィル。よく眠れた?」


「…はい。でも」


「おいまだか?!」


室内から聞きなれない男の野太い声。ミイハの怯えようはこの軍人らが原因のようだ。そんなに声を荒げなくともこの距離だから聞こえるはずなのに。


「お、なんだぁ?キレーな顔してるじゃねぇか。そっちのガキよかよっぽどいいわ!」


ぎゃははは!とミハエルを指差し、品のない笑い声をあげている連中は本当に軍人なのか。軍人らしさはかけらも無い。非合法の奴隷商人や山賊といった肩書きの方が似合う気がしてならない。腹立たしい気持ちを内に抱えながらフィルは会釈だけする。チラリとミハエルの方を横目で見ると真っ赤になってプルプルと震えている。握った掌からは血が滲んでいないか?落ち着け、落ち着けよ。


「おお!!このガキよりは礼儀ってもんがあるじゃねぇか!おいお前、名前は?」


「……フィルと申します」


「ほぉー?もったいねぇなぁ!魔導適性があったらお前も軍人になるんだからなぁ!男娼にでもなった方が稼げそうじゃなか?なぁ、お前ら!」


「大佐の言うとおりっすねぇ!」


ああ、上官がこれなら部下もこれか、と落胆た気持ちで軍人の皮を被ったクズを見上げる。無駄に体格だけ良く、良いものを食べているということが伝わってくる。こんなのが大佐なのか……。お前らが無駄遣いする砲弾やら弾薬やらを上納品として巻き上げた俺たちの金で賄っていることを知っているからそこ腹がたつ。


「あの、軍人様、そろそろ…」


「ああ、そうだったな。よし、フィルと言ったか?中に入れ。これから魔導適性検査をする。なぁに簡単さ、ちょっとした器具をつけてるだけでいい。分かったか?」


「…はい」




_____




「これより魔導適性検査を開始する!前のものから順番に出てきてこの器具をつけろ!」


声高らかに言う軍人。と、その前で萎縮しきっている孤児院の子供達。まあ無理も無いか。知らない人間、まして悪印象しかない軍人がよく分からない機械を持って、これを体につけろと言っているのだから。恐怖を覚えない子供はいないだろう。




___




「次!」


「はぁい」


呼ばれて出てきたのはミハエル。これまで魔導適性があった人間は0人。聞いた話によると100人中1人いたら良い方らしい。その点、帝国は領土が広く、100人に1人だったとしても問題は無いわけだ。……帝国が三度も戦争に勝てている理由はこれか。人材の豊富さ。魔導戦闘員や錬金術師が世界的に見ても群を抜いて数多く存在している。帝国の臣民は10歳になると魔導適性検査を受ける。そこで基準値を少しでも上回っている子供がいたら否応なしに育成学校への入学を強制させられる。クソッタレの拡張主義め、未来ある子供の未来は軍隊での出世という意味じゃないぞ?


「最後!」


おっと、どうやら俺で最後らしい。ミハエルに魔導適性が無くって良かったよ…。なんだかんだ言って俺の妹のような存在だし、将来的に戦地送りになる育成学校へ行く羽目にならなくて一安心だ。しかし俺はどうだ?ああ頼むから。頼むから魔導適性なんてクソなものは有りませんように。人材が枯渇して戦争なんかできなくなって仕舞えばいい!


「おい、早くしろ!さっさとしないと男娼館に売っぱらっちまうからな!」


……勘弁してくれ。魔導適性があるのもだが。なんにせよ、全部勘弁してくれ!


「ヨォーシ、良い子だ。いいか、これを頭に被って、これを首につけろ。…そうだ、あとはこれを握って。いいか、動くんじゃねぇぞ」


反抗して機嫌を損ね、腰にぶら下がっている拳銃やサーベルで殺されてはたまらない。そうだ、不可抗力だ。どんなに侮辱されようとも、どんなに猫撫で声に腹が立とうとも、死んでしまっては意味がない。俺はいずれこの蛆虫どもが蔓延る帝国を出てどこか安全な田舎で穏やかに暮らすのが夢なんだから。


「……おいこれ、」


「ああ……」


なんだ?ボソボソと器具を覗き込んで話し始めた軍人が気になる。まさか魔導適性があったなんて言うなよ?おい、目を輝かせ始めるな!確定演出か?そうなのか⁈


「珍しいなぁ、この歳でこの魔力量か!」


ああクソッタレ!最悪が的中しやがったよ!さらば俺の穏やかな人生、ようこそ俺の泥水を啜る人生!くそ、くそ、くそ!何が一番嫌かって?あの悪名高い帝国軍人になるのが嫌なんだよ!これが共和国や別の帝国、タッカン帝国なら祖国のためにと喜んで戦地に行くために育成学校に足を運んだだろうが…。


「しっかしこの魔力量じゃ、技者の可能性も捨てきれないな」


「ああ、あの?…しかし大佐、あの近衛師団の団長ですら技者ではないのですよ?こんなガキが…」


「…お前、団長の魔導適性の詳細書類を見たことはあるか?」


「は?はい、いいえ。そんな個人的な情報をいち少尉が見れるわけないじゃないですか。医者が他人にカルテを見せないのと同じですよ」


軍人様どもは俺の心情なんざ気にせず盛り上がっている。技者。聞いたことがある。よくは知らないが、前線にて重宝される戦争の女神に愛された者だとかなんとか…。冗談じゃないぞ?前線送りが確定しているとか、どんな地獄だ!頼むから嘘であってくれ…!


「まあなんだ、縁あって見させてもらったんだが、ありゃ凄まじい魔力量だった。あの歳で近衛師団とかいうエリートのトップをやっている理由がわかったぜ。んで、このガキはその団長様より、何倍も、何十倍もだ」


「は、はあ。え、いや、何十倍も⁈歴代最多の魔量だと言われているのに?」


「うーん、まぁ。俺たちみたいな一般軍人はこの数字だけ見りゃお、多いなって感想を抱くぐらいだからなぁ。自分の知っている物事だけで世界を語るなってことか。……とりあえず人事局に報告だけ飛ばせ」


「りょ、了解しました!」


うん。最悪極まる。人事局?ああくそ。クソ軍人のくせして仕事はするんだな。せめて典型的なサボり散らかすただの給料泥棒だったら良かったものを……。


「良かったなフィル。男娼館行きは免れたぞ」


「軍人になることが確定したと言う点ではまだ男娼に堕ちた方が良かったですよ…」


あ、しまった。つい、こいつが当たり前のように俺の名前を呼ぶから心情を吐露としてしまった…。ああくそ、軍人になって戦場で死ぬよりも前に、男娼になって客になぶり殺されるよりも前に、今ここで、こいつに殺される。


「は、はは!違いねぇ。自分の数奇な運命を恨むんだな」


「は?」


は?こいつは軍人だろう?身の丈に合わず不敬罪だなんだ言って切り掛かってこないのか?


「おお、俺に殺されないのが不思議か?いや何、ガキが身の内を喋ったところであいつらとはちげぇもんで、別になんともおもわねぇよ。ああ、また可哀想なやつが1人増えたな、ぐらいにしか」


「は、はあ」


「ま、育成学校に行ったらそういう身の内のうっかり出ちまったぜ、みたいなのは無いようにな。サーベルでの打首か、銃殺刑だからな」


「…心中にしっかり書き留めておきます」


「そうするこったな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜の眼見据える帝国 狐うどん @kituneudon_en

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ