2-2 好きって言われたから好きって言ったの?
「嫌いじゃないけど、こうやってじっくり話したのは今日が初めてだし…」
「私のこと好き?」
逆になんだか怖くなってきた。でもこんなチャンスはない。恋人をつくった経験がない由記にとってこれは絶好の機会だ。
「あ、うん。好きだよ」
「よかったー。じゃあ、今日から恋人どうしだね」
(はやっ!)
ぼう然としていると、渚が戻ってきた。
「渚ちゃん。私たち恋人になったよー」
渚は「ホゲエエエ」と言って失神し、すぐに気をとりもどした。
「えー? どういうこと? 早すぎ! なんかすごい展開で私ついてけない」
「あのねー、好きって言ったら、好きって言ってくれたの。だから私たちもう恋人どうしなんだー」
「そうなの? 由記くん」
渚は『アホくさ』と言わんばかりの顔で由記を見た。
「そう…だね、ああそうだよ、たぶん…あはっ、あはは」
「そりゃようござんした。しかしまあ、私がトイレに行っている間に恋人になったということは、私のおかげってことかな? 加えて由記くんが大富豪であることをふまえ」
しまった、という感じで渚は口に手をあてた。
「うふふ。渚ちゃんが言わなくても、私は知ってるよ。由記くんって宝くじに当たったんでしょー?」
由記はあさってのほうを見てごまかした。
「いやーどうかなー…」
「うふっ。隠さなくても知ってるから。あ、でもね、私は由記くんが宝くじに当たる前から、ずっと好きだったんだー」
(なんか棒読みだ…)
………
「じゃーねー」
改札に入る香織を見送ると、由記と渚は同時にため息をついた。
「なんかちょっと疲れたよあたしは」
「俺もちょっと…」
「なんだいなんだい。由記くんはカオリンの恋人になったんだよ? 携帯電話の番号もメールアドレスも交換したし」
「うん…」
「まあでも、気持ちはわかるから、なにも言わなくていいよ」
「ありがとう」
二人は自宅からの最寄り駅が同じ。ホームで電車を待っている間、渚は話を続けた。
「でもさあ、お姉ちゃんにどう説明する? 殺されない? 由記くんの死体は見たくないよ私」
「お姉ちゃんは理解力があるから、がんばって説得する。って姉のなにを知ってんの」
「別に」
「ああでも、正直、自信ない…。やっぱり殺されるかも」
「そういえば、私も由記くんもお姉さんも同じ駅で、マンションはそんなに離れてないよね。ちょっとお姉ちゃんに会って話つけるところを見張ってていい?」
「おもしろがってるだろ」
「うん。いいじゃん別に」
由記は可憐の反応を想像して恐ろしくなった。
可憐は怒らない。怒鳴ったり、わめいたりするタイプじゃない。怒るかわりに悲しい顔をするタイプ。
「なんか緊張してきた。ちょっと吐きそう…」
「え。そんなに?」
「悪いけど一緒にきてくれない?」
渚は「もちろん」と言った。
………
渚を連れても怒らないどころか、可憐は丁重にもてなしてイスに座らせた。渚は
「いや〜どうもありがとうございます〜」
と無邪気におじぎをして座った。
(緊張で吐きそう)
由記は修羅場を想像して言葉を整理できない。可憐は由記と渚にキンキンに冷えた麦茶を出した。
「それで、話ってなに?」
と可憐に言われるが、思考がまとまらず、麦茶を飲んでしばらく黙った。
「あー…よかったら私から説明しますが」
と渚は助け舟をだした。由記はこくこくとうなずいた。
「えー実は、同級生に香織ちゃんという女の子がいるんですが、今日から由記くんは彼女の恋人になりました」
(おいおい、そんなはっきり言わなくても)
渚の横顔を見る。なにも考えてなさそう。他人事だからって調子こいてやがる。
可憐はしばらく黙り、麦茶を一気に飲むと
「そうなの。わかったわ」
と笑った。顔は笑っているが、表情は笑ってない。
「そうだ。今日は由記くんと約束があったから、申し訳ないけど、渚さんはもうはずしてくれないかしら」
渚は警察官のように手を額にあてて
「わ、わかりました! 帰ります!」
と言い、鞄をもってそそくさと立ちあがった。廊下に出て
「おじゃましました〜! それでは!」
と言うと、可憐はなにも言わずにおじぎをした。
………
渚が帰ったあとの部屋は異様に静かで、二人の息づかいが普段よりはっきり聞こえた。
「僕は決してお姉ちゃんを嫌いになったわけじゃない。つまり、僕だって恋人をつくっていい年なわけで、いやむしろそれが自然というか」
「私はあなたの姉。なに勘違いしてるの?」
可憐は座っている由記の後ろに立ち、首もとから両腕を垂らして、由記の頭に自分の頬をおいた。
「だって怒ってるから」
「香織さんって人、どういう人なの?」
カオリンこと香織は信じられないくらいの不思議ちゃん。二人を待たせているのに自分の買い物を優先する性格の持ち主。
「不思議な感じのする女の子で、遅刻してもまったく気にしてない感じだった。突然好きって言われたし、とろいのかすばやいのか、よくわからない」
「かわいいの?」
香織はかわいい女の子だった。身長は低く、髪はツインテールにして結んでいる。化粧は同世代の女子たちより濃い気もするが、色白でシミ一つない。笑顔がかわいく、アイドルになれそう。
「うん」
「香織さんって子のこと、あなたはずっと好きだったの?」
「同級生だけど、話したことはほとんどなくて」
「なら、どうして好きって言ったの?」
(好きですなんて言われたら、よっしゃあああってなって、こっちも好きだあってなるじゃんか!)
「それは…」
「好きって言われたから好きって言ったの?」
「だってこんなチャンスないし! 好きって言われたことないし!」
「あなたの好きはいっときの感情から出たもの。承認欲求が満たされた一瞬の喜び」
「僕たちはもう恋人になったんだ! お姉ちゃんには関係ない」
「ねえ」
可憐は顔を下げて、自分の頬を弟の頬にあてた。
「高校生のころ、こうされると落ちつくって言ったよね。今はどうなの?」
「…」
「ねえ」
可憐の唇が頬に近づく。
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