2-1 恋人になったらだめなの?私のこと嫌い?
可憐は由記の小指を口にふくみ、歯を立てないように爪をなめた。
この習慣は二人が小さい頃から続いている。
内気で友だちの少ない可憐は、いつも不安ととなりあわせで生きてきた。一番の解消法は由記のどこかを口にすることだった。
「くすぐったい」
と言うと、可憐は少し笑い、前髪をかきあげた。
第一関節まで口にすると、可憐は由記の手を自分のほうに寄せて、少し夢中になってなめた。
(本当に不安なんだろうな)
可憐の言うとおりだ。
宝くじに当たった以上、近づいてくる人には気をつけないと。
(そうだ! 金庫でも買っとくか)
………
一週間後。
改札の前、渚と由記は遅刻する香織を待ってイライラしていた。
「にしてもズボラな渚が遅刻しないなんて驚き」
「え〜こう見えてそういうのはキッチンとしてるの。カオリンはおっとりしてるから遅刻するとは思ってたが、まさか三十分とは」
渚は受信ボックスを見るが、メールは届いてない。
「あーもう、連絡くらいしろっての」
香織は二人の同級生で、お嬢様のような雰囲気をもっている。話したことはほとんどなく、顔を見る機会もあまりなかった。
「渚って男友だちしかいないと思ってた」
「あ? それってどういう意味?」
「女の子とも遊ぶんだな」
「当たり前でしょ。カオリンともたまに遊んだよ。休日はこれが初めてだけど」
そのとき香織の声が聞こえた。
「お待たせ〜」
二人はふりかえった。香織は改札と反対のほうから歩いてきた。
「カオリンなんでそっちから? 電車に乗ってたんじゃないの?」
渚の声は少し疲れていた。
「うん。乗ってない。ちょっと買いたいものがあって、ぬいぐるみを見てた」
「は…はあああああ?」
渚はひっくり返り、その場で三秒ほど気絶した。が、すぐに気をとりもどして立ちあがる。
「あ、あんた相当の器してるわね。うちら三十分も待ったんだが」
「あ、でもぬいぐるみは買えたよ〜うふふ」
由記はぐったりする渚の肩に手をおいた。
「とりあえず映画館に行こう」
「ちょっとめまいが…」
「だいじょうぶか?」
「まあ…映画を見ればなおるっしょ…」
香織は二人にかまわず一人で歩きだしている。渚はため息をついて追いかけた。
………
大学の最寄り駅から三つ離れたこのターミナル駅は街の中心で、周りに映画館やらゲームセンターやら娯楽施設がたくさんある。三人は最新の恋愛映画を見るために集まったが、由記は恋愛よりサスペンスが見たかった。
(まあ、二人は恋愛ものを見たいというし、俺も女の子二人と遊べるんだから文句はなし…)
「ねえカオリン、どうして急に由記くんを誘うって言ったの?」
「えー?」
「あんたまさか、由記くんのこと」
由記は慌てた。
「おいバカ! どうしてお前はいつも空気を読まないで…」
香織はふふっと笑い、
「どうかな〜」
と言い、
「どうしてかな〜?」
と意味深に続けた。由記は恥ずかしくなった。渚は呆れた顔で二人を見ていた。
映画館に入ると、三人は渚と香織の間に由記が入るように座った。映画が始まると、ポップコーンの箱をもった香織は、左手の人さし指をそっと動かし、由記の膝をちょんちょんとつっついた。
由記が隣を向くと、香織はなにも言わずに正面を向いている。
(なんだろう)
と思って、またスクリーンのほうを見る。しばらくするとまた人さし指でつっついてきた。香織を見ると今度は由記をじっと見て、くすっと笑った。
(そこまでじっと見られても…。映画が頭に入ってこないよ)
………
映画が終わるとやっぱり渚は寝ていた。
(この人いつも寝るな)
「おーい、渚。もう終わったぞー」
肩を揺さぶると急に目を開き、由記の手をさっとつかんだ。
「うわっ!」
「寝てましぇーん」
「なんだよ。この前も寝たふりで今日も寝たふりで」
「とりあえずなんか食べにいきますか? カオリンはどこがいい?」
「うーん。パフェが食べたい」
渚は人さし指を上に立てて
「この七階にエンジェル・パティスリーって店があったよ。そこならパフェもあるんじゃない?」
と提案した。香織はすぐにうなずいた。
「うん。そこでいい。パフェ早く食べたい」
「よし決定だー」
由記はあたふたした。
「あの、夕食は?」
「まあまあ由記くん。カオリンは初デートだよ? ステーキがっついてるところを由記くんに見られたくないんじゃないかな? 私だったら寿司とか行くけど、カオリンに普通の飯は無理だね。でしょ? カオリン」
「え? なんか言った?」
渚はまた気絶して、三秒後に復活した。
「ああこの子、末恐ろしいわ!」
………
パフェを食べ終わると、渚は恥じらいもなく
「お腹こわした。ちょっくらトイレ行くわ」
と言って店の外に出た。待っている間、由記は香織にじっと見られた。
「僕の顔になにかついてる?」
「ううん。ついてない」
「それじゃ、どうしたの?」
「由記くんって彼女いるの?」
二つの意味でグサッときた。いないし、いたこともない。まずこれが一つ目。香織からそう聞かれるということは、つまりそういうことかもしれないというのが二つ目。
「いや、いないけど…」
「私の恋人になって」
突然の告白にびっくりして、現実感がなかった。
『恋人になって』
その言葉がずっと反芻した。
『恋人になって、恋人になって、恋人になって…』
ずっと言われたかった言葉がついに!
(よっしゃあああ!)
「だめ?」
香織は首をかしげた。
「あ、あ、あの…急だね」
「恋人になったらだめなの? 私のこと嫌い?」
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