第34話

「だって……楽しいって言ってたじゃない。夢だって、語ってくれた……なのに」

 どうしてと問いかけても、お姉さんの言葉は玲奈さんには届かない。そして、混乱しているのは、周りの人達も同じようだった。

「あんた……何言ってんの? あんたの方から売り込んできたんじゃない!」

「そうよ! それで、あっという間に燈和ひよりさんの右腕になって……頭おかしくなっちゃったの!?」

 「おかしくなった……そうかもね」

 周囲の人達に詰め寄られ、玲奈さんは自嘲の笑みをこぼした。

 酷く疲弊し、淀んだ目をして。

 お姉さんとは対照的なその姿に、ぼくは思わず息を呑んだ。

 もしかして、彼女は追い詰められていたんだろうか。だから、お姉さんを……。

 きつい物言いをされ、怖かった時の記憶が蘇る。

 そして、その予想は的中してしまった。


「毎日毎日、きつく当たられて……もう疲れちゃった」


 それは、お姉さんにとって何よりも聞きたくなかったものだったのかもしれない。

 ふらつき、倒れそうになったところを、コユキに支えられる。

「わた、し……」

 お姉さんは信じられない様子で、うわ言のように呟く。

 お姉さんの目は、すっかり輝きを失っていた。蒼白な頬を、涙が伝う。

「わたし……貴女の事を傷つけていたの……? 貴女の心を、壊した……?」

 問いかけても、玲奈さんはこちらを見ない。ただ、疲れ切った笑みを浮かべるだけだった。

 その事実が、お姉さんの心を砕いたようだ。

 胸元を掴み、その場に縮こまってしまう。

「わたし……っ。少しは、変われたと思ってたのに……!」

 その悲痛な叫びは、自分を責めているかのようだった。

「結局、誰かを傷つけて……っ! もう、こんなわたしは嫌……っ!!」

 誰かを、傷つける。

 その言葉に、ぼくは唇を噛んだ。

 確かにぼくは、お姉さんが怖かった。

 きつい口調は不機嫌そうで、怒られていると勘違いしてしまった。

(でも……)

 それは間違いだった。

 本当のお姉さんは、優しい人だ。ただ、不器用なだけで。

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