第8話 逃亡テロリスト傷害事件-外伝04
オリンピック記念塔の上から見られている事など知るよしも無く、美大生は軍人
「来な、ぶっ潰してやるよ」
そう言った彼女の目から、一切の感情が消える。
元軍人の勘で、ピンモヒと
ただのテロリストではない。だから、ここまで生き残ってきたと言う自負もある。しかし自分よりも年下であろう女を相手に、そう我慢し続けられるものではない。
「どうした? ぶっ殺すのでは無かったのか?」
全く感情を込める事無く、リクルートスーツ姿の美大生が言う。
そんな彼女のセリフと、相手の
「ひとつ教えてやろう。お前が手にしている日本刀はな」
「ただ振り回しても武器として意味が無い。ここは合戦の場では無いのだから。先ほど、ただの高校生に叩き落とされたようにな」
「うるぜい! この……」
「怒りに任せて、また振り回すのみか? せめてマトモに構えてみせろ。こんな風にな」
そう言いつつ、彼女は日本刀の正しい構え方をエアで見せつける。
「黙りやがりぇ!」
悔しさを
「そうだ。そして、ここを
恐ろしい事を何の感情の変化も無く告げて、
「ここだ。どうした? まだ動けんのか?」
感情が込められていない分、
「くだぶぁれぇ!」
聞き取りにくい絶叫を上げて、ピンモヒが彼女の白く美しい
全く避ける事無く、自称美大生は
そこに振り下ろされた長ドスの刃が、斜め上から
「う、うごがねぇ」
動かない。全力で振り下ろされた
よく見ると、一筋の切り傷は付いている。まさに皮一枚、だが一筋の血潮さえ流れ出してはいない。
「ここまで、か? 終了だな」
全く感情を
軽く頭を振る彼女の動きが振動を
「そ、それば……」
ピンモヒは目を見張る。
腕にも伝わる振動で動いた刃の下、一筋の傷口の下には赤い筋肉は無かった。西の空の残照を受けて茜に光るそれは、紛れもない
「でめぇ、ごの世界の者じゃぁ……」
軍人
「終了だ」
リクルートスーツの女性は靴を脱ぎ捨てた足を地面に踏み下ろす。地響きさえ聞こえるほどの衝撃と同時に、
「
高い金属音を響かせて、硬質な白銀の
「ば、ばがな……」
粉々に砕け散った
「投降しろ。黙秘権だけは保証してやる」
「うるずぇえぇ!」
「うるさい、か? お前がな」
使えなくなった武器を投げ捨て雄叫びをあげながら拳を振りかざす男に、彼女は再び足を地面に踏み下ろす。
地響きと共に打ち出された
「ぐぇっ……」
醜悪な
「でめぇ!」
「何をやった。そう言いたいのか? 言ったはずだがな、ぶっ潰してやる。と」
中指を立てる仕草と無表情な視線のアンバランスさに挑発され、
「
先ほどよりも
当たると言うよりも、触れると言う方が正しい一撃が、先ほどより凶悪な悲鳴を引き出した。
自分よりも背の高い男が
「ぶぁが……なぁ……」
「馬鹿は、お前だ」
男の
「お前らは素粒子生命体、自らの構成組織の間隔を広げて物体を
彼女の声に、皮肉の笑いが混じった事に気付き、ピンモヒの
「振動、衝撃。そういった
再び感情を排した声で、リクルートスーツ姿の女性は解説する。立てた親指で、後ろで気絶し倒れている高校生を指し示した。
「あの子も気付いていたさ。もう少し武術に精通していたら、地べたで気を失ってたのはお前だったろうよ」
お前は、あの高校生より弱い。言外に示された事に怒りを爆発させ、ピンモヒこと
「遅い」
立ち上がりかけた軍人
生み出された振動で声すら上げられず、白目をむいて
前のめりに突っ伏したピンモヒには目もくれず、
「ごめんね。ここまでやらせるつもりは無かったんだけど……君にはまだ、言えない事が多過ぎて」
膝を折り、そっと
「思いっきり
そう言いながら、青あざだらけの
「さっきの君の視線、ちょっと傷ついてたんだぞ。露骨に残念そうな目をしてさ」
自身、豊満な方だとは思っていない。いや、腰から下、足の付け根より上、だけが人より
いや、
それでも全体に、ボリュームの
で有ればなおの事、他人の負の視線は
「そのくせ……」
許さん! お姉さんに謝れ!
「あんな事、真顔で言う?」
再び開いた
先ほどの戦闘時とは裏腹に、限りなく優しい視線を注いで、自らの胸から離した高校生の顔を
こんな気持ちになったのは、久しぶりだ。そう感じながら彼女は、
「君は……」
そこまで口にして、彼女の目からまた、感情が抜け落ちる。
静かに高校生の頭を地面に降ろし、リクルートスーツの女性は音もなく立ち上がった。
「何か用? 今更」
感情が抜け落ちた、ではなく、今度は感情を押し殺した声が、美形の自称美大生から
いつの間に彼女らの後ろに立っていたのか判らない、倒れ伏したピンモヒの
「回収だな」
渋い低音が彼女の耳を打つ。
背を向けたまま問いかけられた男は、彼女の腰まで裂けたスカートを物色するでもなく、別な意味の好奇の視線を向けていた。
「そう。ならさっさと連れて帰って」
「今しばらく見ていたかったのだが」
「悪趣味」
相手の言いたい事を理解して、
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