第6話 逃亡テロリスト傷害事件-外伝02

 スケートパークを含むオリンピック公園には、様々なスポーツ施設が存在する。

 その中の、公園のセンターにあたる中央広場の北側に設けられた池の一隅いちぐうに、オリンピック記念塔が建てられていた。


「たぁく、んなトコに呼び出しゃあがって」

「文句言わないでください。呼び出されたのは、私も同じなんですから」


 普通は誰も登る事のできない、高さ50メートルの記念塔のテッペンで今、二人の男が愚痴ぐちを言い合っている。

 一人は5月もなかぎなのに革ジャンを着込み、もう一人は涼しげな薄物のジャケットを羽織はおっていた。

 二人は見た目の違いは有れど、その顔立ちが何処どことなく似通にかよっているような気がする。


「しっかしよぉ、ホントに来んのか? あのボウズがよ」

「そういう話ですからね、来てもらわないと困ります」

「んなジジィの話、マトモに信じんのかぁ? ガス人間8号よぉ」


 けていたカマキリの顔みたいなサングラスを外し、革ジャンの男は横に立つ涼しげな面立ちの青年に呼びかける。


「あの人物の話はともかく、富末とみすえとか言うテロリストは野放のばなしに出来ませんよ」


 あの人物ねぇ……結構けっこう、一目置いてやがんだなぁ。などと考えながら聞いていた革ジャンの男に、ガス人間8号と呼ばれた青年は、こう続けた


えさと言ってしまえば、それまでですが。琢磨たくまくんが巻き込まれ型なのはご存知でしょう……何ですか? その顔は」

「いやぁ、もう馴染なじんじまったなぁって思ってよぉ。あのボウズの事をよ」

「あぁ、なるほど。まぁ彼が、この1500番宇宙での時保琢磨ときやすたくまですからね」

「オレ様だってよぉ、なんだがよ?」

「私もそうでしょう? お互い様です、1398番宇宙の時保琢磨ときやすたくまさん」

「いつも通りのなつめ、で行こうぜ、銀八ぎんぱちぃ。こそばゆいからよぉ、ここじゃぁな」


 苦笑しながら、端正たんせい面立おもだちの青年はうなずく。

 昨年の秋、偶然から顔を会わせてしまった多元宇宙の同一人物三人の内、1500番宇宙と呼ばれるこの世界の本人は未だ高校生。

 彼を事件に巻き込んでしまった事に若干の後悔こうかいを感じつつ、他からやってきている言わば異世界からの訪問者二人。彼らは、この1500番宇宙で使用する偽名ぎめいで互いを呼び合っている。


「ではなつめさん。今しばらく待ちましょう」


 そう告げた薄物のジャケットを羽織はおる青年は、こことは異なる世界1637番宇宙の気化人類。彼もまた同じく時保琢磨ときやすたくまの名を持つ一人。

 対する皮ジャンの男は、更に複雑で神秘的な生命体だった。


「だぁなぁ……ってよぉ。来やがったぜ、マジか?」

「何です? 一体」

「来やがったんだって、あのボウズがよぉ」

「どこです? 全く見えませんよ」


 遠くまで見渡せる記念塔の上から銀八ぎんぱちと呼ばれた青年は、自分と同一人物の高校生の姿を探す。


「まだ見える距離じゃねぇがよ、どんどん近付いて来るぜぇ」

「どうして判るんです?」

「あのボウズ、あん時のタリズマンを持ってやがんだぁ、今よぉ」

「貴方を、その擬似肉体ぎじにくたいに収めているとか聞いたような気がしますが……」


 そう口にして、気化生命体はまゆをひそめた。


「それなら今、貴方はどうやって擬似肉体ぎじにくたいに精神生命体を収めているんですか?」


 もっともな質問に、なつめ名乗なのった男は皮ジャンの下に着ているTシャツから、エメラルドグリーンにきらめく宝石らしき物を取り出す。


「俺様を初めとしてよぉ、1398番宇宙じゃぁ、このタリズマンに収まって生まれて来んだぁな」

「本当に、剣と魔法の世界ですね」

「て、ほどじゃねぇがよ。本物の魔法は、んなもんじゃねぇしなぁ。んで、これの力でケイ素製 擬似肉体ぎじにくたいに収まって、年食ってぇ、くたばったらタリズマンも砂に帰るんだぁな」


 あっけらかんと笑いながら自身の種族の秘密を語る、異世界の同一人物にあきれながら、ガス人間8号と呼ばれる青年は疑問を返した。


「では、あの秋の……ニセ総理事件の時の、今は琢磨たくまくんが持っていると言うのは?」

「ありゃじいさんのだぁな。まれによ、虎は死して皮を残すっぅの地でやるやつてよぉ。死んだ後もタリズマンが残る場合が有んだな」

「それを、あの時に?」

「ちょいと無理めの件だったからよぉ、じいさんのを借りてったんだな。まぁ死んでも残すって事ぁ何かの力を持ってるって、他のタリズマンたぁ違うってな」


 多元宇宙を渡って追い続けた犯人の反撃で、一時は擬似肉体ぎじにくたいさえ失う羽目はめになった。それでも一発逆転で捕らえる事に成功した昨秋の事件を思い出し、なつめ名乗なのる革ジャンの男は口角を上げる。


「確かに。我々に出会い、助力を得た訳ですから幸運をもたらしたと言えるでしょうね」

「よく言うぜぇ銀八ぎんぱちぃ、おめぇガスってボウズの肺腑はいふに隠れてたくせによぉ」

ひどい言われようですね、ちゃんとスーツを用意したでしょうに」

「まぁ、アレにゃ感謝してっけどよぉ」


 相手の若干照れたような物言いに、銀八ぎんぱちともガス人間8号とも呼ばれる青年は、端正たんせい面立おもだちに涼やかな笑顔を浮かべた。

 この半年余りで互いの事は、よく判るようになって来ている。

 どちらかと言えば品の無いガラッパチで自分と同一人物とは思えそうに無いが、この1398番宇宙の時保琢磨ときやすたくまが実は人情味 あふれる男である事も彼は知っていた。


「で、だぁな。その、じいさんのタリズマンならオラァ感知できるんだぁな。だからよぉ、ボウズが近付いて来てんのも判んのよ」

「いやいや、まさに剣と魔法の世界ですよ」


 肩をすくめながら言う銀八ぎんぱちに、皮ジャンの男も同じように肩をすくめる。


「とりあえず私には、そんな真似まねは出来ませんから。これを使いますよ」


 言いつつジャケットの内ポケットから、スマートフォンらしき物を取り出し操作する。と、そこに記念塔から見えるスポーツ施設の画像が次々に浮かび上がった。


「この辺り一帯の防犯カメラを占拠せんきょしました。これで何か有っても、琢磨たくまくんの顔がさらされる事は無いですね」

「ボウズにゃ甘ぇなぁ、阪本銀八さかもとぎんぱちさんよぉ。しっかし便利な代物しろものだぜぇ、オメェのスマホはよぉ」

「どちらが甘いんでしょうかね? 棗武志なつめたけしさん。確かに、このマルチプルコミュニケーターは便利ですよ、ここ1500宇宙では完全にオーパーツですが」

「もろ宇宙Da作戦みてぇじゃねぇかよ。まぁ、ありゃここのドラマだけどよぉ」

「スタァートラップですか? 私の世界ではまだ、あんな風に星々をめぐる船は有りませんよ。せいぜい月にコロニーを作ろうぐらいです」


 自分の所では月は拝むものだ、そう言って棗武志なつめたけしは相手の、スマホそっくりのコミュニケーターなる機器をのぞき込む。


「何だぁ? こいつぁ」


 そこにスポーツ施設の一つ、改修中のスケートパークを取り囲む金網の支柱に棒状の物を立てかける長身の男が映っていた。


「茶髪のロン毛、バイトの清掃員でしょうか? 売店の方に行くようですが」

「どうでもイイぜぇ、それよかボウズだ。こっから見えてる硬式野球場まで来てんぜぇ」


 楽しそうに笑う革ジャンの男を尻目に、阪本銀八さかもとぎんぱちは1500番宇宙の同一人物である高校生の姿を追う。


「そのルートなら……目的地はスケートパークか」

「おぉ、当たりじゃねぇかよ」


 なつめの言葉通り、ここでの自分達の同一人物である高校生、時康琢磨ときやすたくまが学生服のまま歩いているのが画面に映し出された。


「しかもよぉ! 女連れたぁな……成長しやがったなぁボウズよぉ」

「何を感慨かんがいひたっているんです? しかし、この女性どこかで」

「何でぃ、この牛乳瓶の底みてぇな眼鏡めがねは」


 そして二人して、あっと声を上げる。


分岐ぶんきして駄目になってしまったかと思いましたが」

「そっかぁ。天はボウズを見放さなかったってぇ事だなぁ」


 二人は琢磨たくまと共に歩く女性が、再開の場所となった寺のカフェに勤めていた女子大生であろう事に気付いていた。


「にしても、写り悪ぃな。せめて声は出えねぇのかよぉ、銀八ぎんぱちぃ」

「無理言わないでください、監視カメラの映像なんですから。まして音までは」

「くぅ~。つまんねぇ」

「なんですか、それは。あぁ、二人して売店の方へ、あっ!」


 金網から離れ、歩き出した二人の向こうで、支柱に立てかけられていた棒状の物が浮き上がるのを目にし、ガス人間8号は思わず叫ぶ。


「ピンモヒだぜぇ!」

富末とみすえ……もしや先ほどの清掃員が」


 金網を透過とうかして出てきたモヒカン頭に、二人とも見覚えが有った。

 長身のその男が手にした棒状の物が、白鞘しらざやの日本刀である事は、すぐに判る。


「やべぇ、逃げろボウズ!」


 振り下ろされる凶刃きょうじんなつめは叫ぶ。同時に画面の中では、リクルートスーツの女性が高校生の琢磨たくまかばって日本刀の一撃を、その身に受けていた。


「これでは……いや、無事のようですね」

「ピンモヒ、ど素人しろうとかよ? それともナマクラ過ぎんのかぁ? 奴の長ドスがよぉ」


 後ろに飛び退くリクルートスーツの女子大生の姿に安堵あんどしつつ、二人は互いを見てうなずく。


「こうしちゃられねぇ」

「ええ、急ぎましょう」


 言葉を発した瞬間、銀八ぎんぱちのコミュニケーターがスマホのごとくく鳴った。


「誰が、今」


 画面の映像を切って出た電話の向こうの人物は、こう切り出した。


「今、動く必要は無い」

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