第2話 逃亡テロリスト傷害事件-本伝02

 ああ言ったけど……俺は翌日も学校に登校した。


「学生の本分ってヤツだよね」


 教室に向かって歩きつつ、そんな科白せりふが口をついて出る。何か独り言が増えた気がする。

 やっぱこわい。ストレス感じてるんだな。

 思わずシャツの上から、お守りをにぎしめめる。お守り、タリズマン。


 そう、去年の秋のニセ総理事件で、オッサンが残していった青くきらめく宝石。返すアテも無いまま俺があずかってた。

 確か、これの力でオッサンの擬似ぎじ 肉体に精神生命体がおさまるって聞いた気がする。


「あれ?」


 声が出てしまった。だったら、俺がこれ持ってるのにオッサンどうやって?

 そんな事を考えながら歩いてる内に、教室のドアまで来てた。


「ドアを開けたら、いきなり……なんて事は無いよな」


 そう言いながら、教室に入った途端とたん、いきなり俺は胸ぐらをつかまれる。


時保ときやす! お前ってヤツは!」

「何だよ! いきなり!」


 ピンモヒじゃなかった。ちょいビビったけどさいわい、これは我が友。けど何なんだ?


ナンでお前だけ……」


 なぜに涙目?


「スケコマぃ、やめなよぉ。トッキー戸惑とまどってるしぃ」


 俺の胸ぐらをつかんだまま、今にも泣き出しそうな駒下こましたに、もう一人の我が友が、そう声をかける。


「けどよ、ヲタひら……けどよぉ!」


 あぁ、もう泣き出したよ。何なんだ、これ。


「ヲタひら、説明してくれよ」


 胸ぐらつかまれたまま、俺は平坂登ひらさかのぼる、通称ヲタひら懇願こんがんする。


「トッキーさぁ、昨日、裏門から帰ったでしょぉ」


 あぁ、確かに。そうだった、で、それが?


「僕らさぁ、正門から帰ったんだけどねぇ、そこに居たんだよぉ」


 だから何が? まさか……ピンモヒ?


「うーちゃんの美女がぁ」

「はぁ? うーちゃん?」


 誰?それ。


馬鞍雅巳うまくらまさみちゃん、だよぉ」


 だから、誰?


「声優さぁん」

「悪ぃ、ヲタひら。俺そっち方面、壊滅的かいめつてき

「ダァメだねぇ、トッキーはぁ」

「で、その声優さんの美女が何?」


 そう言った途端とたん、スケコマの両手に力がこもる。

 

「お前を探して待ってらしたんだよ! その美女様が!」


 えぇ! んな馬鹿な!


「どこで知り合ったんだよ! どうやって! 時保ときやす、言え! 白状しろ!」


 もう完全に我を忘れて教室で怒鳴りまくってる。もっとも他の連中も白い視線が多い。中には氷点下の眼差まなざしまで有るくらいだ。


「ホントかよ……」


 美女が俺を待ってた? 有り得ん、としか言いようが無い。


「身に覚えないのぉ? トッキー」

「うん、全く」


 あっけらかんと答える俺の胸ぐらつかんだまま、駒下こましたは泣きながらブンブン俺をさぶり、塩辛い液体をらす。


「とにかく手を離してくれよ、スケコマ

「そうだよぉ、何かの間違いかも知れないしねぇ。トッキーじゃぁねぇ」

「ヲ~タ~ひ~ら~」


 流石さすが平坂ひらさかの毒のある視線に、俺も反応してしまった。こいつのお公家体質くげたいしつは筋金入りだね。


「今日もいらっしゃるかも、だ。時保ときやす、今日は逃がさんからな!」


 いや、昨日も逃げてないって。


「放課後になれば判るよぉ、ねぇ」


 再び毒てんこ盛りの視線を送って、ヲタひらが笑う。

 その時、1時間目のチャイムが鳴って、俺達は自分の席に。

 確かに放課後になれば判るかも。けど、それだけじゃない。考えなきゃならない事は山積みだ。

 ピンモヒの事、それから昨夜聞いたアレ。はくじゃでんせつ、って何なんだ?





 そして……昼休み、あの二人が俺の机にやって来て弁当を広げ始める。

我ら3人、昼休みは弁当と決めてる。学食なんかは各休み時間に、だよ。


せまいんだって」

「いつもの事でしょぉ」

「そうそう。ケチケチすんなよ、時保ときやす。場所開けろって」

「はいはい」


 いつもの風景だけど、今日は独りじゃない事が、何だかうれしい。


「なぁ」

「また時保ときやすのイキナリか?」


 まぁ、そのとおりなんだけどね。


「今度は、何かなぁ?」

「はくじゃでんせつ、ってさ」


 そう言った途端とたん、ヲタひらが目を輝かせてノってきた。


「なになにぃ、トッキーがぁ白邪電切はくじゃでんせつぅ?」

「んな、くだらねぇ物、読むなよ」


 あれ?二人とも知ってる口ぶり。知らないの俺だけ?


「え~くだらなく無いよぉ」


 スケコマの冷たい反応に、ヲタひらが口をへの字に曲げた。読むって事は?


「アメリカ人が日本のラノベ真似まねて書いたって、異世界転生のパロディじゃん。くだらねぇよ」

真似まねてるけど、パロディじゃないよぉ。その白き人、邪悪なる者を電光石火でんこうせっかの速度で切る。最高だよぉ」


 そう言いながらヲタ平は、ペンで字を書いていく。俺のノートなんだけどね、後で消せよ、おい。


白邪電切はくじゃでんせつ、それな」


 はぁ、それで白邪電切はくじゃでんせつね。ラノベだったのか。しかし二人の感想の違い、真逆だよね。


「アキバに来てたアメリカ人が事故で死んじゃってぇ、神様に異世界に転生させてもらってぇ……」


 その時点でアリキタリだね、確かに。


「アキバで買ったソーラー電卓ひとつ持たされて、魔法世界でチーレム。最悪じゃね?」

「電卓の関数と数字でぇ、様々な魔法を無限に生み出すんだよぉ。最高じゃん」

「そのアイデアはいさ、けど完全に白人至上主義だろ、ラノベにリメンバーパールハーバーとか入れるか?」


 うぇ。そう言うのはヘイト物って言うんじゃ無かったっけ? 好き嫌いがハッキリ分かれる類だね。


「しかも、だ。主人公が異常に性格が良くて感情移入しづらい上に、ハーレム状態で誰とも等距離とうきょりで全員と仲良くしたいだと。反吐へどが出ちゃうぜ」


 う~ん。スケコマの性格なら、そうなるか。しかし性格の良い主人公でヘイト小説なラノベ? 破綻はたんしてないか、それ。


「それが良いんだよぉ。全ての女の子から告白されてぇ、全員好きだから選べなぁい。って最高じゃん」

「俺にゃ考えられんわ、そんな気色悪いの。時保ときやす、お前もだろ?」


 いや、俺に振るなよ。でも確かに同意見だけどね。


「まぁ普通、一番好きな子ってできるよな。ライバルは出るかも知れないけど」

「だろ? それが当然なんだよ。告ってくれる女の子が十二人もて、そっから一人も選べないなんて変なんだよ」


 俺の答えに、駒下こましたは喜んで何度もうなずく。しかし十二人? それは俺でも腹立つよ。


「トッキーも読んでみなよぉ、白邪電切はくじゃでんせつぅ。絶対ハマるからぁ」

「いや、いい。十分だ、今の話で」


 すがるヲタひらに、俺は軽く肩をすくめながら、そう言ったんだ。


「それが普通だって。あんなくだらねぇ物、読む必要ないって」

「二人ともぉ、非道ひどいよぉ」


 そんな会話で俺達の昼飯は終わった。

 いつもなら長い午後の授業。でも、その日の放課後は、いつもと違ってアッという間にやってきたんだ。





「逃がさねえからな」


 帰り支度じたくの俺を、我が友ふたりが両脇からはさむ。いや、今日は一緒に帰るって。


「気にしなくても、そんなのないって」

「いや、今日もきっと、いらっしゃる!」


 気合入ってるスケコマに対して、ヲタひらの薄い笑いが実に寒い。


「何かのぉ間違いかもねぇ」

「普通、そう考えるよな?」


 それが本音か、スケコマ


「だぁよねぇ」


 そんな会話を繰り返しつつ、三人で正門に向かう。


「見ろ! 人だかり出来できてるだろ?」


 確かに。ほぼ男ばっかり固まってるのが見えるね。その中に、女の人が居るのも見える。

 なんだろ? みんな全く相手にされてないのか? ぞろぞろ消えてくぞ? かと思えば次々に言い寄ってる? ナンパ野郎ばっかかよ、ウチの学校。


 その話題の女の人。この時期にリクルートスーツ、って……遅いんだか早すぎるんだか。

 スラリとした後ろ姿、でも……タイトスカートがパンパン。

 デブじゃないんだ、スカートからびるあしだって細い。なのに、そこだけデカい。

 お尻派の俺としては……ヤバッ! 鼻の下 びそう。


「あのお方だ、間違いない」


 スケコマの声に、俺はボヤくしかない。俺を探して待っていた? 今日もる? るからって。


「俺だとは、限ら……」


 そのまま、硬直。

 振り向いたスーツの女性を見たまま。

 心臓が止まるかと思った、なんて陳腐ちんぷな表現だと、多分さっきまでは思ってた。

 でも、実際に有るんだ。今、まさにそれ。


「マジィ?」


 ヲタひらの、そんな声も耳を通り過ぎてく。俺に向かって手を振る女性。その人はあの日アキバで出会った、あの綺麗きれいなお姉さんだったんだ。

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