逃亡テロリスト傷害事件

第1話 逃亡テロリスト傷害事件-本伝01

 午後9時を過ぎた下町のコンビニ。お客はまばら。GW明けだからね。まぁ、そんなもんだよ。

 何か食べる物を、そう思って入ったけど。

 偶然、手にとった週刊誌のグラビアに目が釘付け。ただいま空腹さえ忘れて、立ち読み中。


「意外と……かわいい」


 なになに、初ビキニ? 台湾出身の巨乳アイドルか……あれ? 確か、どこかで聞いた気が?

 それにしても……


「でかっ」


 俺、胸よりお尻派なんだけど。いや、それはこの際どうでもイイ。とにかく目が離せない、それほどのスケール、圧倒的ボリュームってヤツ?

 気付けば飯代めしだい本代ほんだいに変わりそう。うん、俺も健全な高校生なんだよな。

 

 しかし、本を持つ腕が痛い。


「平日の方がキツイんだな……」


 今日からかよい始めた、スポーツチャンバラの平日、夜の部。

 日曜日のご家族向けと違って、マジきびしい。対暴漢向けとか、大人の実戦向けの講義も有りとは。

 もっとも、それを望んでの参加だから、俺にとっては願ったりかなったり。


「誘い断っちゃたからな……埋め合わせしないと」


 我が友、駒沢こまざわ平坂ひらさか。大事な仲間の誘いをってまで参加した今日の稽古けいこ。もちろん大満足だけど、付き合いも大事にしたいよね。


「土曜日、どっか繰り出すかな……」

「少年、そのまま聞いて欲しい」

「え?」


 全く気付かなかった。立ち読みにふける俺の横に、5月半ばなのにトレンチコートを着込んだ中年過ぎの髭面ひげづらが、いつの間にか立ってたなんて。


「前を向いて、グラビアを見たままで良い」


 うぅ。巨乳アイドルのページ開きっぱなし。ちょい恥ずい。


「お、お久しぶりです」

「そうだな。今日は伝達が有る。そのまま聞いてくれ」


 表情が硬いな、ビューレットさん。

 言うまでも無く、その人は先日の秋葉原ビル爆破テロ事件でお世話になった、俺の命の恩人だった。


「悪い話で済まない。富末とみすえ、いやピンモヒか……奴をらえられなかった」

「えっ!」


 まばらなコンビニの客が、こっちを向くほどの大声を俺は出してしまう。

 当然だよね。ビル爆破テロの主犯が、現在も逃走中だなんて。ただ……


「生きてたんですか、ピンモヒ」


 俺は、そう聞き返していた。

 ビルの7階から転落したんだ、もしかしたら助からなかったんじゃないか。たった今まで本気で思っていた。


「ああ見えて、奴は軍人 くずれでな。下までの転落はけたらしい。その上、意外にタフだったようだ」


 どうりで。

 喧嘩慣けんかなれなんてレベルじゃなかったように思う。壁の中を移動したり、向こうずねに一撃食らって即座に対処したり。なるほど、奴の反応は軍隊できたえられた物だったんだ。


「しかも本部から白鞘しらざやの軍刀、と言うよりヤクザの長ドスが消えた。奴が持ち出したと我々は見ている」


 気狂いに刃物。頭にパッと浮かんだ言葉は、それ。ロクでも無い事になってるみたいだね。でも、それをなんで俺に?


「奴のねらいは、おそらく君だ。少年」

「え? うそぉ!」


 再び、コンビニ内の客が振り向く。


「残念だが、おそらく事実だ」

「なんで、俺を?」


 俺より頭一つ高い、レイヤーなガンマンさんを見上げて呆然ぼうぜんと問いかけた。


「あの事件で、奴は君に敗北した。プライドが許さんのだろう、素人にやられた事が」


 ちょい待って欲しい。ピンモヒを倒したのは俺じゃない。でも、それを知ってるのは俺だけか……

 いや、ピンモヒ自身が知ってるはずじゃないか?


「あの、ビューレットさん」

「む? 何かね」


 もう最初の、前を向いて。っての二人とも完全に忘れて互いに向き合う。


「あの、ピンモヒを倒したのは……」

「君では有るまい」

「え? 知ってたんですか?」

「当然だな」

「あ、やっぱり?」


 若干じゃっかんガッカリな答えだけど、自分でもそれは判っていた。ただの高校生の俺に、軍人 くずれのテロリストを倒せるはずが無いからね。


 「実は、あの時、見たんです」


 興味深そうな視線を、我が恩人が送ってくる。俺は記憶を掘り返して、とにかく言葉をつむいだ。


「ピンモヒにナイフで刺されそうになった時、黒い物が飛んできて……」

「これだろう? 少年」


 レイヤーなガンマンさんがポケットから取り出して見せたのは、あの時ピンモヒこと富末とみすえの腕に刺さってた黒い凶器だった。


棒手裏剣ぼうしゅりけん、が一番近いか。まるで忍者のようだな」


 忍者。何となく納得してしまった。ビル6階に突然現れた謎の……多分、女性。

 くノ一って奴?


「その後、黒のスラックスが俺の頭の上を通って、ワインレッドのハイヒールの爪先つまさきが、ピンモヒのあごくだくのを見たんです」

まぼろし、では無さそうだな」

「絶対、本物です!」

「ふむ……」


 その一言の後、ビューレットさんは黙り込んでしまった。


「あの……」


 おずおずと話しかける俺。それに合わせて我が命の恩人も、考え込みながらって感じで口を開いた。


「この黒い棒手裏剣ぼうしゅりけん。実は手品師の物でな」

「え? 金営かなえいさんの?」

「君より先に、り落とされた役立たずの護衛ごえい、だった。済まない」

「そんな事、無いですよ。魔術師さんのおかげで俺、助かったんですから」

「そう言ってもらえると、実は私も有難ありがたい。申し訳無いのは変えられんが」


 班長。

 金営かなえいさんは、このレイヤーなガンマンさんの事をそう呼んでた。やっぱり上司と部下だったんだな。


「その手品師も、ある人物に救われて命拾いのちびろいした。その時に、これをなかば強引に持って行かれたらしい」


 そう言いつつ、手の平に乗せた黒い棒手裏剣ぼうしゅりけんにぎめる。


「君を救った者と、おそらく同一人物だろうと思う」

「それは、誰なんですか?」

「さて? そこまでは断定できん。顔をかくしていたらしくてな、手品師も見ていないそうだ」

「そうですか……」


 残念だ。できれば会ってお礼を言いたかった。二人目の命の恩人に。


「ともかく、しばらく君は姿をかくした方が良い。命をねらわれていると思って間違いない」


 えー。学校休めっての? いや、流石さすがにそれはできないって。できれば休みたい、が本音だけど。


「その間、でき得る限り早く、富末とみすえを捕らえるつもりだ」

「でも、学校が」


 授業はツライが学校は楽しい。俺も普通の高校生。やっぱりズル休みはイカンよね。


「その学校が一番危険だ。少年、君は学生証……いや生徒手帳か。最近、落とさなかったかね?」


 落とした、確かに。

 でも、それは2日前、学校に届けられて無事、俺の元に戻って来てたんだ。


「それをどこで落としたのか、覚えているかね?」

「多分……あの時だと思います」


 あの時。そう、あの日。

 ピンモヒ一味に捕まって、多元宇宙のもう二人の俺に助け出された、さっきから続いてるビューレットさんとの話の舞台、その当日。


「それを君の学校に届けたのは、誰だと思うね?」


 そう耳にした途端とたん、背筋を冷たい物が流れ落ちて行った。

 やたら背の高い男の人で、女みたいな茶髪ちゃぱつのロン毛、ずっとマスクをしていた。先生から言われた、届けてくれた人の特徴。


「ピンモヒだったんだ……」

「家は知られていないかも知れんが、すでに学校は割れていると思った方が良い」


 心臓の鼓動こどうが早い。これは、ちょいマズイよね。


「身をかくしたまえ。必ずらえるから」

「は、はい」

「もう一つ、いや、何でもない」


 それだけ告げて、レイヤーなガンマンさんはコンビニを出て行った。

 はくじゃでんせつ。そんなつぶやきが聞こえたけど、俺には何の事か全く判らなかったんだ。

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