第8話 秋葉原爆破テロ事件-08

 あ……。

 一瞬だけどピンモヒの事、その場にた多分、全員がきれいに忘れてた。そりゃ腹も立つよね。悪役完全無視って。


 「そこで指くわえて見てやがれ!」


 捨て科白ぜりふを残して、壁の中にピンモヒこと富末とみすえは消えた。


 「まずいです、ビューレットさん。起爆装置は遠隔操作で、このビルの最上階に有るんです」


 救いを求める人達は次々に情報を開示かいじしてくれる。助かりたいからね。


 「さらに1階には昨日、爆破してない火薬がまだ大量に残っていますよ。その、スイッチは富末とみすえの奴が持っているんです! さっき奴が手にしていた物ですよ」

 「何だとぉ? んじゃ今すぐヤツを追いかけねぇと!」

 「いや、誘拐ゆうかいされた人々の救出が先だ。だが、そのためにはまず、このビルの爆破を止めねば。しかし……」


 苦渋くじゅうの決断ってヤツ? を迫られたレイヤーなガンマンさんを見て、俺は叫ぶ。


 「あのピンモヒは、俺に任せてください!」


 そこにる全員の視線が、ただの高校生である俺に集中していた。

 流石さすがに大勢に囲まれて、視線の集中砲火は痛い。けど、俺は引き下がらない。


 「俺が食い止めます」

 「あの~」


 金営かなえいさんが、小さく手をげてる。俺じゃダメだって事?


 「ピンモヒって、なんすっかね?」

 「あ!」


 そっち? 皆さんの視線の理由。

 確かに魔術師と呼ばれたい男の科白せりふに、ある者はウンウンうなずき、ある人は先をうながすような視線を送ってくる。


 「あの富末とみすえって男、ショッキングピンクのモヒカン頭ですよね? だから略してピンモヒっと……」


 語尾が消えてく、何か丁寧ていねいに説明すると恥ずかしいね、これ。


 「なるほどなぁ、それでイイんじゃねぇかぁ? 短い方が言いやすいしよぉ」


 あぁ、ため息が出るよ。こう言う時、なつめのオッサンの単純さがたまらなくうれしいね。

 「まぁ、確かに」


 こう言う時の銀八さんのひんやりした対応も、もう慣れっこだけどね。


 「コードネームはピンモヒっすか。ちょっと哀れっすね」

 「それは構わん。が、少年。君には荷が重過ぎるのでは無いかね?」


 ビューレットさんこと、俺の命の恩人はきびしい表情で断を下す。そりゃそうだね、相手は爆破魔で誘拐犯ゆうかいはんで多分、殺人を意に介さない奴だ。


 「大丈夫です、捕まえる訳でも倒す訳でも有りませんから」

 「そりゃぁ、どう言う事でぇ?」

 「時間稼ぎ、ですか?」


 やっぱりオッサンよりガス人間8号さんの方がイッタクだと思う、今ので。


 「そうそう。ピンモヒは弱い者をなぶるタイプだと思うんだ。だから俺がおとりになって逃げ続ける。俺を追い回してる間に……」

 「我々はこのビルの爆破を止め、誘拐ゆうかいされた人々を救出し、爆弾の遠隔起動装置えんかくきどうそうちを解除もしくは破壊する。そういう事かね?」


 レイヤーなガンマンさんが、俺に問う。


 「はい! そうです」


 胸を張って俺は答える。信じて任せて欲しいと。しかし、返って来たのは否定だった。


 「危険過ぎる。君は、この1500番宇宙の、ただの高校生では無いのかね?」


 もちろんそうだ。だからこそピンモヒを釣るには最適のはずだ、俺はそう主張する。


 「確かに。だからこそ、この人物が言うように危険過ぎますね」


 ビューレットさんを信用してない感じだけど、気化生命体である1637番宇宙のもう一人の俺の言葉も、やっぱり否定だった。

 なつめのオッサンこと1398番宇宙の俺も、その科白せりふにうなずいてる。

 やっぱり俺、役立たずなのかなぁ。

 泣けてきそうな状況の中、俺をじっと見ていたビューレットさんが、あの渋い低音ヴォイスでつぶやいた。

 「だが、それにけるしか無い、か」


 発言した本人と俺以外の、そこにた全員が驚愕きょうがくの視線を向ける。


 「本気ですか? 貴方あなた

 「おいジジィ! このボウズに……」


 異世界から来てる、もう二人の俺がみ付くのを全く意にかいさず、レイヤーなガンマンさんはオッサンの言葉をさえぎって、俺に向き直った。


 「決して無理をせぬ事。挑発したら逃げたまえ、私がけつけるまで、ただひたすらに」

 「判りました!」


 思わず敬礼する俺の肩を、ビューレットさんはポンと叩いて送り出す。同時に、自分を班長と呼んだ優男やさおとこさんに声をかけた。


 「少年の護衛役ごえいやくつとまるな? 手品師」

 「多分そう来ると思ってたっすよ。ハイハイ、承知っす」


 あと魔術師っす。と付け加えて優男やさおとこさんが俺の後を走り出す。


 「琢磨たくまくん!」

 「ボウズ!」


 多元宇宙の同一人物である二人の俺が叫ぶ。振り向く俺の目に、それを我が命の恩人さんがさえぎるのがうつった。


 「二人は私を手伝ってくれ。早く済めば、それだけ早く少年の元にけつける事ができると、私は思うがな」


 その言葉を背に、俺は走り出す。やっと俺を信用してくれる人ができた。それだけで、何でもできる気がする。

 散乱する家電品の間を走り抜け、階段をけ上がる。これがスタートだ、そう自分に言い聞かせながら。


 「いや~イイお仲間がるっすね、さんたく君」


 後ろに付いてきてくれてる優男やさおとこ金営かなえいさんが、そう声をかけてきた。もう、サンたく決定ですか……ため息付きそうだよ。落ち込みつつも返事は、しなきゃね。


 「まぁ、ね」

 「およ? 歯切れが悪いっすね」


 いい仲間だよ、もちろん。仲間だと向こうも思ってくれてるなら、だけど。

 二人に認められたい、仲間だと言われたい。その一心で犯人探しにアキバに来たけど、捕まってちゃ、ダメだね。多分。


 「ふ~む。ワケありっすか。若いってイイっすねぇ」


 みょうな調子で感心しつつ、魔術師と呼ばれたい男は階段を走りながら、あの小型注射器を出した。

 それこそ、パッと! って感じで。


 「器用だね、金営かなえいさん」

 「おほめめ頂き恐悦至極きょうえつしごくっすよ」


 そんなむずかしい言い回しをしつつ、今度はピンモヒが持ってたバタフライナイフを出す。


 「さんたく君。これ使えますか?」


 あ、また話し方変わった。どうやら真剣モードらしい。こんな時ちょい、銀八さんに似てる。


 「ナイフ? 一応は」

 「刺せます? 人を」

 「こわい事、言うね」


 俺は多分、若干じゃっかん引きつっているんじゃないかな? まだ、その経験は無い。


 「富末とみすえ、じゃないっすね。ピンモヒか、あいつをこれで刺すっすよ。無理なら傷が付く程度に引っく、でもイイっす」


 そう言いつつ注射器の中の液体を、ナイフに注ぐ。


 「これは使えないっしょ? 意外と針が刺さらないっすから。けど、ナイフなら君でも振り回せるっすね」


 からになった注射器を見せて、今度はパッと消した。ホント手品師だね、金営かなえいさん。


 「あと一つで最上階っすよ」


 階段の踊り場から外が見える。昨日、斜めにけたビルの傷口から、午後の日差しが降り注いでいた。

 ただし、踊り場の足元はビルの残骸ざんがいだらけ。コンクリートのかたまりや、ねじ曲がった鉄パイプが散乱したままだった。


 「あいつがるかもっすよ、注意を……」

 「誰がるって?」


 その声は壁から直接、聞こえた。正確には、壁から半分出てきた状態のピンモヒ自身から。


 「ぐほぉ!」

 「金営かなえいさん!」


 腹を押さえて、魔術師と呼ばれたい男は踊り場にくずれ落ちる。ピンモヒこと富末とみすえまわりがクリーンヒットしていた。奴は壁の中を移動していたんだ。


 「お前も俺と同じ1962番宇宙の出だろうが? ずっと横について来てたっての、気付かないのかよ?」


 意識を失って倒れた金営かなえいさんを見下ろして、ピンモヒはさらに一撃をり込もうとする。


 「やめろよぉ!」


 叫びながら俺は、さっき受け取ったバタフライナイフを構えて突撃していた。


 「おっと。危ねぇなぁ」


 軽くかわされ、俺は危うくビルの裂け目から、外をのぞき込む事になる。危ないのは、こっちの方だって。


 「そのナイフによ、固定材ぶっかっけてんの見てんだよ。誰が、やられるかってぇの!」


 そう言いながら、ポケットからペンライトみたいな金属の筒状の物を取り出した。


 「これが欲しいんだろ?」


 あれが、そうか。爆弾の起爆装置か。なら、意地でも奪い取る!


 「どぉりゃああ!」


 なつめのオッサンそのままの雄叫おたけびを上げ、俺はナイフを振りかざした。


 「ど素人しろうとが!」


 足癖あしくせの悪い富末とみすえらしいりが飛んでくる。けど予測通りだ。

 ブロックできる、両腕で抱え込む。けど、その為にナイフを落としてしまう。俺、やっぱり素人しろうとだ。


 「離せよ、クソガキ! うげぇ!」


 暴言の後に、無様ぶざまな悲鳴。俺に片足抱かかえ込まれた状態で、ピンモヒは首をめぐらせる。


 「グッジョブっすよ、さんたく君」


 半身起こして、ダーツを投げ終えたようなポーズのまま、金営かなえいさんが笑ってる。


 「貴様きさま! ケツに突き刺しやがって」


 よく見ると、その言葉通りピンモヒの尻に、あの小型注射器が突き刺さっていた。


 「さんたく君、今っす! 壁に……」


 最後まで言わせるより早く、俺は富末とみすえの片足 かかえたまま、三度目の突撃を敢行かんこうする。注射器一本分の固定材を注ぎ込まれて、壁抜けできないピンモヒは、そのまま激突した。

 その手から、あの起爆装置が転がり落ちる。

 俺は奴の足を離し、それを拾い上げて魔術師と呼ばれたい男に放り投げた。


 「魔術師さん! 頼んます!」

 「いい事あるっすよ、素直な子には。さんたく君……危ない!」


 金営かなえいさんの叫びと同時に、首の後ろを鋭く硬い物が横に動くのを、俺は生まれて初めて味わっていたんだ。

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