第6話 秋葉原爆破テロ事件-06

 何時間くらい気絶していたんだろう?


 「ここ……は?」

 「気が付いたかね? 少年」


 まだクラクラする頭を振って、声のした方に顔を向ける。

 また俺を救ってくれたレイヤーなガンマンさんは……つい、さんが付いてしまうようになったが……麻縄あさなわで縛られたまま、胡座あぐらをかいていた。


 「すみま……せん、俺の、せいで」

 「気にするな。君のせいでは無い」

 「でも……」

 「それより少年、君は大丈夫なのかね。起きれるか?」


 倒れたままだった自分に気付き、起き上がろうとして、後ろ手にしばられていた俺は悪戦苦闘する。

 何とかすわる事ができて、室内である事を見渡し、ここがどこか理解した。

 所々に穴の開いた壁、すすけた天井。そして床に散乱するダンボール箱、その中身である家電品の数々。


 「あのビルの中だ」


 命の恩人が答えてくれた。


 「ここがはいビル扱いになったのをイイ事に、アジトにしちゃったんすよ~」


 反対側から突然聞こえた声に、思わず振り向いて俺はフラフラと倒れかける。


 「だ、大丈夫すか? 君さっきまで気を失ってたんすから、無理は禁物っすよ」


 優男やさおとこって感じの、パンクな服装が全く似合わない、多分ピンモヒの手下が倒れかけた俺を支えてくれた。

 あれ? どっかで聞き覚えがある声?


 「とりあえず、身体検査っす。武器隠し持ってたらヤバいっすからね」


 そんな事を言いながら、俺の体をあちこち触りまくる。まさかソッチ系の方?

 それにしても、股間こかんとかみょうなトコが痛い。気になって自分の姿を見るために下を向く。


 「な、何じゃこりゃあ?」


 思わず声を上げてしまった。この縛り方、スケコマの家で見たAVで、確か……。


 「君、可哀そうっすね、亀甲縛きっこうしばりされる男子高校生なんて初めて見たっすよ」


 優男やさおとこがレイヤーなガンマンさんの身体検査をしながら俺の方を横目で見ながら言う。

 言葉にされるとトンでもなく恥ずかしい格好で、俺は縛られたまま正座する事になった。


 「命が有るだけマシだな」


 命の恩人は例の渋い低音ヴォイスで事も無げに言う。でも、俺にとっては大問題だよ。

 こんな格好かっこう、オッサンや銀八さんに見せられない。何より俺が爆破犯を見つけ出すはずが、捕まえられてしばられてるなんて。


 「無能だ……」


 情けなさのあまり、声がれた。


 「そうでも無いっしょ。ここまで踏み込んだんだから。なかなか見つけられないっすよ」

 「おい、無責任に……」

 「でも事実っすよ。偶然だろうと昨日の今日で、アジトまで見つけ出すなんて、相当なもんっすよ」


 レイヤーなガンマンさんの科白せりふさえぎって、優男やさおとこは自説をべ続ける。


 「君、引き強いっすね」

 「はぁ、どうも……」


 オッサンと同じ感想か。どう反応して良いのか分からず、俺はそんな生返事なまへんじをするしかなかった。にしても、この優男やさおとこホントにソッチ系か? 俺の倍以上ガンマンさんの体に触れてるけど。

 そう思った途端とたん、非常口の扉が思いっきり開いた。


 「おう! 気が付きやがったか?」


 ピンモヒのお出ましか。その後にゾロゾロとパンク軍団が続く。


 「ざまぁねぇな、お目付めつけけ役がこれじゃ」

 「私は目付めつけでは無く、用心棒ようじんぼうのはずだが?」

 「うそ言ってんじゃ無ぇよ、そのガキが言ってたろうが」


 ピンモヒの目が吊り上がってきてる。自分の感情に振り回されるタイプだね、きっと。


 「せっかく昨日、このビル吹き飛ばして、派手に騒ぎを起こしたってのに」


 スキンヘッドが声も無く笑いながら、ひたすらうなずいてる。かなり気持ち悪い。


 「肝心の大惨事だいさんじが一瞬で消えちまうとはよ。ありゃ、あんたがやったんだろ?」

 「何の事かね?」

 「ばっくれてんじゃねぇ!」


 雄叫おたけびと共にピンモヒのまわりが、命の恩人の顔に炸裂さくれつした。唇が切れて、レイヤーなガンマンさんのひげを赤い液体が伝う。

 よく見ると、中年過ぎのその顔は至る所に青あざができていた。暴行を受けたあかしだ。


 「悔しいか? 透過とうかしてかわす事はできんぜ。なんせ丸一日はできねぇ分量の固定剤を投与したからなぁ」

 「固定剤?」


 思わず俺は口を開く。何だよ、それ。って感じで。


 「俺達ゃ、この世界の人間じゃないんだよ」


 知ってる。もちろん口には出さないけど。

 ピンモヒは、俺の沈黙を恐怖と取り違えたらしい。ドヤ顔で説明し始めた。


 「俺達ゃ、お前らと違ってだな、物をかして通す事ができる体なんだよ。ま、それをさまたげる為の固定材ってのも有るがな……」


 こいつ、自分の弱点に成りかねない事を自慢げにしゃべってる。こんな奴がトップの集団って多分、ダメダメだ。

 しかも延々えんえんと続いてる。なんだかあきれてきたよ、俺。


 「何だ? その目は」


 多分、視線に感情が出たんだね。ピンモヒが反応した。ちょいヤバイかも、この手のやからは自分が非難されたりするとキレるから。


 「少年、あきれただろう?」


 そこにレイヤーなガンマンさんの一声が。


 「自分にとって都合つごうが悪い事を、自ら暴露する。おろかな奴だと思って当然だな」

 「なんだと貴様ぁ!」


 あ、やっぱりキレた。


 「まぁまぁ、そんなに怒らない方がいいっすよ……ぐへっ!」


 取りなそうとした優男やさおとこり食らって吹っ飛んでいく。うわっ、痛そう。


 「ちなみに不意を突かれるなど、意識がれると透過とうかできない場合もある。今のように。万能などでは無いのだ」


 レイヤーなガンマンさんが淡々とおっしゃる、いやいや、弱点と言うなら貴方にとっても、ですよね?


 「クソがっ!」


 倒れて動かない優男やさおとこ怒鳴どなって、ピンモヒは再びこちらを向いた。目が血走ってる。これはホントにヤバイかも?


 「後楽園球場とかってのを、吹っ飛ばしてやる前に、お前らを血祭りにあげてやるぜ」


 ちょい待ってくれ、今なんて言った?


 「馬鹿な事を。これ以上、事件を起こすな」

 「はぁ? 俺達ゃ事を起こすためにやとわれたんだぜ?」


 このままだと第二の爆破事件が、しかもこのビル程度の被害じゃ済まない。気が気じゃない俺の耳に、ガンマンさんの冷静な声が響いた。


 「富末とみすえ、言い忘れていたがな。この第二部隊、やとい主に解雇かいこされたぞ」

 「う、うそつくんじゃねぇ!」


 このピンモヒ、とみすえって言うのか。それよりも、いきなり解雇通知かいこつうちらって動揺どうようしてる。


 「お、俺達ゃ、言われた通りに騒ぎを……」

 「やり過ぎたのだ。昨日の、このビル爆破事件で三十人以上の死傷者が出た。やとい主が人死ひとじにに敏感だと知らないはずは無いな?」

 「そ、それは……」

 「やとわれた時に、通達が有ったはずだな? いくつかの条件が」


 見る見る内にピンモヒの顔が青ざめて行く。 同時に、よく見ると優男やさおとこ 以上にパンク姿が似合ってない人達が、冷たい視線を自分達のトップに向けていた。


 「富末とみすえ! 話が違うじゃないか!」

 「いいかせぎ口が有るからって言うから、お前について来たんだ!」

 「クビになったら、どうやって帰るんだよ! 俺達は無一文なんだぞ!」


 次々に、ピンモヒの口車に乗せられたらしい人々の罵倒ばとうが、散乱してる家電品と同じく室内に転がり出る。


 「やかましい! 全部、俺の責任かよ!」


 あ、ピンモヒこと富末とみすえ、完全にキレたね


 「クビだってんなら、俺達でかせぎゃいいんだよ。その為に昨日のドサマギで、かっさらった奴らを下で寝かしてんだろうが」


 その言葉に、レイヤーなガンマンさんが反応した。


 「貴様、誘拐ゆうかいにまで手を出していたのか?」


 「これから死ぬ奴が、気にすんなよ」


 ニチャと音がしそうな笑い方で、ピンモヒがびょう打ちパンクな革ジャンの内側から取り出したバタフライナイフを振り上げた刹那せつな、再び非常口のドアが派手に開く。


 「ボス! 敵襲だ! 正面玄関から入ってきやがった! ついでにここの警官どもまで引きずってよ、増援頼むぜ!」

 「何だと?」


 ピンモヒらのやり取りを聞きつつ、我が命の恩人は天井をあおいで言った。


 「せっかく奇襲のチャンスをやったのに、正面突破とは。芸が無いな」


 え? いつの間に連絡を?

 そう思った瞬間、上から馴染なじみのある重力波動が。

 続いて天井が炸裂さくれつして、コンクリートの破片はへんが飛び散り、土煙が上がる。そして飛び降りてくる人影が。


 「もちろん、陽動ようどうですよ」


 その一言と共に舞い上がる土煙の中、ピンモヒ配下のスキンヘッドらを手にした長い警棒けいぼうで打ち倒して行った人物に向かって、俺は叫んでいた。


 「銀八ぎんぱっあん?」

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