第8話 特殊指定動物密輸事件-08 了

ニセ坊主事件から約1週間。街は、いや我が校は、GWを前に浮かれきってる。

GW? もちろん、ゴールデンウィークの事だよね。

あれから俺の周りは、いたって平穏。正直言って拍子抜けしてる。


「ああ言う話しといて、音沙汰おとさた無しかよ」


下校途中、あの、最初の出会いの場所。多分、スラム化の影響で空き地になった場所に、俺は差しかかっていた。


「ここから、全てが始まったんだよな」


そんな事を考えてる俺の目の端に、見覚えの有る棒きれが。

思わず、茂ってる草むらに隠れる。


「マジ、居たよ……」


つぶきの聞こえない程度の距離に、多元宇宙の俺と俺が。片方は、この季節に相変わらず革ジャン着て、地べたに胡座あぐらかいてる。


「んで? まぁだつかまえらんねぇのかよぉ?」

「30人以上の大所帯おおじょたいのはず、なんですけどね」

用心棒ようじんぼうまで居んだぁろぉ?」

「良くご存知で」

「まぁな」

琢磨たくまくん、ですか?」

「目くじら立てる事ぁ無かろうがよぉ?」

「立ててませんよ」


うそつけ。初夏向けの品の良いジャケットを着こなしながら、気化生命体の体からは怒りのオーラが立ち上ってる。


「そちらこそ、良いのですか?」

「あのインド人かぁ?」

「ハーフだったと思いますが。判ってらっしゃるんでしたら、何も言いませんがね」

「とりあえずの件で、身柄みがらの引渡し要求は、したがよ」


密輸をって……何時代なんだよ。そうツッコミを入れたいのを我慢して、俺は立ち聞きを続けた。


「理解してたなら、良いですよ。あのふくろうに似た男の事」

「まぁな。普通、俺を止めるよなぁ?」

「でも、犯人の腹をり上げた」

「くちゃべられたく無かったんだろうぜぇ」


何をだよ。あのフクロウ刑事デカ、まともな人じゃなかったのかよ。


「ゆびき、そこで途切れましたね」


湯引き……ハモの? そんなお気楽な話じゃないよな。そう思いつつ、耳をそば立てる。


「ユビキタス。ってぇ言葉は、あそこで出したく無かったんだろうがよぉ」

厄介やっかな組織が、からんでいるようですね」


なつめのオッサンこと1398番宇宙の俺は、無言でうなずいていた。


「だからよぉ、イー・アァ・ウーから、泣きが入ったみてぇぜぇ」

「やはり……」

「んだぁ? オメェんトコもかよぉ?」

「えぇ。125ヌクレオチド連合から、正式に依頼が来たようです。つながる所、ほぼ全域に、みたいですよ」


何だよ、その125抜くれ、なんとかってのは? 初耳だよ、俺。


「だからですか? 彼に、あんな事を言ったのは」

「さぁな。今回の件で、ボウズが足手纏あしでまといだって事ぁ、オメェも判ったろぅがよぉ?」


くそっ! オッサン、覚えてろよ。事実でも、いや事実だからこそ傷つくんだぞ。


「それだけですか?」

「カァちゃんにも、こわい思いさせちまったろうがよぉ」

「そちらが、本音でしたか」


妙に納得した表情で、1637番宇宙の俺こと、阪本銀八さんがうなずく。茂みからのぞいてるから、なつめのオッサンは表情が見れない。


「これ以上ボウズを、関わらせるのはヤベぇんじゃ無ぇかってぇなぁ。オレらの方から関わんのもなぁ」


銀八さんを見上げて、なつめのオッサンは告げた。め息を付きつつ、気化生命体のイケメンは切り出す。


「確かに、そうかも知れませんね。彼に関しては若干じゃっかん、同情してますから」

「あぁ?」

貴方あなた、あの日、お寺の喫茶店でバイトの女性を、不躾ぶしつけに見てたでしょう?」

「んだよ。オメェの気にする事かぁ?」

「多分、女子大……短大生かな、位の年齢ですよね?」


あれ? なつめのオッサン、固まった?


「まぁ、な。似てたような、気がしてよぉ」

何か、今まで以上に、この話、気になる。

「あんな牛乳瓶ぎゅうにゅうびんそこみてぇな眼鏡めがねに三つ御下おさげなんてぇのじゃ、無かったんだぁがよぉ」


かなりヒドイ言いざまだけど、寺カフェのお姉さんの事だと、俺でも気付いた。


分岐ぶんきしたんですね、おそらく」

「多分、なぁ」


ぶんき? 何だよそれ?


「あの日、お寺の店で、彼は女子大生の彼女とめぐり合うはず、だったんでしょうね」

「オレ様のお仕事を手伝ってくれたからよぉ、多分なぁ……」

「深く関わる事無く、ですか。1498番宇宙とは違う未来になる、と?」

「お流れ、だろうなぁ、この1500番宇宙ではよぉ、多分」


頭真っ白、目の前真っ暗、だよ。今の俺。


「ま、ちったぁわりぃとぁ思ってんだがよぉ」


銀八さんが大きなめ息を付いた。


「1ピコグラムも思ってないですね」


オッサン! そこで否定しろよ! 大げさに肩すくめてないでさっ!

今すぐ飛び出して、怒鳴どなりたい気分を必死でおさえて、うずくまる。そんな俺の耳に、二人の会話が流れ込んでくる。


「定期報告は、コンなもんだぁよなぁ?」

「ええ。ではまた」


おう。となつめのオッサンが応じ、いつもの重力波が来た。

顔を上げた俺の視線の先には、誰も居ない空き地が有った。そして、彼女ができるはずだった、失われた俺の未来も。


「う、うそだろぉおぉおぉおぉぉぉぉぉぉ!」


我ながら情けない絶叫ぜっきょうが、暮れなずむうらららかな黄昏たそがれに響き渡る。

そんな俺を、物陰から誰かが見ていたなんて、その時は気付きもしなかったんだ。


第2章 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る