第7話 特殊指定動物密輸事件-07

「さってと、邪魔者は消えたしなぁ」


1398番宇宙の俺、ここでのコードネーム棗武志なつめたけしは、うなだれたままの個人貿易商にひざを付いて近付いた。


「1438番宇宙の貿易商、今回の事件の、本当の被害者……」


顔の近くまで寄って、最大限、おだやかにその名を呼んだ。


時保琢磨ときやすたくまさんよぉ」


あ、やっぱり。そんな気がしたんだよ。元透明人間の顔を正面から見た時にね。


「なるほど、それで……」


これまで沈黙を守っていた銀八くんが、納得したようにつぶやく。

オッサンががらにも無くワケアリな感じをかもし出していたのは、そう言う事だったんだ。


「なぜ、私の名前を?」

「ホント馬鹿だぁなぁ。オレ様、警官だぜぇ。調査するさ、今回の事件をよぉ。そうすりゃ、全貌ぜんぼうが見えてきたって訳よ。オメェがハメられたってよぉ」


無言で1637番宇宙の俺こと、阪本銀八さん、今は小学生姿なので銀八くんがとなりでうなずく。


だまされていたんですか? 私は」

「平たく言えばなぁ」

「そんな……」

「オメェんトコの商品。1438宇宙の、森のきれいな空気、の缶詰、だっけぇ?」

「何なんだよ、その詐欺さぎまがいの缶詰は?」


俺の感想は無視されて、話は続く。


「それを用意したのも、アイツだろぉが? それもアイツのバックにいる組織の資金源だったってぇ事よぉ」

「なるほど、盗まれたのでは無く……」


銀八くんことガス人間8号さんの言葉に乗っかる形で、オッサンはうなずいた。


「はなっから横流し。で、報告は盗まれたってぇなぁ。あとぁは、アンタに赤字解消の為、野良犬をる事を持ちかけたってぇ寸法よぉ」

「私は……私は……」

「まぁ、無罪って訳にゃあ行かねぇが、情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地は有ると思うぜぇ」


オッサンにしては、相当優しい物言いだ。かなり1438宇宙の自分に同情してるんだろうな。

俺にとっても、何だか他人事じゃないような気がしてきた。

考えてみたら、この人、完全に透明だった。って事は……飲まず食わずだったって事? 少なくとも腹の中、空っぽになるくらいまで。

でも、母を人質にした事は当分、許せそうにないけど。


「アンタよぉ、個人貿易商になる為にゃあ必死で試験通ったんだろぉ? なら次ぁ通商機構に入らにゃあ、なぁ?」

「それは……」


顔をね上げてオッサンを見る、元透明人間の、またしても別宇宙の別の俺に、今度は銀八さんが声をかける。


「確かに、多元宇宙たげんうちゅう通商機構つうしょうきこうに所属すれば、今回の様な事件に巻き込まれがたくなるでしょうね」

「だろぅ? 流石さすが、ガス人間8号。判ってやがんなぁ」

「誰が……まぁ、今回はいです。それより、こちらの方を連行しないと不味まずいのでは? お仲間、先に戻られたでしょう?」

「まぁな、そろそろ行くかぁ」


暮れなずむ春の空を見上げ、なつめのオッサンは皮ジャンのポケットから、袋を取り出して元透明人間の頭にかぶせた。


「こ、これは?」

「ビビんなよ。しばらくの間だけだからよ」


カマキリみたいなグラサンでにらまれ、1438宇宙の俺は下着一枚の姿でうなずく。

すっぽり完全に顔を隠されてるよ。なんか、ちょい可哀想な気もする。


「ボウズ、今回の件で判ったろぉ?」

「何がだよ、オッサン」

「多元宇宙の、他の自分が犯罪者になる可能性も有るって事がぁ、なぁ」


ハッとして、俺は言葉にまった。


「それは確かに、そうだけど……」

「こんな現実、受け入れがたい。ってんならよぉ。ここまでの記憶消して、今後は俺らと無縁でって手も有るぜぇ」

なつめさん、それは」

「銀八ゃあ黙ってな」


グラサンの奥の瞳が、真っ直ぐに俺を見てる。視線をはずせない強さで。


「俺、俺は……」


ニセ総理事件の時は、あんなのを日本のトップに、すげえられてたまるもんか。その気持ちだけで参加した。

それからは、友・仲間や家族を守れるようになりたい。そんな気持ちで、ハリの有る生活を送れるようになった。

今回、巻き込まれて何もできない現実を突きつけられて、でも……俺は……


「ま、いいやな。次、会った時に聞かせてくれやぁ」


俺の、覚悟を?


「急ぐ事は有りませんよ、琢磨たくまくん」


笑いながら、ガス人間8号こと銀八さんが、俺の肩を軽くんだ。姿が小学生だから、かなり背伸びをして、だけど。


「ありがと、少し楽になった」

「甘やかすんじゃねぇぞぉ、銀八ぃ」


頭に袋をかぶせたままの元透明人間を連行しながら、オッサンが振り向きもせずに呼びつける。


「さっさと来いよぉ、帰るとすんぜぇ。オメェにゃ今回の証人としてしょまで御同行ごどうこうを願わんと、だからよぉ」

「勝手な事を言いますね」

「しゃあねぇわな。お互い公僕こうぼくだろぉ?」

「えぇ。誰かさんのお陰で、時空管理局から科捜研かそうけんに転属させられましたからね」


ボヤきつつ肩をすくめ、小学生姿のガス人間8号さんはなつめのオッサンに付いて歩き出す。

そして二人、ほぼ同時に振り向いた。


「またなぁ、ボウズ」

「また会いましょう、琢磨たくまくん」


いや、二人とも、じゃないね。今回は三人とも時保琢磨ときやすたくまだろ? そう口に登らせる前に、壮絶な重力振動が起きた。

思わず両腕で顔をかばう。後には何も残らない。ただ夕焼け空の見える寺の境内けいだいに、俺は一人残された。

この先どう関わるのか? そんな宿題を押し付けられて。

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