第6話 特殊指定動物密輸事件-06

今や寺の境内けいだいは、とんでもない大人数で、ごった返している。

そりゃそうだろう。

こんな田舎町の寺から銃声が響き渡れば、ご近所さんが何事かと集まってくるのは。


「はいそこ、撮影の邪魔になりますから、その先から入らないように」


なつめのオッサンが呼んだ1398番宇宙の警察官らが、撮影スタッフに化けて指示を出していた。


「逮捕完了ってぇ事でぇ」

「ご協力、感謝いたします」


オッサンがインド人ハーフを引渡し、この世界の警官に扮した1438宇宙の警察官達が敬礼して、撮影終了。

で、撤収てっしゅうの掛け声で集まっていた地元の人々を、山門の方に追い立てて行く。


「これで、ようやく終結ですね」


かつての小学生姿になった銀八さんが、俺を見上げて告げた。

今、俺より背が低くなった気化生命体は、境内けいだいを掃除しつつ、去り行く地元民達を見ている。


「大丈夫?」


俺の声に、気化生命体の小学生は肩をすくめる。


「また、全体の40パーセントくらい失いましたからね。この姿になってしまいました」


その割に、緊迫感が全然無いんだよね。母を救う為とは言え、命の危険をおかしてくれたってのに。


「とんでもない。それほどの危険はおかしませんよ」


小学生姿で銀八さんはまた、肩をすくめた。


「あのニセ総理事件の時もそうでしたが、我々は全体の90パーセント以上を一瞬で失わなければ、貴方あなたがたの言う死とは無縁です」


えぇ? そんなに? としか言えない。


「ましてあの人なら、擬似肉体ぎじにくたいが何度破壊されても、本体が無事なら不死に近いでしょうね」


そう言ってオッサンの方を指さす。道理であの事件でビビってたのは俺だけだったはずだね。


「まぁ、この1500番宇宙の大気には、溶け込みやすいので注意は必要なんですが。特殊な機械で収集しないと分散してしまいますので」


なるほど、だから俺がシェルター替わりだったのか。ただ、今回は準備怠り無く、だったそうでニセ総理事件の時の様に、霧散しかけるなんて事は無くて済んだそうだ。


「君に預けた物が、私の体を固定する装置だったんですよ。琢磨たくまくん」


小学生姿で、イケメンジャケットは似合わないなぁ。などと思いつつ、指し示された時計と念珠ねんじゅのようなブレスレット、そしてネクタイをながめる。


「こんな小さいのに?」

「大きさは関係有りませんよ。あと両足首にも有りますが……」

「あ、見せなくてイイです」

「そうですか? ともかく、これらのおかげで、今回は、君の肺腑はいふに逃げ込まずに済みました」


そう言いながら、地面に落ちていた未消化のプリンアラモードとフルーツパフェをチリトリにき込んだ。


「あの犬にとっても、私にとっても、この世界の食物は、やはり異物なんですねぇ」


寂しげに銀八さん、いや銀八くんは言う。

それは、最後の銃弾を至近距離で受け、大穴の開いた下腹から飛び出た物だった。

体や服はガスになったが、腸内にあったスイーツの残骸ざんがいは、別物として地面に落下した。


「だからこそ、あの犬は1438宇宙の輸出商品に成り得るんでしょうがね」


確かに薬が腸内でどうなるか、それだけを見れたらスゴイ事かも。とは思うけど、今のは話そらしたね、銀八さん。


「おー、キレイになったじゃぁねぇか!らしたモンはよぉ、テメェで掃除しなくちゃなぁ?」


二つの宇宙の捜査官達が、ようやく本業に戻り始めるのと同時に、オッサンは俺達の所に戻ってきた。


「聞こえが悪いですねぇ」

「ほぇ? 事実だろうがよぉ」


また始まったよ。


「それよりよぉ、ボウズのカァちゃんの記憶は……」

「きちんと消しておきましたよ。一度くらいは夢に見るかも知れませんが」

「大丈夫かよぉ、ホントによぉ」


ブツブツ言いながらも、俺の母を心配してくれる1398番宇宙の俺こと、コードネームなつめのオッサン。ちょい感謝、だね。

とりあえず気を失ったままの母は、境内けいだいの寺カフェで寝かせてもらっている。心配無いはずだ、多分。


「あとは、コイツだぁなぁ」


撮影機材の横に掛けられていた毛布の下から、あの透明人間が出てきた。


「おい、起きてんだろうがよぉ? 聞こえてねぇのかぁ?」


もちろん今は透明じゃない。縛り上げられた状態で正座させられた今回の犯人、個人貿易商が、そこに居る。

元はナイスミドルとか呼ばれてたんだろう、と思われる顔立ち。でも今は髪ボサボサで無精ぶしょうひげボーボー、さらに下着一枚の姿じゃあね。まぁ、インド人ハーフの方も同じ格好なんだけど。

それにしても、どこかで……何このデジャ・ヴュな感じは。


「よぉ! 1438宇宙のダンナがた。コイツ一旦いったんあずかるぜぇ!」

何故なぜでしょうか? お聞かせ願いたい」


オッサンの呼びかけに応えたのは、1438番宇宙の刑事の一人。何というか……眼光鋭いフクロウみたいな感じの中年だった。


「コイツの盗まれた商品、ウチのしょあずかってて、でなぁ!被害届出させねぇとよ!」


そのセリフに、うなだれていた元透明人間の顔が跳ね上がる。


「オメェよぉ、貿易商なんだからよ、盗まれたら警察来いよなぁ、まずはよぉ」


確かにオッサンの言うとおりだ。何故なぜ? そう問いかけるより答えは先に来た。


「んな犯罪者を社員にすっから、ブラック企業の言いなりに、なっちまうんだぁよぉ」

「ブラック……企業?」

「あのインド人ハーフなぁ」


なつめのオッサンの一言に、元透明人間は苛烈かれつに反応する。気を失ってる母が目を覚ますんじゃないかってくらいに。いや、カフェまでは聞こえないかな。


「か、彼は、生活に困ってて……前科が有るから、どこもやとってくれないって! そう、泣きついてきて……」


最後まで口にする事は、できなかった。寺の境内けいだい木霊こだます、とんでもなく汚い笑い声にかき消されて。


「バァ~カッ! どこ、まで、お人好し!」


手錠を掛けられた両腕で腹をかかえ、インド人ハーフはバカ笑いを続けている。何だか俺、腹が立ってきた。


うそだろ? うそだよね、八田くん!」

「まぁ~だ、言ってんの? あんた、本物の、バァカァ?」


更なるバカ笑いに、個人貿易商はガックリと肩を落とす。それにオッサンが反応した。


「ブラック企業のしたがぁ! とっ捕まってデカイ口叩くたぁなぁ? このゲス!」


叫びながら、もう走ってる。

そして、速い!

さっき、銀八さんが体張って作ったチャンスを活かした、一瞬で透明人間の死角に回り込んだダッシュ力を今一度、なつめのオッサンが発揮はっきする。

眼前に迫る拳を前に、インド人ハーフはさら罵声ばせいを浴びせた。


「バカか? した? 俺達ゃ、ユビキ……うげぇ!」


オッサンのこぶしが届く前に、あの眼光鋭い刑事のくつが、今は下着一枚にされたニセ坊主の腹に食い込んでいた。


「あぁ? 何の真似まねだぁよぉ、1438番宇宙のダンナ」

「ここで貴殿きでんが、これをなぐれば、問題が起きる。それよりは、本官の方が処分が軽くて済みますから」


あのフクロウ刑事の説明に、不承不承ふしょうぶしょうと言った感じで、棗武志なつめたけしこと1398番宇宙の俺は引き下がる。


「へぇ。わきまえてる人も居るんだ」


俺の小さなつぶきの横で、銀八さんが眉間みけんにシワを寄せていた事に、その時、誰も気付いては居なかった。もちろん、俺も。

それよりオッサンへの、フクロウ刑事のセリフの方が気になる。


「ご自由に。所詮しょせん、巻き込まれですから、その男は。これは、こちらで処分致します。よろしいか?」


しょ、処分って……。動揺どうようしてるのは俺一人だった。

インド人ハーフを指差し、眼光鋭くにらむ相手に、なつめのオッサンは肩をすくめて応じた。


「そりゃぁ、こっちのセリフだぁぜぇ」

「了解しました」


それだけ告げると、互いにニヤリ、って感じで笑う。フクロウ刑事が肩まで手を挙げると同時に、凄まじい重力波が押し寄せてきた。

1438宇宙の警察はニセ坊主を連れて、寺から消えた。直後にオッサンの所の仲間達も去る。

寺の境内には、我々だけが残された。下着一枚の元透明人間と共に。

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