第4話 特殊指定動物密輸事件-04

「なるほど、この男が棗武志なつめたけしさんの言っていた密輸犯ですか」


1637番宇宙の俺、コードネーム阪本銀八さんは、腕時計を触りながらうなずいた。


「一応、紳士協定は結んで有りますので」


そう言うと、腕時計の文字盤をふたの様に開けて、話し始める。

あの何とかケーターの代わりかな?


なつめさん、聞こえますか?」


あのスマホで出たらしい。オッサンの声が俺の耳にも届いた。


「んだぁよぉ、ガス人間8号かよ。なんか用かぁ?」

「居ましたよ、密輸犯の片割れ」

「なぁにぃ! マジか?」

「お寺の山門前です」


うぉっしゃ!と言う叫びが、銀八さんの腕時計から流れる。


「おぅ、そこにボウズ居るかぁ?」

「もちろんです」

「んじゃ、こっちも坊主見つけたってぇ、伝えてくれやぁ。よろしくなぁ!」


最後の方は、すでにけ出しているのか、フェイドアウト気味だったが、充分、俺にも聞こえた。


「だ、そうですよ。琢磨たくまくん。良かったですね」

「ありがと、銀八っあん」

「その、コードネームは不快感満載ふかいかんまんさいなのですがね」

「まぁ、そう言わずに」


笑いをみ殺しつつ、俺は8号さんの後ろに回って肩などんだりする。

1637番宇宙の俺は、大げさにめ息を付いて、その肩をすくめた。


「その時計、カッコイイじゃん」


亡き父が好きだったテレビの特撮ドラマにも、こんな通信装置が有ったなぁ。

そんな事を考えながらなおも肩をみ続ける俺に、銀八さんはみょうに、しみじみと言葉をつむいだ。


「私の父が、子供の頃に見たドラマの影響でしょうね。私も小さい頃、父と一緒に再放送を見たものです」


どこかうれしそうに語る銀八さんに、俺は微笑ほほえましいものを感じた。仕事の虫とか言っていたが、やっぱりね。


「そのドラマって、あの七番目の男……」


しかし、俺の問い掛けの途中で、通称ガス人間8号さんは、未だ放心状態のインド人ハーフを指さす。


「今は……とりあえず、この男の拘束こうそくが先でしょうね」


ジャケットの内ポケットから、細い金属状の物を取り出しつつ、そう言った。それって手錠てじょうなのか。

そう言えばニセ総理も、確かこれで?


「犬は……う、うぇっ?」


俺は思わず、口元を両手で押さえる。


「これは……」


銀八さんも声を失う。

犬は完全に透明状態になっていたが、その首に付いた輪っかと、密輸犯の片割れの手をつなぐ形で伸びるリードで位置は判る。


嫌悪感満載けんおかんまんさいですね……」

その言葉通り、首輪の後方の何も無い空中を、未消化のドッグフードのかたまりただよっていたんだ。


「彼らにとって、この1500番宇宙の食物は、異物なんでしょうね」

「だから透明にならずに、浮いて見えてるのか……」


何が? とは銀八さん聞かない。俺も答えたくない。犬が走り回るたびに、その胃の中身だけがれながらただよう。

銀八さんで無くても、嫌悪感しかいだけない。たった今、脳内でモザイクが掛かった。見たくないからね、こんな物。


「あれは見ないようにして、この男を拘束こうそくしましょう」


顔を背けつつ、銀八さんがインド人ハーフに近付いた瞬間、男は飛び上がり、リードを握り締めたまま山門に向かって走り出した。


「待て!」


俺の方が、状況に動転した8号さんよりも先に動けた。

だが、山門の階段をけ上がったまでは良かったが、振り向いた男の右手を見て足がすくむ。

和尚おしょうさんからうばった袈裟けさふところに、インド人ハーフは拳銃けんじゅうを隠し持っていた。


「マカロフPM? ヤクザから購入しましたね?君」


後ろを追ってきた銀八さんの指摘に、止まった足に震えが来た。正直、怖い。拳銃けんじゅうはトラウマだよ、あの秋の夜以来。

もう顔の筋肉も、あらかたけて頭蓋骨ずがいこつが見え始めている男は、いまだ残っている目玉を忙しげに動かす。


「捕まって、たまるか!」


吠えると同時に、山門に飛び込んだ。


「待ちなさい!」


今度は、動けない俺を銀八さんが追い越して行く。こんな時に足がすくんだ。情けないけど、普通の高校生だよ。やっぱ俺。


「どぅりゃあぁ!」


山門の向こうから、聴き慣れた声が響く。


「うぎゃぁあ!」


インド人ハーフの汚い悲鳴が木霊こだました。


「オッサン?」


二つの絶叫が足の呪縛じゅばくを解き、再び俺は階段をけ登る。

自分も飛び込んだ山門の向こう側、寺の境内で、腹を押さえてインド人ハーフがうめいていた。


「野郎、タダじゃ、置かねぇ!」


分厚い豪華な袈裟けさのおかげで、なつめのオッサンのおじいさんの形見、の代用品の魔法使いの杖による抜きどうは気絶させるに至らなかったらしい。

カタコトよりはマシな日本語で、密輸犯の片割れが、ヤクザから買ったらしいオートマチック銃をオッサンに向ける。


「三千世界のことわり! 物理法則の全てにおいて、我はこの地に顕現けんげんす! 気は我に答えよ」


じいさん直伝じきでんの決めゼリフで、1398番宇宙の俺は、魔法使いの杖を青眼せいがんかまえ直す。


「くた、ばれぇ!」


みょうなアクセントの付いた絶叫と共に、手にした銃が轟音ごうおん境内けいだいに響かせた。

同時に、なつめのオッサンは裂帛れっぱくの気合で応戦する。


っ!」


目の前で、打ち出した銃弾が空中で静止し、インド人ハーフは呆然ぼうぜんと立ちすくむ。


「ば、かな?」

「バカはオメェだ!」


剣道の素振りのような動きで、この世界でのコードネーム棗武志なつめたけしは、おじいさんの形見の代用品を振り下ろした。


「ひっ、ひぃいい!」


また汚い悲鳴を上げて、密輸犯の片割れは尻餅しりもちをつく。

宙に浮いていた銃弾は、オッサンの生み出した気流のうずによってはじきき飛ばされ、インド人ハーフの足元の地面を穿うがち、わずかに土煙を上げた。


「トドメだぁ!」


身もふたもないセリフで異世界の巡査じゅんさは、男が手にしていた銃を杖の一閃いっせんね飛ばし、返す一撃で面一本を決めた。


「意外と早く、捕まりましたね」


気絶した密輸犯の片割れに手錠をかけながら、銀八さんが笑いかける。


「なぁに言ってやがんでぇ。オメェ何もして無ぇだろうがよぉ」

「通報は、しましたよ」

「確かになぁ。タレコミには感謝するぜぇ」

「聞こえが悪いですね」


事件解決と同時に、悪態あくたいの付き合いになる多元宇宙のもう二人の俺を横目に、俺は次第に元の姿を取り戻し始めた犬を見ていた。


「やっと、筋肉まで来た。もうアレは見なくて良いんだな……」


宙を漂う未消化のドッグフード。しばらく悪夢を見るかも知れない。そんな事を考えている間に、二人はそれぞれの本部に連絡を取ってる。


「とりあえずよぉ、犬は確保したぜぇ。引取りに来てくれやぁ」


それぞれに通話を終えて、異世界の俺二人が、また顔を合わせた。


「一件落着ですね」

「いんや、まぁだホンボシが上がって無ぇ」

「あぁ、確か……個人輸入の」

「そいつを一刻も早く見つけにゃぁなぁ」


何で、その個人輸入業者に、こだわるんだろう? 俺の疑問は銀八さんの疑問でも有ったらしい。


「どうして……」


そう口にする前に、俺には耳慣れた声が、境内けいだいに居た三人を振り向かせた。


琢磨たくま! 電話にぇへんおもたら、こんなトコで何しとん? いったい!」


関西は神戸生まれの母の怒声どせいが。キレてる、いつもは出ない関西弁がき出しだから、間違いない。

けど、そんな事はどうでも良くなってしまった。

怒りの形相ぎょうそうの我が母の顔の横に今、地面から浮かび上がるように、オッサンがはじき飛ばした拳銃けんじゅうが移動して来る。


「母さん!」


俺の叫びと同時に、母は見えない誰かに羽交はがめにされ、こめかみにオートマチック銃を突きつけられた。

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