第3話 特殊指定動物密輸事件-03

「だぁあ! どっちも成人してて働いてんだろうに!これかよ」


今月の小遣こずかいを全て使い果たし、俺は春麗はるうららかな青空に向かって毒づいた。


「また、巻き込まれかぁ……」


め息を付きつつ、しかしナゼか、それほどいやでは無い。

昨年秋の、ニセ総理事件で俺は確かに変わった。それは間違いなく、あの二人に出会ったからだ。そう言い切れる。


「だけどさ……俺が手伝えるような事件が、有るのかなぁ?」


前回は偶然、しかもラッキーの寄せ集めで何とか成ったような物だった。

普通の高校生が関わって無事に済むような、生易なまやさしい事件では無かったはずだ。だから、今のままの俺では正直、二人に会いたくは無かった。


「密輸事件二人は、まだしも……強盗団は、なぁ」


8号さん改め、阪本銀八さんが俺に見せた写真には総勢30名以上の、屈強くっきょうな男達が写っていたんだ。

正直、あんなのに囲まれたくない。


「とは言え……なつめのオッサンの方も、なぁ」


密輸事件の犯人達は、1438宇宙の住人であるらしい。

オッサンが店を出ていく前、俺に手渡したくわしい説明が書かれた書類をながめる。これ、オッサンのお手製かな。ワープロで打ったのかも。

小綺麗こぎれいな寺カフェの横に立ったまま、捜査資料を読みふける。ちょい場違いかも、とは思うけどね。


「へぇ~」


思わず声が出た。

1438宇宙の生命体は、基本的に臆病おくびょうで皆、あの犬と同じように驚くと自動的に体が透明に成って行くらしい。


「人間も変わらず、かぁ……見たくないなぁ、絶対」


理科室の人体模型が団体で押し寄せてくる、余りにもグロい映像が脳裏に浮かんで、俺はまた胃が飛び跳ねそうになった。


「犬が一番、繁殖はんしょくしてて、一番の輸入品っと。これは、さっき聞いたっけ」


その後の犯人に関する所が、一部破れていて読めない。


「雑だなぁ、なつめのオッサン」


もう完全に、この世界でのコードネームで呼ぶ事にした俺は、多元宇宙からやって来た巡査じゅんさめ息をついた。

個人貿易商に関する情報が無い。これでは探しようが無いじゃないか?


「とりあえず、社員の方は……」


サンジープ・八田はった・ナーヤル。インド人とのハーフ? 1438宇宙にもインドは有るのかぁ……って、えぇ?


「前科8犯?」


よく、そんなのやとったな。採用試験とか、面接とか、しなかったんだろうか?


「二人で1398番宇宙……オッサンとこだな。に、商品搬入中しょうひんはんにゅうちゅうに全て盗まれ?」


ドジ過ぎだろ、それ。防犯設備は無かったのかな?


「赤字解消の為、代用品として野犬を狩るに至る」


で、オッサンとこの成金なりきんに売ろうとした訳か。さっき寺カフェ内で聞いた話の通りだ。


「しかし、安直と言うか、もう少し考えれば……捕まったら意味無いだろうに」


まぁ、社員が前科8犯じゃ、犯罪に手を出す方が楽なのかも知れない。

そんな事を考えつつ、寺カフェ横で資料を読みふける俺の視界のはしに、カラフルな衣装を着た人が、山門を出て行こうとするのがうつった。

確認の為、仮性近視用の、度の軽い眼鏡めがねを掛ける。確かに法要ほうよう用の袈裟けさを着込んだ和尚おしょうさんだ。


「何だ、居るじゃないか」


しかし、だ! 犬の散歩に出かける?我が家の法要ほうようの相談をすっぽかして?坊さんボケたか?

軽い怒りが込み上げて来て、俺は寺カフェのはしから境内けいだいを横切り、山門に向かって走り出した。

こちとら体育会系だ。追いつくぜ! 心の中で、なつめのオッサン風に気合を入れた。

邪魔になる眼鏡めがねを、むしり取って全力でけ抜ける。さほど視力が落ちた訳じゃない。普通は、掛けてないから大丈夫。


「ちょいと! 和尚おしょうさん!」


山門を出た所で、後ろから呼び止める為、大声を上げる。その瞬間、気付いた。


「金髪?」


階段を下りきって、振り向く坊さんの頭は見事なブロンド。そして、浅黒い肌の色。額にはテレビで見た事の有る赤い印。


「イ、イ、インド人だ、インド人だ、インド人だ」


自分でも、馬鹿な事を口にしている。とは思ったが、目の前の袈裟けさを着たニセ和尚おしょうに思わず、そう繰り返していた。


「何、だ? お前!」


ガラの悪そうな口調で、金髪のニセ和尚おしょうが、こっちをにらみつける。


「俺は、半分、日本人だ、めんなよ!」


いや、めて無いし。

それより、やっと気付いた。こいつ、あの手配書、オッサンの資料に写真がってた。

って事は……こいつの連れてる犬は?


「なんか、用、かよ?俺は、忙しいんだ!ガキ!」


サンジープ・八田はった・ナーヤルの、前科8犯のドスの効いた、しかし変なイントネーションのセリフに、思わず後ずさりしてしまう。

そりゃ俺はまだ、普通の高校生なんだから。


「なんか、用かって、聞いてんだろうが? あぁ?」


キレる寸前の顔で、完全にこちらに向き直った前科8犯が、俺に向かって一歩踏み出そうとした刹那せつなそれは、やって来た。

壮絶そうぜつなスピードで、ワゴン車が寺の山門前の道路を爆走してくる。


「な、何、だぁ?」


犬のリードをにぎめたまま、ニセ和尚おしょう尻餅しりもちをついた。その眼前を爆走する車が通り過ぎて行く。

1台、2台、3台。

おびえた犬が泣きわめきながら、前科8犯の周りをね回っていた。

しばし間をおいて、またワゴン車が爆走して来る。その向こうに追跡してくる2輪車が見えた。

最初に出会った時の、戦隊モノのヒーロースーツに身を包んでる訳では無い。が、ただ一台で追跡してくるその姿は、確かにヒーローぽかった。


「銀八っあん?」


追いつけるはずの無いスクーターを跳ばして、ワゴン車を追いかけてくるのは間違いなく、ガス人間8号さんだ。


「せめて、バイクに乗ってよ……」


変身ヒーローなら。

スクーターってのが、ちょい様にならない。探偵たんていだったら……いやいや、これは妄想もうそうだね。

しかし、そのスクーターが最後の1台のワゴン車に迫っていく。


「いや、違う」


ワゴン車の方がスピードを落としてる。前の3台を逃がす為のおとりか?でもスクーター相手なら振り切れるはず。

そんな事を考えていると、ワゴン車のドアがスライドした。


「ブ、ブッ……」


ブレイド・ストッカー。

深夜枠でヒットしたテレビアニメの登場人物ソックリの、トレンチコートにメガネを掛けた中年を通り過ぎた髭面ひげづら男が、ワゴン車から身を乗り出す。

その手にはアニメさながらの、ドでかい拳銃けんじゅうにぎられていた。

ちょうど山門の前、俺とニセ和尚おしょうの前で、レイヤーなガンマンの銃が轟音ごうおんを上げる。


「危ない!」


確実に銀八さんを狙って放たれるであろうと思われた弾丸は、しかし山門手前のアスファルトに命中した。


「えっ!」


そこに、道路は無かった。

銃弾じゅうだんの命中した箇所かしょは、円形に穴が空いている。それも爆発で出来たんじゃない。


「消滅した?」


と、しか言いようの無い、すりばち状の穴が目の前で忽然こつぜんと生まれたんだ。

スクーターは避けられず、その穴に前輪を突っ込み、前に向かって銀八さんが放り出される。

しかし気化生命体である通称、ガス人間8号さんは我々の様に地面に叩きつけられる事も無く、軽い衝撃でアスファルトの上を転がるにとどまった。

それを確認する事も無くトレンチコートの男は車内に戻り、ワゴン車はスピードを上げて去って行く。

それを見送る俺の携帯けいたいが、突然鳴った。


「銀八っあん!」


車と携帯けいたいの事は頭から追い出し、ようやく起き上がろうと頭を振る1637番宇宙の俺に駆け寄る。


「大丈夫?銀八っあん」

「誰の事ですか? それは」


若干じゃっかん、間の抜けた声で俺に聞く8号さん。

ほぼ同時に、鳴り続けていた携帯けいたいが静かになった。母さんかな、後で謝らないと。そう思いつつガス人間8号さんに答える。


「いや、さっきカフェで母さんに、そう名乗ったし?」

「あぁ、もしかして、それが私のこの1500宇宙での……」

「そう! コードネームってヤツ?」

「それは、コードネームとは言いませんよ……しかし……」


心底、情けなさそうに銀八さんは大きなめ息をついた。


「もう少し考えてから、名乗るべきでした。悲愴感満載ひそうかんまんさいですね、これでは」

「まぁ、悪くないんじゃないかな? 伝説の教師から取ったんなら」

「一気に老けてしまいそうでしょう?」


思わず吹いた。

確かに、あのドラマの主役はガス人間8号さんよりも30歳以上は年上のはずだ。


「で、君は何故なぜ、ここに居るのですか? お母様から、カフェで待つように言われたのでは?」

「あぁ、それなんだけど。実は……」


そう言って振り返り、指さしたまま、俺は固まった。

同時に、銀八さんのつぶやきが聞こえる。


「これは……確かに醜悪しゅうあくですね」


二人の琢磨たくまの目の前で、半ば内蔵だけになった犬と、筋肉むき出しの顔で呆然ぼうぜんと座り込むニセ和尚おしょうの姿が、そこに有ったんだ。

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