第2話 特殊指定動物密輸事件-02

ニセ総理事件での小学生、今はイケメン青年のガス人間8号さん。

育ちが違うと、同じ顔立ちのはずなのにオッサンとは大違い。できれば俺も、こうなりたい。

その8号さん、手にした写真を俺に手渡す。そこには大勢の、見るからにマッチョな男達が写っていた。


「おい!待てや、ガス人間8号。オレ様の方が先だぜぇ、事件の話ならよぉ」


イラつきを隠す事もなく、オッサンは立ち上がる。

そこに、カフェのドアが開いて、聞き馴染なじみのある声が響いた。


琢磨たくま! ちょっと、あんた……あら、お知り合いの方?」


ちょうど良かった。

絶妙ぜつみょう間合まあいで寺カフェに入ってきた母に、俺は心の中で最敬礼さいけいれいする。

立ち上がったまま、となりのオッサンが正に最敬礼さいけいれいした。


わたくし、と、とっ?とっとっとぉ……」


そりゃ、詰まるよ。時保琢磨ときやすたくまとは名乗なのれないだろうし。

どうする? オッサン。そう思っていたら、いきなり最敬礼さいけいれいのまましゃべりだした。


「な、な、なつめ武志たけし、と、申します!巡査じゅんさやっております」


緊張にガチガチ、ほほさえ赤らめて、1398番宇宙だったかの俺は、我が母に挨拶あいさつする。


「申し遅れました」


そう口にしながら、1637番宇宙の気化生命体きかせいめいことガス人間8号さんも立ち上がった。


「お初にお目にかかります」


こちらは余裕、と言うか上品にご挨拶あいさつだね。


わたくし阪本さかもと銀八ぎんぱちと申します。高校教師をしておりまして」

琢磨たくまの学校の?」

「いえ、そうでは無いのですが。趣味のサークルで懇意こんいにしてもらっています」

「あ、なるほど。チャンバラの」

「ええ。そうです」


さらりとうそをつき通して、8号さんはさわやかな笑顔を見せた。


「なつめ、たけしさん。に、さかもと、ぎんぱちさん。ですね。どうか琢磨たくまよろしくお願い致します」


母は90度近いお辞儀じぎをして、二人の琢磨たくまあわてさせる。


「も、もちろん」

「これからも、我々におまかせ下さい」


何をおまかせするんだ?俺は。


琢磨たくま、もっと早く教えてよね。母さんが困るわ」


いや、俺は困ってるよ。もっと。


「とにかく、もう少し居てちょうだい。ここでいいから」

「何かあった?母さん」

和尚おしょうさんが見つからないのよ。おじさん達も手分けして探してくれてるけど」


日にち間違えたりするような、いい加減な坊さんでは無かった。そう記憶してる。大丈夫かな?


「じゃあ、見つかったら、携帯けいたいにかけるから。待ってて」


そう言い残すと、母は急いで寺の茶店を出て行った。


「こりゃ、事件だぁなぁ。ボウズ」

「で、無ければ良いけど」


オッサンの狙いに気付いて、俺は相槌あいづちを打ちまくる。


「オメェの依頼は後回しだぁなぁ、こりゃ。ガス人間8号さんよぉ」


ガス人間8号……いや、ここでのコードネーム阪本銀八さかもとぎんぱちさんは、大仰おおぎょうに肩をすくめた。

コードネームは今、俺が勝手に決めた。事後承諾じごしょうだくって事で。


「仕方ありませんね、今回は。とりあえず私一人で探索するしか」


席を立つと同時に、振り向いて銀八さんは俺に忠告してくれる。


「ただ、さっき見せた強盗団が、この辺りに潜伏中のはずです。気を付けてください、琢磨たくまくん。ついでに棗武志なつめたけしさんも」

「オラァついで、かよぉ」


なつめのオッサンは毒づいたけど、俺としては銀八さんに感謝してる。あっさり引き下がってくれたのは正直、助かった。


「んじゃ、オレ様の件を頼むぁ。手伝ってくれやぁ。琢磨たくまくん」


いや、アンタまで、かよ……オッサン。


「でだぁなぁ、コレなんだがよぉ」


こっちの渋面じゅうめんは無視して、なつめのオッサンは革ジャンのポケットから、スマホらしき物を取り出す。

いつの間に手に入れたんだ? スマホなんて物を。


つえと合ってないね、オッサン」

「放っとけやぁ。まぁ、これ見ろって」


やっぱりスマホだった。始まったのは一匹の犬らしき動物のムービー。

どデカイ音に、その犬らしき動物が驚いて飛び上がる。


「悪趣味な動画だなぁ」

「確かになぁ……まぁ、こっからだ。肝心なのはよぉ」


首をひねりながら、続きを見ていた俺の目は多分、まん丸になって行ったんだろう。


「透けて行ってる……」

「あぁ、CGなんかじゃ無ぇ。正真正銘のスケイヌ、透明犬とうめいけんだぜぇ」


やっぱり犬だったのか。

最初はただの、やたらせぎすの普通の犬が、だんだん毛や皮膚が消えて行って、筋肉がき出しになる。


「上がってきそうだ……」


中学の頃、理科室に置いてあった人体模型の犬版。しかも尻尾しっぽ振りながら動き回るのは、かなりグロかった。


「二度目でも来るぜぇ、コイツぁよぉ」


オッサンも口元押さえてる。一回見てんのか?まぁ……効くね、これは確かに。

更に筋肉が透けていき、骨に抱かれた内蔵が剥き出しの状態で、犬め走り出したよ。悪夢か、これ。


「げぇ。れてやがらぁ」


その言葉通り、胃袋や腸が走るたびにれ動く。その内それまでもが消えて、血管のみの向こうに白いもろいコアが……。


「血管も消えたらよぉ、血液だけが流れてんだろぉ?後は骨のみだぜぇ」


ホントに上がってきた苦酸にがすっぱい液体を、おかわりしたブラックコーヒーで押し戻して、俺はめ息をついた。


「悪趣味通り越してるって、これさぁ」

「これだけ見てりゃなぁ」


1398番宇宙の時保琢磨ときやすたくま、ここでのコードネーム棗武志なつめたけしのオッサンは自分のスマホ画面で動く骨が、次第に消えていくのを見せながら言う。


「これでもなぁ、1438番宇宙の連中に取っちゃよぉ、最大の輸出商品でぇな」

「はぁ?」


かなり間抜まぬけな顔で、俺は首をひねった。


解剖かいぼうもせず、しかもだぁ、おどかしゃ勝手に透けてくってぇなぁ」


オッサンは残りのメロンフロートをすする。


「生きたままよぉ内臓の様子やら、血液流れる血管なんぞが見えたらよぉ、医療機関だの新薬の実験やるトコなんざ、どぉ思うよ?」


万々歳ばんばんざいだろうね。

俺の表情から、それを読み取って、コードネーム棗、のオッサンはニヤリと笑った。


「この犬が結構けっこう繁殖力はんしょくりょくが有ってだぁなぁ。ただし1438番宇宙でのみだがよぉ。そこの連中は多元宇宙の他の世界に、この犬を売ってるってこったぁ。特殊指定動物てよぉ」


で、それが俺に何の関係が?

また表情を読んだオッサンが説明を続ける。


「この犬を、個人貿易商の野郎がオレ様んトコの成金なりきんに、売ろうとしたんだわなぁ」

「無許可で?」

「お、話が早ぇな。ボウズ」


そりゃ、判るよ。話の流れから。そうは思うが口には出さない。


「1438宇宙の方でも、オレ様んトコでも、コイツぁ協定違反だってなぁ。今、共同捜査になっててよぉ」

「で、また。ここに逃げられたと」

「よっく判ってんじゃねぇかよぉ」


口笛まで吹かないで欲しい、オッサン。こっちが恥ずかしいから。


「その上、だ。この1500番宇宙は、どうも気候だか環境だかが似てるらしくてなぁ」


なつめのオッサンは肩をすくめた。


「ここでよぉ、もし万が一にでも犬コロが繁殖はんしょくなんざしちまったら……で、1438番宇宙の連中は必死になってる訳だぁ」


だから、それが俺に何の関係が?


「オメェよ、引きの強さは証明済みだしなぁ。尾部おぶん時によ。だから手伝ってくれやぁ。なぁ、琢磨たくまくん」


ニセ総理事件は完全に巻き込まれ、だろ?


「皆まで言うな。気持ちは良く判んぜぇ」


何も言わせず、オッサンは俺の肩をポンポン叩く。


「とにかく、だぁ。その個人貿易商とだぁなぁ、そこの社員の2人が犬コロ連れて、ここに逃亡して来たってぇのは理解できたぁろぅ?」


理解は、できた。ただ納得はしてない。


「俺まだ高校生だって、前にも言ったよね?オッサン」

「あぁ。だがなぁ、二つの、じゃぁ無ぇなぁ。三つの世界の貿易摩擦ぼうえきまさつと犯罪防止がかってんだ。頼むぜぇ、ボウズ」

「いや、無茶苦茶だって、その論法ろんぽう

「な事ぁ、気にしてねぇよ」


いや、俺が気にするよ。オッサン。


「まずは、ここの和尚おしょうさんを探すのが先。オッサンの手伝いができるかは、その後だね」


俺は肩をすくめながら、コードネーム棗武志なつめたけし面倒めんどうだからオッサン、に告げた。


「そりゃ、オメェのカァちゃんらが探してっだろうがよぉ?」

「母さんとの約束を守るなら、俺はここから動けないさ」


さぁ、どうする?オッサン。


「ちっ。しゃぁねぇなぁ。俺も坊さん探しを手伝ってやらぁ」


え? それは予想外の答え。


「いや、オッサンは自分の事件を追えよ」

手掛てがかりぇから、オメェに頼んでんじゃぇかよぉ」


いや、偶然に頼りすぎだって、それはさ。なつめのオッサン。


「ボウズ、頼むぜぇ。ちょい人助けもからんでてよぉ」


珍しく目がマジだった。訳有りの事件なのか?ちょい俺の好奇心が動く。


「とりあえず。オレ様は墓地の方、探しに行くからよぉ。オメェは自分の考えで動きな、ボウズ。んじゃぁなぁ」


そう言いつつ、今回の事件資料を置いて、カマキリの顔見たいなグラサンをけ、オッサンは店を出ていった。

め息を付いて、おかわりしたホットを飲み干すと、店を後にしようと立ち上がる。

そこに声がかった。


「済みません、お客様。お会計を……」


あ、はいはい。そう応えてレジに。

しかし、今時珍しい牛乳瓶ぎゅうにゅうびんの底みたいな眼鏡めがねに三つ御下おさげ。女子大生だよね多分、このお姉さん。


うそぉ……」

「先程のお二人共とも、お会計は、まとめて最後の方がと……おっしゃられましたので……済みませんが……」


バイトらしい女子大生のお姉さんに罪は無い。でも、き上がる怒りが顔に出てしまったんだろう。ちょい引かれた。


「判りました……」


覚悟を決めて、多元宇宙の二人の俺の飲み食いした分も、まとめて払う羽目はめに俺、この世界の時保琢磨ときやすたくまおちいったんだ。

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