第2章 特殊指定動物密輸事件

第1話 特殊指定動物密輸事件-01

「一段落したね」

「ちょっとだけ、肩の荷が降りたわ」


そう言って、母は微笑ほほえんだ。

あの日、半年ぶりに会いたい訳では無い、けど忘れがたい二人に出会って、ひたすら逃げてから十日。


「ここまで無理して付いて来なくても、良かったのに」

「父さんの一周忌いっしゅうきだよ。どうって事ない」


ここは父の田舎。練馬区と埼玉県の接する辺り。


「約束あったんじゃないの?お友達と」

「あぁ、大丈夫。あの二人なら知ってるし、今日の事」

平坂ひらさかくんと駒下こましたくんだったわね?大事にしないと」


了解。そう言って俺は屈託くったくなく笑った。

あの二人とは1年の、あのニセ総理事件の後からの付き合い。今日の墓参りについても、ちゃんと判ってくれた。


「あんた、変わったねぇ。そんな顔で笑える日が来るなんて」

「オバサンっぽいよ。母さん」

「余計なお世話。そうじゃなくて、本当に変わったわよ。去年の夏休みなんて、見てるこっちが……」


母の言いたい事も判る。高校入学とほぼ同時に、父はこの世を去った。


「聞いてるの?」


はいはい。思えば成績低下も部活に興味が沸かなかったのも全ては、それに尽きたのかも知れない。


「それが、去年の秋頃から急にヤル気出して。びっくりしたわよ。夏前には、先生に呼び出されて小言あれこれ言われたのに」


冬休み前はめられたろ?成績が上がればね。


「まぁ、やっと吹っ切れたんだよ。いつまでも、じゃあ、父さんに申し訳ない」


母はニッコリと笑う。息子が先生にめられりゃ大体の母親は、そうだろうな。

部活は、実はめた。気乗りしないのに続けても仕方ないから。

今は、地元のクラブで小太刀護身道こだちごしんどう、って言うよりスポーツチャンバラ? なんてのを始めた。


「父さんが付けたのよね、琢磨たくまって。たくましい男になれって」

「いや……切磋琢磨せっさたくまでしょ、そこは」


来るべき日に備えて、鍛える。

多元宇宙だか平行世界だかの、侵略者が攻めて来た時、母を守れるのは俺だけだから。


頑張ガンバってるよ、父さん」


父の墓に二人で手を合わせながら、俺はつぶやく。確かにあの日、異なる世界の二人の俺に出会ってから人生変わったよ。

たった二時間程度の出来事だった。

大量殺人を平気でやれる、ちょいキチ悪党が逃げ込んだ先の高校生が、犯人を追いかけてきた警官二人に協力して捕まえた、その程度の薄っぺらい事件だったかも知れない。

でも、その高校生、当人である俺にとってはトンデモない体験だったんだよ。

ましてや異世界から来たんだから、そいつら全員。

なんて事を思い返していたら、母から一言。


和尚おしょう様に法要ほうようの話してくるから。あんた、茶屋行ってなさい」


この寺、経営難なのか、それとも住職じゅうしょくが物好きなのか。寺カフェなんてのが境内に有るんだよね。


「んじゃ。お先に」


そう言って母と別れ、カフェに向かって歩き出そうとして、俺は足を止めた。墓石が並ぶ霊園の向こうに、あの二人が手を振ってるのが見えたから。




寺カフェだけに、葬儀そうぎとか法要ほうようとか、お寺のイベントの日は満員なんだろう。でも今日は多元宇宙の俺、三人の時保琢磨ときやすたくまだけ。なんかヤヤコシイけど。

昭和モダンが売りらしい、この喫茶店。俺には、よく判らないけどね。正直な所。

で、とりあえず注文の品が来て。まず、オッサンが口を開いた。


「あれがオメェのカァちゃんかよ?」

「あ?あぁ……」


オッサンにも、あの母親が居るんだろ?俺と同じ時保琢磨ときやすたくまなんだから。

そう思っていると、更につぶやきが聞こえた。


「キレイな人だったぁなぁ」


何だ、こいつ。自分の母親と同じの相手に、何考えてんだよ。激怒しそうになる俺を無視して、斜め上の天井を見上げ、オッサンは、また呟く。


「オラァよ、マトモに覚えてねぇんだぁ。お袋の顔」

「え?」

「てか、親父の顔もなぁ。オラァ2才頃、死に別れちまってよぉ、両親てヤツとな」

「そんな……」


知らなかった。多元宇宙の俺なんて大体、同じような人生を歩んでるもんだろうと思ってた。


「まぁ、大道芸人だいどうげいにんやってた爺様じいさまが引き取ってくれてよぉ、ここまでデカくなったがよ。それまでは、親戚しんせき一同たらい回しだったな」


珍しく弱気に見える眼差まなざしで、オッサンは真っ直ぐ俺を見る。


「別に、オレ様にだけ怪しげなモンが見えたりゃあ、しなかったがよぉ」


無理して笑い取ろうとしなくてイイって、オッサン。


「あん時の杖は水芸みずげいの達人ってぇか液体使いだった、その爺様じいさま形見かたみでよぉ。こいつぁ、あの一件で折れちまったから代用品ってぇヤツだがよぉ」


そう言いながら、立て掛けてあった魔女の杖みたいな木の棒を握った。


「これで精神集中させて、サイコキネシスを使うって寸法すんぽうよぉ」

「あの呪文を使って?」

「呪文?あぁ、あれもなぁ。爺様じいさま水芸みずげいやる時の決めゼリフでよぉ。オレ様も気に入って使ってんだ、集中力を高めるってトコだぁなぁ」


驚いた。魔法使いでは無い事は、ニセ総理事件で知ってたけど。

あの雨の夜と同じ、革ジャンにGパン姿なので尚更、それを思い出す。いや、もうすぐ5月だって、オッサン。暑くないのかな?


「色々あんのよぉ。世の中ってぇのはなぁ」


そう言いながら、二杯目のメロンソーダフロートをすすった。オッサン、ストロー使えよ。アイスが上唇うわくちびるにベッタリだって。


「確かに、色々ありますよね」


それまで黙って聞いていた元小学生……いや、今はイケメン青年の気化生命体きかせいめいたい、通称ガス人間8号さんが口を開いた。


「私の母は病気がちで、今も入院中です」


ぐっと重い雰囲気をかもし出しつつ、ガス人間8号さんは、質の良いジャケットにループタイをきらめかせつつ、プリンアラモードを平らげてフルーツパフェの追加を頼む。


「父は健在ですが、仕事の鬼、と言うより仕事の虫で、家に帰らず職場に泊まり続けるような人ですし」


吐き捨てるように言う8号さん。まだ和解には程遠いって感じかな。家庭優先だった我が父とは大違いだからね。

居るだけマシだろうがよ。と、オッサンのつぶやきが聞こえたが、二人共スルーした。


「違い過ぎるんだな、多元宇宙って」


俺は二人との境遇の違いに、なんだか目が眩む思いだ。それを言葉にする前に、やって来たフルーツパフェを頬張ほおばるガス人間8号さんは言う。


「平行宇宙と言うのも無い訳では有りません。狭義的きょうぎてきに、ですが」

「あぁ、せまい意味でならなぁ」


オッサンが珍しく、同意してうなずいた。


「まぁ、ここ1500番宇宙のすぐ近くなら、平行宇宙、横一線って感じに近いかもな。ほぼ、似たような感じだしよぉ」


また俺の方を見る。


「1週間くらい前によ、オメェ見つけたんで声かけたんだぁが、無視しやがるから……」

「待てよオッサン。俺、知らんよ?」

「あぁ。そこがよぉ、1498番宇宙だったんだぁわ。彼女なんて連れてやがったから、成長したと思ったのによぉ」

「な、何? 彼女?」

「おぅよ。短大生かぁ? 小意気な年上の女だったぜぇ」


ニタァと笑う顔を、ぶんなぐってやろうかと立ち上がった俺を、パフェ食べ終えたガス人間8号さんのセリフが硬直させた。


「それなら、まだ良い方ですよ」


言葉も出せずに、顔を元小学生の方に向ける。オッサンも先を聞きたそうに口笛吹いた。


「1503番宇宙で、3ヶ月前から今回の事件の、潜入捜査をしたんですが……」


妙な間を開けないで欲しい、8号さん。


「都内の高校にね」


こちらはイケメンが表情一つ変えずに、淡々と告げてくる。かえって怖い。


「そこに君が居たんです。琢磨たくまくん」


いや、あなたも時保琢磨ときやすたくまでしょうが。


「そこでは、後輩の彼女と付き合っていましたよ」

「ほぉ~。やるねぇ、ボウズよぉ」


オッサンのチャチャ入れも耳に入ってこない。何だか嫌な予感が。


「で、出来てしまってたんですね」


何が? と、聞く気になれない、イケメンの真顔。


「その後、彼女は出産。今、1503番宇宙の君は高校3年の冬で、父親です」

「ま、待った!俺まだ、2年!」

「平行、いや多元宇宙では時間の流れに、若干のズレが起きるようなんですよ。例え近場でもね、琢磨たくまくん」


だから、あなたも……そんなのどうでもいい!そこの俺は、どうなった?


「私が教師として潜入していたので、あらゆる方面に手をくし、まぁ、彼女のご両親も君を気に入ってくれていたので」


そこで切るなよ、8号さん。


「高校卒業後、結婚。を約束して、就職組として頑張がんばっているはずですよ、今頃」


はぁあぁ。と、大きな溜め息をついて、俺は椅子いすに座り直す。


「頭、抱えたくなるよな話だったよなぁ。おい」


笑いこらえながら、肩ポンポン叩いてんじゃねえよ、オッサン。そう、アンタ風に切り返したい。


「狂犬みてぇな目ぇしてんじゃねぇよ、ボウズよぉ」

「その通りですよ、琢磨たくまくん。あくまでも他の多元宇宙での、君の話ですから」


アンタらの話でも有るだろ?これ。そう言うより先に、どっと疲れた。父の墓参りよりはるかに。

落ち着こうと飲み干したブラック、折角せっかくのホットはすで生温なまぬるかった。


「さて、つかみはオーケー、でしたか。この宇宙では確か」


一段落した。そう言いたげにガス人間8号さんはジャケットの胸ポケットから一枚の写真を取り出し、俺に見せた。


「今回の事件なんですが……」


来たよ。そこに話が行かないようにしてたのに。一番聞きたくない話が。

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