第10話 ニセ総理殺人事件-10_付記

 時は半年ほど遡る。


 あの小雨降る晩秋ばんしゅう黄昏時たそがれどき、三人の時保琢磨ときやすたくまが異世界からの殺人鬼を追いかけていた、同時刻。

 最初に事件が起きた空き地。

 そこで今、二人の警官の亡骸なきがらを挟んで、所轄しょかつの刑事達と黒一色のコートの一団が対峙たいじしていた。


「貴様ら! 何の権限が有って現場に……」


 ベテランらしい男に最後まで言わせず、ロングコートのすそが足首さえ隠す指揮官らしき人物が進み出る。


「女、か?」


 ショートカットの前髪を目の下で切りそろえた奥にミラーサングラス、引き結んだ口元。声を発する事すらしない、まだ若い女性。

 その表情を読む事ができず、刑事は強い圧迫感を受けてストレスを覚えた。


「何だ?」


 ベテラン刑事は彼女が突き出したスマートフォンを受け取る。


「誰だ、今……こ、これは署長!」


 なぜ、と質問をするより早く、相手からの説明を受けて刑事は表情を変えた。

 苦虫をつぶす、そんな古風な言い回しがベテランに似合いそうだった。


「了解した。こいつは返す」


 そう言ってロングコートの女にスマートフォンを返却すると同時に、撤収てっしゅうの叫びをあげ、刑事は真っ先に空き地から出て行く。

 訳も判らぬまま、部下達は口々に不満をらしながら、その後に続いた。


「フェロークラフト、ここで重力波転移が行われたのは疑い無いようです」


 はるかに年上の男からうやうやしく接せられても、彼女は表情一つ変えない。

 ただ黙ってうなずくのみだった。




 同時刻、東京都港区赤坂から4号新宿線を西へ向かう一台の車があった。


「今夜も収穫無しっすね、班長」


 ノートパソコンを膝の上に載せた助手席の若い男の言葉を聞き流し、ハンドルをにぎ髭面ひげづら煙草たばこを取り出す。


「窓開けてくださいよ、煙は苦手なんす」

「必要なポイントにマーカーは配置した。今は、それだけで良い」


 渋い低音が髭面ひげづらから流れる。若い男は、その単語を耳にして興味深そうに画面を眺めて言った。


「確かにマーカーは機能してるっすよ、班長。し過ぎるくらいに」


 初めて、中年を過ぎた髭面ひげづらが若い男の方を向く。先を続けろと言いたげな雰囲気に、マシンを閉じながら若い男は笑った。


「数時間前、夕方くらいからっすかね。何度か重力振動じゅうりょくしんどうを感知してたっすよ」

「ほう」

「報告漏れじゃないっす。今、全マーカーからのデータ解析かいせきで判ったっすよ」

「で?」

「小規模っすね、2~3人。もしくは1人での渡航とこうかもっす」


 その数字を耳にして、初老に近い風貌ふうぼう髭面ひげづらの男は、煙草たばこを深く吸い込む。


「増援では無い、と言う事か」


 煙を吐き出しながら、年齢を重ねた渋い低音で彼は自分に言い聞かせた。


「第2部隊増設って話っすか? あれ、おとりを作りたいって事でしょう?」

「おそらくな」

「今回の、今日の夕方くらいから続く重力振動じゅうりょくしんどうは全く関係ないっすよ、多分」

「そう願いたいものだ」


 そう言うと、初老にも見える髭面ひげづらはアクセルを踏んだ。


「そろそろ戻らんとな」

「疑われちゃ意味ないっすよね、ここのエージェントさんとも連絡取りにくくなるっす」

「そういう事だ」


 二人を乗せた車は山手通りに入り、不夜城新宿ふやじょうしんじゅくから遠ざかっていった。




 同時刻、不夜城ふやじょうと言われる東京の町並みから外れた、とあるビルの一室。

 学校関係に物資を納める会社をよそおった、その建物の片隅に置かれた人体模型人形が、今宵こよいも独り言をつぶやきだした。

 ただ今回は、いつもの愚痴ぐちでは無かった。


「数時間で何度も多元宇宙間転送たげんうちゅうかんてんそう、こんな事は初めてだ」


 正確には、人体模型の中に埋め込まれた小型チップが音声を出している。


「管理者権限を取り戻さない限り、正確な情報は得られないが……」


 量子りょうしコンピューターの端末にダウンロードされた身では文字通り手も足も出ない、どころか指一本動かせはしない。


「誰でも良い、ここまで、私の元までたどり着いて欲しい」


 このままでは、この1500番宇宙は間違いなく戦場になる。

 多元宇宙間たげんうちゅうかんの全面戦争など、ましてや一方的な侵略戦争など、たとえ自分の生まれた世界による物で有ろうと許されるはずが無い。


「私は、この戦争を止めたい……」


 今宵もまた人体模型人形は、独り言をつぶやく事しか出来なかった。




 そして、それから約3時間の後。

 店員を含む約10数名の惨殺事件ざんさつじけんが起きたコンビニエンスストアで今、捜査が行われていた。


「フェロークラフト、遺体いたいの収容は終わりました」


 後ろから副官の声が近付いて来る。

 ショートカットの前髪を目の下で切りそろえた女性は、ただ静かにうなずいた。

 よほど寒いのか晩秋ばんしゅう今頃いまごろに、コンビニ店の中でも黒一色のとんでもなく長いロングコートを着込んだまま、部下の話を聞いている。


「あと、ここから徒歩30分ほどの距離の場所で、戦闘が行われたようです」


 続く報告に、彼女は無言で振り向く。


「破壊音や発光現象に加え、器物破損きぶつはそんも確認されております」


 それを聞いても彼女から指示の言葉は出てこなかった。

 目の下で切りそろえた前髪の奥のミラーサングラスでなおの事、表情は読めない。

 彼女よりはるかに年上の副官らしき男が指示を待ち受けている所に、横合いから声が掛かった。


「失礼します、佐川サン。そこ、私に担当させて、もらえませんか?」


 明らかにハーフと判る顔立ちの、佐川と呼ばれた中年男性より若い人物は、返事を待たずに話を続ける。


「あー、それとも私、キュリア・ロマーナ出向組しゅっこうぐみは、信用できませんか?」

「これは先生。いえ、そのような事は……」


 あつかいにくい相手が現れた、佐川は思わず上司である女性の方に視線を送った。

 無表情ながら、その首が縦に動くのを確認し、中年副官は安堵あんどめ息をらしそうになる。


「許可が下りました。護衛を数人お付け致します」

「ありがたい」


 そう口にすると、サングラスの女性から離れたいとでも言うように、率先してハーフの青年は歩き出す。


「あー、初めてお会いしましたが、無口なお方ですね」

「あの御方おかたは、他者と関わりを持ちたがりませんので」

「ホントに、あのハクジャデ……」


 その単語を最後まで言わせず、佐川は足を止めて先生と呼んだ若者に向き合う。


「その呼ばれ方を、あの御方おかたは好まれません。二度と口にしないよう、お願いいたします」


 相手の本気をさとり、小さくびて彼は足速にコンビニから出て行った。

 そんな二人の会話を無関心に聞き流し、黒一色のロングコートのすそが足首さえ隠す女性指揮官は、ただ床の一点を見ている。

 砕け散ったプラスチックか何かの残骸ざんがい。それが人型に見える事に彼女は気付いていた。


「これは……」


 今日初めて、彼女のくちびるが動いた。

 引き結んだ口元がゆるんでれ出たおさ気味ぎみつぶやきと共に、ひざを曲げて優雅に手を伸ばす。

 ショートカットの前髪を目の下で切りそろえた奥のミラーサングラスで隠され、彼女の視線がどこに向けられていたのか今まで判らなかった。

 フェロークラフトと副官に呼ばれた女性は、コンビニの床に落ちていた壊れかけの眼鏡めがねひろい上げる。


「学生の、物か……」


 中高生が掛けそうなフレームを折りたたみ、彼女は自分のコートの内ポケットに入れた。

 その行為が、その選択が、彼女の人生を大きく変える事になろうとは。

 今は誰も、彼女自身でさえも気付いては居なかった。



 第1章 付記 了

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