第9話 ニセ総理殺人事件-09 了

「済みません。君には迷惑をかけました」


 メタリックスーツから、最初に聞いたイケメン声優さんを思い出させるような、ちょっと大人の甘い声が流れる。


「オメェも良くやってたと思うぜぇ、坊主の肺に酸素供給さんそきょうきゅうで必死だったろうがよぉ」

「あ、気付かれてましたか?」

「たりめぇだろうがよぉ」


 オッサンに言われて初めて知った。そう、だったんだ。俺、何も気付いてなかった。


「オレ様の動きに付いてこうってぇんならよ、オメェら炭素系生命体は確実によぉ、酸欠さんけつにならなぁ」


 ガス人間8号くんは彼なりに、俺の為に働いていてくれたんだ、ずっと肺の中で。

 だから俺達3人は尾部おぶに勝てた。ニセ総理を逮捕できたんだな。


「何を言ってるんです。そもそも我々が奴を捕らえていたら、この1500番宇宙の高校生を巻き込む必要は無かったでしょうに」

「全くだぁなぁ。悪かったぜぇ」


 悪びれる事も無く、オッサンの声がガス人間8号くん、じゃなくて8号さんが手にした赤いレンガみたいな外観の箱から聞こえる。

 今、二人の警官の遺体いたいは運び出されてすでに無い、最初の空き地に俺達3人は立っていた。


「コンビニの御遺体ごいたいについて通報しました。その筋の方々が処理してくださると思います」


 ガス人間8号さんの丁寧ていねいな説明。

 俺があずかってたスマホみたいなやつ、マルチプルコミュニケーターとかで連絡してくれていた。


「後はコレの処理だぁなぁ。にしてもよぉ……」


 ただの高校生に戻った俺の足元に、ニセ総理が捕縛ほばくされた状態で転がっていた。


「これじゃぁよぉ、帰るに帰れねぇだろうがよぉ」


 手の平サイズの小箱から、情けなさそうなオッサンの声が。


尾部おぶ逮捕の為の広域捜査こういきそうさチームは今、私の住む1637番宇宙に居るそうですから、そこへ送り届けますよ」

「カッコつかねぇだろうがよぉ、これじゃ。尾部おぶの野郎をブチ込むはずが、オレ様が緊急避難きんきゅうひなんてかよぉ。しかも持って帰るってぇのが正解だろうが?」


 言えてる。レンガみたいな小箱じゃあね。でも、どうやってオッサンは? 幽霊ゆうれいとは言え、こんな小箱に憑依ひょういって。


「あ? 誰が幽霊ゆうれいでぇ。これがオレ様1398番宇宙に生きるモンの本体よ。ついでに、この箱は簡易のブタ箱だぁな」


 そう言いつつオッサンは、自分で簡易留置場かんいりゅうちじょうだと言った小箱の中から、何分の一くらいの大きさになった顔を出した。


「これが霊素レイスっつってだぁな、オレ様の実態よ。んでぇ店で砕けたのが剛礼夢ゴーレムってぇ、言わば擬似肉体ぎじにくたいだぁ」


 擬似肉体ぎじにくたい? 何だよ、それ。

 とりあえず死んじゃったわけじゃ無かったのか。心配させんなよ、オッサン。ちょい腹がったったけど、さ。

 正直、ホッとした。


「やはり、そう言う事でしたか」

「約束通り、教えてやったぜぇ」

「はいはい。ですが、どうやってケイ素製の擬似肉体ぎじにくたい憑依ひょういするんです?」


 そうだよね。そこがなぞだよ。


「ボウズよぉ、オメェが持ってるそれ、多利杜満タリズマンの力でオレ様、オメェに憑依ひょういしたろうが? 剛礼夢ゴーレムも一緒なんだぁよぉ」

「え? これ? あ、返さないと……」

「そのうち取りに行くからよぉ、しばらくあずかってってくれやぁ」


 取りに行くからって、オッサンは言うけど、無理だよね。


「俺の記憶、消すんだろ?」


 完全に忘れてたって表情で俺を見た後、装甲服そうこうふくの横顔を見上げる。でもそのオッサンの姿はガス人間8号さんには、全く見えてないみたいだ。

 タリズマンを持っているのは俺だから、当然なんだけど。

 一瞬の気まずいような沈黙の後、持っていた小箱を俺に渡して、メタリックに輝く装甲服そうこうふくの頭にガス人間8号さんは手をかける。


「え?」


 空気の抜ける音が響いて、ゆっくりとヘルメットが持ち上がる。中から出てきたのは声にジャストフィットした顔だった。


「オメェ、ガキんちょじゃ無かったのかよぉ。反則だぜぇ、そりゃ」


 オッサンの言う事も判る気がする。ちょっと大人の甘いマスク、とでも言うのか? イケメンお兄さんがそこに居たんだ。


「このまま素顔をさらさないのは、何だか君に失礼な気がしたものですから」


 そう言って1637番宇宙から来た異世界の俺、気化生命体の時保琢磨ときやすたくまさわやかに笑う。

 赤いレンガみたいな外観の小箱を、俺から受け取るとおだやかに続けた。


「君の記憶を消すのは、やめました」

「あ? イイのかよぉ、規則違反きそくいはんてぇ事になるぜぇ?」


 姿の見えないオッサンのツッコミにも、再びさわやかに笑ってガス人間8号さんは言う。


「覚えていて欲しくなったんですよ。琢磨たくまくん、我々の事を君に」

「まぁ確かに、そうだぁな。例え二度と会えなくてもよぉ」


 声の出る小箱を見下ろしてうなずくイケメン。見てる角度が違うから、やっぱりオッサンの姿は見えてないんだね。


「君の言う通りでした。このスーツには生体復元機能せいたいふくげんきのう搭載とうさいされていたようで、私はこうして元の体に戻れました」

「良かった。やっぱりお父さんだね」


 俺の言葉にうなずきつつ、ガス人間8号さんは続ける。


「こんな状況も予見していたのでしょう。戻ったら、きちんと対峙たいじしてみようと思います、父と。君のおかげですね」


 なんか、小学生姿の時と全然違うぞ、ダークさの欠片かけらも無い。吹っ切れたって感じかな。


有難ありがたいもんだぁな、親ってのはよ」


 うん、オッサン良い事言ったよ。あんた、箱のままの方がイイんじゃないか?


「さぁってと。そろそろ報告に行かなけりゃなぁ、尾部甚蔵おぶじんぞうったりってよぉ」


 ったりって、オッサンやっぱ違うぞ、あんたの場合。そう思う俺の前で、イケメンお兄さんがさわやかに笑った。


「そうですね、名残惜なごりおしいですが。では、貴方あなたとこの男を護送ごそうします」

「あぁたのむわぁ。ガス人間8号」

「変わりませんね、まったく」

「そうそう変わるかよ。人間てぇなモンはよぉ」


 そんな言い合いを続ける二人の姿が徐々じょじょに光に包まれ、おぼろげになって行く。


「また、あれかな? ものすごい圧力のやつ、重力波だっけ?」

「えぇ、重力だけが多元宇宙たげんうちゅうを移動する手段なんですよ」

「どこの世界も何らかの方法でよぉ、重力使って移動するんだぁな」


 そういう物なのか。俺は何も知らなかった。全てが隠蔽いんぺいされたこの世界、1500番宇宙って所に生きてる俺は。

 そんな事を考えていた刹那せつな、とんでもない圧力に押しつぶされそうな感じがした。エレベーターで高層ビルを降りるより、ずっと強烈きょうれつなやつ。


「では、これにて。1500番宇宙の私」

「あばよぉ。この世界のオレ」


 最後に別れの挨拶あいさつを告げ、二人と犯人は夜の闇に消えていったんだ。




 あれから半年。

 そう、今は新学年の春、真っ盛り。

 ニュースを見れば、どう考えても、この世界の出来事できごととは思えない事が、世界中で起きている。

 あの秋の日の事件も、結局は迷宮入めいきゅういりみたいだ。仕方無しかたないよね。銃弾が見つからない銃殺事件とか、解決は無理。犯人はこの世界に居ないし。

 もっとも、翌日の俺は全身が関節痛かんせつつうやら筋肉痛きんにくつうで、それどころじゃ無かったんだけど。

 ガス人間8号さんの言うとおり、オッサンの体の動かし方はこの世界の生命体とは相容あいいれないのかも。あのスーツを着てなければ……どうなってたんだろ?

 

とは言え、謎の事件が起こるかと思えば、現代科学では証明できないような奇跡が、人々を助けたりしていた。


「きっと、多元宇宙たげんんちゅうを渡って、異世界から来てるんだろうな」


 通学中、そんな言葉が口をついて出る。

 出た途端とたん、遠く後ろからドタバタとあわててふためく足音が響いてきたんだ。

 誰だよ、まだ遅刻ちこくするような時間じゃないぞ? 俺、かなり余裕持って家を出たし。

 そう思いつつ振り返った我が目に、会いたかったような、いやいや見たくなかったような二人組の姿が飛び込んでくる。


「な、何で? また事件かよ!」


 思わず出た俺のセリフに、あの秋の夜と同じなつかしい声が返ってきた。


「そいつが判ってんならよぉ、力ぁ貸してくれやぁ、ボウズ」

「え?」

「済みません。実は凶悪犯罪集団きょうあくはんざいしゅうだんが、この1500番宇宙に逃亡とうぼうしまして……」

「え、えぇ?!」


 あの二人の声を耳にして、反射的に俺は走り出していた。


「待てや、ボウズよぉ!」

いやだ! 俺は、ただの高校生だからな!」

「そこを何とか、お願いしますよ」


 逃げる俺を、二人が追いかけてくる。


「今、登校中なんだから、無理!」


そう叫んで、俺は学校を目指して全力で朝の街をけていった。



 この二人との出会いが、そして再会が全ての始まり。

 ただの高校生だった俺が「普通」を、そして「人間」さえ卒業していく事になるなんて、この時は考えもしていなかったんだ。


 第1章 了

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