第8話 ニセ総理殺人事件-08

 走り出した俺の目に、奴が、あの危険な電気シェーバーもどきを構えるのがうつる。


「ボウズ、ご苦労さん。交代だぜぇ」


 それまで黙っていたオッサンが俺の声で、そう言った。同時に俺は体のコントロールを失う。


「少年、お別れだねぇ」


 ニチャっと笑いながら、ニセ総理が言う。俺の体はオッサンの指示通り、右手に水のたてを発生させて前に向けて突き出した。


「これで終わりだぁ!」


 雄叫おたけびを上げるオッサン、でも俺は視界の端で点滅する赤いランプが気になってる。

 その点滅する赤以上に、真っ赤な球体が俺に向かって来ていた。いやな予感がする、さっきのコンビニの時よりもマズイ感じが。 



 このスーツの視覚機能が、何かを知らせようとしています。これは、熱……



 言い終わる前に体が動いた、ガス人間8号くんの声が俺の背中を押してくれたんだ。

 オッサンの支配をけ、手の平を雨が止んだくもり空に。俺は前に向けて構えていた水のたてを斜め下に向けた。

 そこへ強烈な衝撃が。


っ!」


 何かが、ぶつかって飛び去る感じが右手に伝わる。

 その瞬間だけ、円形の水のたては周りを照らし出すほどに明るく輝いた。空っぽのアルミ缶をつぶすような音と共に。

 再び夜の闇に包まれた裏通りで、俺の後方の路面が轟音ごうおんを立ててえぐれる。もし、あのままたてを構えていたら……



 熱です、ディスラプターの弾丸だんがんが異常な高熱を発生させてます。通常では無いレベルでの使用、油断でした。



 いや、もう少し早く気付いて欲しかったな、ガス人間8号くん。

 右手の水のたては蒸発して拳より小さくなっちゃったよ。これじゃ、もう使えない。


「オメェ、やっぱりさくだろぉ」


 オッサンが俺の声であきれたように言う。そこまでは言わないけどね、まぁ確かに。

 とりあえず残りは左手の分だけ。果たしてこれで防げるのか? でも、ここでやるしか無いんだ。


「行くぞ! ニセ総理!」


 叫びながら再び走り出そうとした俺に、1398番宇宙からのたった一人の侵略者が声をかけてくる。。


「何度も同じ手が通用すると思っちゃいけませんよ、君」


 ニセ総理が高笑いと共に、そんなセリフを吐いた。

 俺は怒鳴どなるしかない。くそっ、走り出す前に止められた格好かっこうになってしまった。


「うるさい! 試してやるよ!」



 奴がディスラプターの出力を、更に上げています。



 俺の目にも、スーツの機能で尾部の持つ手が倍以上赤く輝くのがうつった。

 これ、無理なんじゃないのか? 防げるのかよ。ガス人間8号くん。


「さっきよりデカいのが来んぜぇ、ボウズよぉ、ここは任せろやぁ」


 発射された弾丸たまが、スクリーン上に赤い球で示され、俺に向かって飛んでくる。


 それを言葉通り、見えるなら大丈夫とオッサンはカンフースターみたいなポーズを取りながら、華麗にけた。


「すげぇな、オッサン。今のけるか」



 琢磨たくまくん。君こそ、ですよ。よく今の動きが出来ましたね。この人の体の動かし方に付いて行けるなんて。



 驚いた。

 そうガス人間8号くんが肺の中で言う。そうだった、けたのは俺の体。確かに動かしてるのはオッサンの意識だろうけど。


「オメェだって奮闘中ふんとうちゅうだろうがよぉ」


 オッサンが、ガス人間8号くんに向かって呟いた。

 気化生命体の俺、1637番宇宙の時保琢磨ときやすたくまは今、俺の肺をシェルターの代用にしてるはず。

 何を奮闘中ふんとうちゅうなんだ?


「何、言ってやがんでぇ、ボウズ」


 考えた途端とたん、俺に憑依中ひょういちゅうの今や幽霊状態ゆうれいじょうたいの1398番宇宙の時康琢磨ときやすたくまが、ぼそっと小声でつぶいた。

 何なんだよ、ハッキリ言えばイイじゃないか。そう思う俺に、また肺の奥から声が。



 二人とも! 今は戦闘に集中してください。それに後ろの音が気になります、確認を……



 と、ガス人間8号くんが言い終わらない内に、後ろから奇妙な音が。

 振り返る俺の目に、高熱で溶けて倒れてくる薄暗い街灯がいとうが飛び込んでくる。

 熱反応弾ねつはんのうだんと化したディスラプターの一撃が命中したのだと気化生命体の俺が解説してくれた。


「でも、これじゃけられない!」


 大通りじゃないんだ、どうけても何かに当たる。

 街灯がいとうでまだ良かった、もし通行人だったら? 物音で家から出てきた住人だったら? 

 派手な音を立てて割れた街灯の、飛び散る破片を浴びながら俺は考え込む。

 どうする、どうすれば、どうしよう?



 尾部が更に出力を上げています、これが最大でしょう。そして、これが最後でしょう。これさえしのげば勝ちです。



 ガス人間8号くんは、そう言うけど。ニセ総理まで、あと15メートルちょい。


「もう一回、けてやるぜぇ」

「逃げちゃダメだ!」


 有名なアニメのセリフが飛び出しちゃったよ。今度のは、もうたまなんてレベルじゃない。


「終わりにしょうねぇ、君。私は忙しいんだよ、時は金なりって言うでしょうが」


 勝ち誇るように尾部甚三おぶじんぞうは口元をゆがめながら、俺に向かって言う。消し去るつもりかよ、人間一人分を完全に。

 装甲服そうこうふくのモニターにうつるそれは巨大な火球と言っていい、けたらどこかの家が被害にう、絶対。


 俺がたてにならなきゃ……たて、そうか。それだ。

 もう一つ有る。だけど、これは。


「小さい。薄っぺらい」


 右手の方は手の甲に張り付いてる程度、左手の水玉だって、さっきと同じくらいのたてにしか成らない。


「雨さえ、まだ降ってれば……」



 琢磨たくまくん、半日以上降っていたんですよ。しかも、このあたりは水はけが悪いようです。



「何が言いたいんだよ?」

「あぁ、そう言う事かよぉ」


 オッサンのつぶやきと同時に、二人の考える事が映像になって俺の頭に流れ込んできた。


「ホントに三位一体さんみいったいなんだな」


 つぶく俺に、出番ですよ。と肺の奥から声が。


「一緒に叫べやぁ、ボウズよぉ」


 左手を突き上げながらオッサンが言う。


「これで勝負だよな、オッサン」


 装甲服そうこうふくのモニターには、限界まで真っ赤に加熱したディスラプターの銃身じゅうしんが。この一撃で決めるつもりだ、ニセ総理も。

 俺の声で、オッサンが雄叫びを上げた。


「三千世界のことわり! 物理法則の全てにおいて、我はこの地に顕現けんげんす! 気は我に答えよ」


 その呪文に応じて、路面の水たまりから、両脇の家々の庭木などから、ありとあらゆる所から雨水が集ってくる。


「それは、あの術師の? なぜだ! なぜ貴様が?」


 異世界からの侵略者、尾部甚蔵おぶじんぞうが疑問符をらす間に、俺の左手には俺自身さえ包み込むような、巨大で分厚い水のたてが生まれていた。


「おのれ! 術師めが悪あがきを!」


 そう言うと同時に、ニセ総理は最大出力とかで凶悪な火球を撃ち出す。

 俺は飛んでくるディスラプターの弾丸たまに、たての角度を調整しつつ突き出す。

 水の盾は渦巻うずまきながら流れを生み出していた。オッサンがサイコキネシスで、たてを構成する水を前から後ろに押し流してるって。

 肺の中から響くセリフを、俺は叫ぶ。


「反射できないなら、送り出してやればイイんだ!」


 どこへ? 雨が止んだ曇り空へ。

 瞬間、真昼のような明るさが路地を照らし、鉄パイプを打ち合すような音がひびいた。

 水のたてなかば蒸発させて、凶悪な火球は雲がかくす夜空へと飛び去って行く。


「ば、ばかな!」

「バカは、お前だ!」


 三人同時に叫んだのかも知れない。一気に残りの距離をけて、俺はニセ総理にる。

 残った水をボクシングのグローブのようにして一撃を繰り出した左手が、顔をかばった尾部おぶが手に持っていた銃身じゅうしんに当たった。

 爆裂音ばくれつおんが響く。


「ひぃいいいいいい!」


 尾部甚三おぶじんぞうの、総理ソックリの悲鳴が上がる。

 真っ赤になるほど熱を持っていたガス人間8号くんの銃は、急激に冷やされた為に砕け散った。でも、こっちも何も無い。武器なんて、もう。

 その時、こんなセリフが俺の口から流れ出た。


「遠慮すんなよぉ、ボウズ。肩に二本も差してんだろうが」


 え? イイのかよ? 形見かたみなんじゃなかったっけ?


爺様じいさまも喜ぶぜぇ、犯人逮捕に貢献こうけんできりゃよぉ」


 

 使わせていただきましょう、琢磨たくまくん。尾部おぶ逮捕が最優先です。



「そう言うこったぁ、行くぜぇ!」


 オッサンの気合で、俺は肩にストックされていた木の杖を引っこ抜き、ガラ空きのニセ総理のこめかみにろす。

 端微塵ぱみじんって感じで杖がくだった。そして顔全体に細かなヒビを入れながら、尾部おぶは天をあおぐ。


「んん、ぶぅ……」


 何だか養豚場ようとんじょうるような気分になるうめきき声を残して、異世界から来た殺人鬼、ニセ総理こと尾部甚蔵おぶじんぞうは気を失って倒れ込んだんだ。

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