第5話 ニセ総理殺人事件-05
ガス人間8号くんは、消えてしまった。
「おぉい! マジかよ? 時間切れってか、手遅れってかよぉ」
ケイ素生命体と呼ばれるオッサンが、ガラにも無くって感じで
「そんな、手遅れだなんて事……」
有る訳が無いでしょう。
「え?」
「何でぇ、ボウズよぉ。こんな時に
「いや、でも」
何だ? 今のは。体の中から響いて来るような、壊れかけのスピーカーが鳴ってるみたいな声は。
間一髪とは、この事ですね。
「うわっ、また」
炭素系生命体の臓器の中は湿度もほど良く、私にとっては安定して快適ですね。
「安定して快適って……」
「何、一人でくちゃべってやがんでぇ、ボウズよぉ。住む世界は違えど、オレらと同じ
「いや、だからさ」
その人には聞こえませんよ、琢磨くん。
しばらくの間、俺の肺をシェルター替わりにしたガス人間8号くんの説明が続いた。
「オッサンさ、あ……」
「誰がオッサンでぇ」
いや、あんたしか居ないだろ?
「ガス人間8号くんは俺の肺に避難したから、無事安全なんだって」
「何でぇ、そりゃ。なら、さっさと言いやがれってぇの。ったくよぉ、肝心な時に退場かよ、使えねぇ」
露骨に
「これでニセ総理を追う事できるって、オッサンのサポートに回るってさ」
「おぃ! ちょっと待てよ。てぇ事ぁ、このボウズを連れてくって事だろうが? 記憶消して
俺に向かって言っても、ガス人間8号くんには届かないよ。
まぁ確かにオッサンの言う通りだと思う、でも俺は一向に構わない。
「俺も行くよ」
「バカかぁオメェは!
実際は、その通りです。
「はい?」
肺の中のガス人間8号が言う。腹が立つ一言に、くん付けが抜けたよ。
「ムカつくなぁ」
「んだとぉ? 生意気言ってんじゃねぇぞ、ボウズ」
いや、オッサン、あんたに言ってないって。でも判らないか。区別つく訳が無いよね。
ですが、君にしか今の私は頼れません。苦肉の策ですが、これに賭けるしか無いのです。
ハイハイ。判ってるって、仲間を35人も殺されたって言う気化生命体の俺、異世界の
ここでだって警官が二人死んでるんだ、俺だってあんな奴、許せない。サポート任せてくれよ。
オッサンに聞いた通りを伝えると、ますます怒り出した。困ったね、時間がもったいないよ。逃げられたらどうするんだ?
「オッサン、ここで取り押さえるしか無いってガス人間8号くんも言ってる」
だれがガス人間8号ですか、何度も。
他に言い様が無いので、これはスルー。それに、いかに流行って無いとは言え、コンビニの事も気になってきた。
そんな俺の気持ちに、肺の中から助言が。
「コンビニにだって人は居るはずだろ? こんな時間なんだし。ニセ総理はヤバい奴だろ? 急がないと、また犠牲者が……」
「そいつぁ、確かにそうなんだがよ」
「ここの総理に成り代わろう、そう考えてんだろ、奴は?」
「な事ぁ、絶対させちゃならねぇ」
オッサン、気合の入った返事が返ってきたよ。もうひと押しだね、ガス人間8号くん。
「絶対、止めなきゃ。俺にだって大事な人達が居るんだ。あんな奴、総理にできる訳が無い」
そう、殺されかけた俺だから言える。あの男は危険だ、笑いながら平気で人を殺せる。そんな奴を野放しにできない、ましてや総理になんて。
「俺が、ここでやらなきゃ……」
呟きながら思う。父亡き今、母は俺が背負わなきゃ。危険な目になんて合わせられない。それに、こんな俺を友と呼んでくれる奴らだっているんだ、そいつらの為にも。
「あぁ、ボウズの言う通りだぁぜぇ。絶対、止めなきゃなぁ」
「決まりだね。俺だって無茶しないからさ、オッサンのサポート、ガス人間8号くんと二人でやらせてくれよ」
殺人鬼なんて野放しにできるもんか、その思いを言葉に託す。
それでも、流石にオッサンも今までと同じようには即答しない。しばしの沈黙の後、ケイ素生命体の革ジャン男は唸るように言った。
「
「判ってるよ、大丈夫」
俺の言葉にオッサンは渋々って感じで
「そうだよな。絶対、止めなきゃ……」
昔、東南アジアの国で
「殺人鬼が総理だなんて……」
こんな俺でも、自分本位で何人もの人間を簡単に殺せる奴なんか、トップに立たせちゃ絶対いけないって思う。
俺と俺の家族、友や仲間の為にも。何ができるか、なんて判らないけど。とにかくニセ総理を捕まえなきゃ。
その通りですが、無理は絶対しないでくださいよ、民間人なんですからね、君は。
「了解、ガス人間8号くん」
誰が、と何度目かのセリフを体内から聞きつつ、俺もコンビニに向かってオッサンの後を追う。
小雨が降り続く中、街灯すら疎らで家々の灯りだけが頼りの、誰一人すれ違う者も居ない路地。
そこを通って、俺達三人の時保琢磨はニセ総理が、まだ居るらしいコンビニを目指す。
「便利だなぁ、やっぱスマホ欲しい」
スマホでは無く、と肺の中から訂正の声。気化生命体の俺は細かい人らしいよ。
「着いたな。ボウズよぉ、とにかくオレ様の後ろに隠れてろ。手ぇ出すんじゃ無ぇ、判ってんなぁ?」
そう言いながらカマキリの顔みたいなグラサンを革ジャンのポケットから取り出した。
暗い路地を抜けてきたから
俺も自分の眼鏡を掛け直す。半分割れてても遠くが見づらいよりはマシだ。
ドアが半開きのままですね。
「だけど、いつもの曲が鳴ってない」
「んだぁ? 扉が開くと音が鳴るのかよ。面白ぇなぁ、この1500番宇宙ってぇ所はよぉ」
オッサンの感想を聞きながら、俺はちょっとした違和感を覚えている。
肺の中に引っ込んだままで、ガス人間8号くんはコンビニのドアが半開きだって、どうやって気付いたんだ?
そこは深く考えない事です。
いや、考えるよ。絶対、何か変な事やってるだろ? なにせガス人間8号だもんな。
ええ。私は気化生命体なので、隙間に潜り込むのは普通にできますよ?
あれ? ガス人間8号って言われても言い返さない。
何だかイヤな予感しかしないぞ。まさか神経とかに直接くっついてるとか?
「やってないよな?」
ガス人間8号くんに、そう呼びかけたけど返事が無い。う~ん、どうなってんだよ、俺の体? そんな事を考えてたら、オッサンの声が。
「店やってってかどうかは判んねぇが、とにかくよぉ、
そう、それしか無いのです。
こんな時だけ瞬時に返答かよ、ガス人間8号くん。
「それしか無いって、8号くんも言ってる」
「よっしゃぁ! 行くぜぇ、ボウズ。オレ様の後ろに引っ付いてろよぉ」
そう言うオッサンの後を追いかけて俺は、いつもの音が鳴っていない店内へ。
絶対ここで捕まえる、そう心に誓って踏み込んだそこは更に、ものすごく明るく感じた。 ただ、不気味なほど静かだったんだ。
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