第6話 ニセ総理殺人事件-06

 スラム化が進んでいるんだろう、この区のこのさびれた街中に有るコンビニでもまだ午後8時前、客は5~6人居た。

 居たんだ。今は、この世には居ない。



 非道ひどい、これはひどすぎる。



 店内を一目見て、肺の中で小学生がつぶやく。

 拳銃を持ってたなら、おどして追い払う事もできたはず。だけど居た客を全て、血まみれの遺体いたいに変えてニセ総理は今、レジから金をき集めている最中だった。



 ご丁寧ていねいに。店内のカメラ全て破壊してあります。な奴ですね。



 ガス人間8号くんが周囲を確認してる。 

 俺の目を通して見てるのか? それってまさかホントに、神経とかに直接くっついてるのか?


「このクソ野郎がぁ……ここでトドメさしてやんぜぇ」


 オッサンがつぶやいた。俺も同じ気持ちだ、怒りが一気に膨れ上がるよ。



 警官のセリフじゃ無いですね。



 冷水浴びせかけるような一言を、肺の中から小学生の声が。一気に頭が冷えるね。

 それでも、レジの前に広がる血だまりに倒れた店員の穴の開いた背中が見えた途端とたん、俺の怒りはぶり返す。。


「許せん!」


 思わず出た俺の叫びに、ニセ総理は驚いてレジ周りの物を倒しながら姿勢を崩す。それを目にしてオッサンは俺の前に出た。



 おかしい、あの傷、銃痕じゅうこんにしては……



 肺の中で考え込むようなガス人間8号くんのつぶやきがかすかに聞こえる。でも今はそれに気を取られる余裕は俺には無い。


「貴様ら……」


 倒れかけの姿勢を戻し、俺達二人の姿を目にした、オッサンの世界の尾部甚蔵おぶじんぞう大袈裟おおげさに首を振る。


「しつこいねぇ」


 どこかオネェっぽいしゃべり方で、ニセ総理はニチャっと気色の悪い笑いを浮かべた。


「ここで、とっ捕まえてやんぜぇ。尾部甚蔵おぶじんぞうさんよぉ」

「出来るのかなぁ?」


 その声と同時に、警官から奪った拳銃をこちらに向ける。


「三千世界の理! 物理法則の全てにおいて、我はこの地に顕現けんげんす! 気は我に答えよ」


 空き地で聞いたのと同じ呪文をオッサンは唱えた。同時にニセ総理の銃口が火を吹く。一気に5発も。


「う、うそぉ?」


 思わず俺は目を見開いて、そんな声を上げていた。放たれた弾丸は空中で、淡く光り輝く壁にはばまれて止まっていたんだ。

 よく見ると、店内のホコリが渦巻いて、照明にキラキラと反射しているだけだったけど。


「ほ、本物の、魔法使い?」


 思わず、うわずった声を俺は出してしまう。さっきの雨の中、革ジャン男は今みたいに弾丸を止めて打ち返してたんだ。


「貴様、やはり術者だったかね」

「魔法使いなんてなぁ陳腐ちんぷな単語使わねぇだけで、オレの世界のヤツだと判んぜぇ? 隠しようが無ぇなぁ、ここの総理たぁ違うって事をよぉ」


 ニセ総理はオッサンの追求を鼻で笑った。


「さしずめ、気体使いかね?」

「ほう。居直いなおったかよぉ、解説ご苦労さんだぁなぁ」

「我々は、魔法使いなんかじゃないからね。この世界で言うなら、超能力者が一番近いだろう?」

「あぁ。オラァ、俗に言うサイコキネシスだぁな。確かに気体程度しか動かせんがよぉ」

「それでも良い方さ。私なんか何もできないんだから」

「で? 逃亡犯かよぉ」

「政治家になったつもりだったんだがねぇ」

諸供もろとも問題や毛鹿けか学園疑惑なんてモンをよぉ、おざなりにしてトットと逃げだすヤツの言い訳にしちゃ情け無ぇな」


 オッサンは手にした木の杖を、ニセ総理に突き出す。


「それだけならよぉ、情状酌量じょうじょうしゃくりょうってのも有ったろうによ。証人皆殺しじゃぁな」


 それを耳にして、この世界の現総理大臣と同じ顔が、この上なく不気味な笑いにゆがんだ。


「だから?」

「んだとぉ?」

「だから何だね? と聞いているのだよ。私の足を引っ張るなら、友でも妻でも無いさ。消え去れば良いのだよ」


 吐き気をもよおすって、こう言う事なんだろうな。って言うか、肺の中で気化した小学生が暴れてるみたいな感じがする。

 気持ち判るけど少し大人しくして欲しいよ、本音言えば。シェルター替わりとしてはね。


「抜かせ! こぉのクソ野郎がよぉ!」


 再び銃弾を弾き返そうと、オッサンは杖を振りかざした。

 同時に、ニセ総理が今度は別の物をオッサンに向けた。あの空き地でも見た、グリップの細い電気シェーバーに見える物。



 あれは! 私の……



 肺の奥から今、ものすごい動揺どうようが伝わって来る。

 あれ? 壊れてて撃てないんじゃ……


「君は他の世界を、もっと知っておくべきだったね」


 鈍い銀色のそれを目にした刹那せつな、俺の肺の奥から小学生が警告を叫んだ。



 危ない! ロックが解除されて……



 でもガス人間8号くんの声は、俺にしか聞こえない。オッサンの耳には届かない。

 再び、ケイ素生命体革ジャン男の前に、ホコリ渦巻く輝く壁が生まれる。が、何かがそれを突き破ってオッサンの革ジャンで光った。

 続いて黒々と穴が開いていく。

 そして魔法使いの杖までもが、真ん中を撃ち抜かれ閃光せんこうと共に二つに折れた。


「ぐふっ!」


 そんな声と共に、オッサンは前のめりに倒れこむ。途端とたんにその体が固まって、ひび割れだした。


「言ったでしょうが。もっと他の世界を知りなさいと。物理的に実弾撃ち出すだけが武器じゃないんだよ。多元宇宙たげんうちゅうには色々とね」


 更に気色悪い笑いを貼り付けて、ニセ総理ことオッサンの世界の尾部甚蔵おぶじんぞうは、色まで変わった革ジャン男に近付く。。


「命尽きるまで、総理大臣である私をながめめ続けたまえ」


 音を立てて砕け散るオッサンに向かって、奴はそう勝ち誇った。

 俺の体内では小学生の絶叫が響いていて、うるさくて叶わない。


「ディスラプター?」


 小学生の住んでる世界では当たり前の、光学兵器だそうだ。俺にはよく判らないけど。


「君はまだ、抵抗しますか?」


 ニセ総理は、そう言った。


「当たり前だ!」


 そう言いつつ、向けられた兵器を前に俺は足を踏み出す事ができない。



 琢磨たくまくん、今は我慢してください。一旦、ひざを付き降伏の姿勢を。



「嫌だ……」

「何だね? その反抗的な目は」


 ガス人間8号くんの声に反抗して呟く俺を、ニセ総理は苛立いらだちを隠さずにらみつける。


「私はね、忙しいんですよ。今日、テレビの生放送に出演しなければならんのだからね」

「それは、本物の尾部総理おぶじんぞうの話だろ!」

「私が本物だ!」


 キレたのか、声を荒らげてニセ総理が手にした兵器を振り回す。撃つのでは無く。



 とにかく今は我慢してください。君だけが最後の希望なんです。



 嫌だ、それでも。こんな奴に降伏するなんて。そう思うけど何も出来ない。

 目を伏せて、唇をむ。こぶし、握り締めるのが精一杯。そんな情けない状況の俺に、気分を良くした尾部おぶが言う。


「ここを動かないように。これから本物の私が、この国の総理に戻るのでね。これ以上、私の民を殺傷したくは無いんだよ。判るね?」


 うそつけ、この野郎! そう怒鳴どなってなぐり付けたい衝動にられた俺を、ガス人間8号くんが必死に止めた。



 奴の狙いは君が向かってくる事、撃てる理由が欲しいんです。乗せられてはダメです。



 肺の中の声に、立ちすくむ格好かっこうになった俺の横を、ニセ総理が歩き去って行く。

 壊れかけの眼鏡がズレ落ちて、コンビニの床に当たる音だけが耳に残った。



 私のせいです。スーツを送り返す前に、装備を確認していれば。奪われた事に気付いていれば。



 ガス人間8号君のせいじゃない。俺だって最初に撃てなかったから、壊れていたと思い込んでた。


「オッサン、ごめん……何もできなかった」


 砕けた異世界の俺、革ジャン男の成れの果てを見つめて呟く事しかできないのがくやしい。

 俺にできる事って、爪が食い込むくらいこぶしを握り締める事だけなのか?

 そう思った刹那せつな、耳元でこんな声が。


「まぁ仕方無しかたねぇって。それにしても、よっく我慢がまんできたなぁ。ボウズよぉ」

「え? オッサン?」


 驚いて俺は周りを見渡した。


「お、声聞こえてんだぁな。ならよぉ、まぁだ逆転のチャンスは有らぁな。さぁ、反撃だぜぇ!」


 俺以外、誰も居ないコンビニ店内に、陽気でやたらハイテンションなオッサンの声が響き渡った。


「とりあえず、なんだがよぉ。そこの、オレ様の首んとこに有るはずの多利杜満タリズマンを取ってくれやぁ」


 そしてまた、すでに居ないはずのオッサンの声が明確に俺の耳に届く。


「たりずまん、ってこれか?」


 ひび割れて砕け散ったオッサンのご遺体の首あたりに有ったネックレス? 青くきらめく宝石の様な物を、俺は言われた通り拾い上げて握り締めた。


「んならよぉ、見えんだろぉがよ?」


 確かに、オッサンが目の前に居る。


成仏じょうぶつできないのか?」

「あ? まぁだ死んじゃいねぇぞ、ボウズ」


 地縛霊じばくれいは自分が死んだ事を理解できてない、そんな話が頭をよぎった。思わず手を合わせてしまう。


「何やってんでぇ、こら」

「迷わず成仏じょうぶつしてくれ、オッサン」

「て事ぁ、見えてんだな? なら話は早ぇ」



 琢磨くん。私にも彼は見えていま……



 肺の中のガス人間8号くんのセリフが終わらない内に、目の前のオッサンの姿が消えた。

 同時に、猛烈な寒気が俺を襲う。


「な、何だよ、いったい」



 この悪寒おかんは、只事では有りま……



「いよっしゃぁ!」

「え?」


 再びガス人間8号くんの話を遮り、俺の声で、雄叫おたけびと疑問が交互に上がる。


多利杜満タリズマン持ってる有機体ならよぉ、オラァ憑依ひょういできちまうんだよなぁ。ま、時間が無ぇからよぉ、追っかけるぜぇ。あのヤロウをよ」

「幽霊に取り付かれちゃったよ、俺」

「誰が幽霊でぇ。まぁ、いいかぁ。ボウズよぉ首から下げとけやぁ、両手が空くだろうがよぉ」


 確かに。握り締めてた青くきらめく宝石の様な物を、俺は首に掛けた。


「さってとぉ、時間が無ぇしな。あのヤロウは絶対、止めなきゃならねぇ」

 でも、どうやって? そんな俺に肺の中から声が。



 琢磨くん。君にあずけた物、取り出してください



「おう! 親父さんから就職祝いかよぉ」


 俺の声でオッサンがはしゃぐ、何でそんなにハイテンションなんだ?


「これ?」


 銀色の万年筆くらいの大きさの、ボタン付きの金属棒をポケットから取り出す。



 武器が必要です、奴と戦うなら。この際なんでも構いません。



「だぁな。オメェの親父さんに期待させてもらうぜ、ガス人間8号よぉ」



 長距離狙撃ちょうきょりしゃげき用の、ビームライフルか何かだと良いのですがね。



「なら、ボウズの負担ふたんが少ねぇなぁ」

「いやいや、俺、ライフルなんて撃った事ないって」


 しかもビームって。

 話を勝手に進められて、流石さすがに俺もあわててふためく。そう言いつつも金属棒のボタンは押してみた。


「うわっ!」


 その瞬間、世界が変貌へんぼうしたんだ。

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