第3話 ニセ総理殺人事件-03
立ち尽くす俺の横から、二人の会話が耳に入ってきた。
「送り返したかのよ? 今の重力波は」
「一応、これで本部に詳細を報告できたでしょう。外部カメラが全ての映像を記録していたはずですし。ただ、応援は来ないでしょうが、もしかしたら助力を
「あ? 野郎を追っかけて来たんだろうが? 応援呼べねぇのかよ?」
「刑事じゃ有りませんからね、私は」
「え? さっき確か捜査令状って、突き出して……」
俺は思わず小学生に問いかけた、でも帰ってきた答えは。
「あれは
平然と、
「あ、送り返す前に武器は取っておけば良かったですね」
「オメェ、実は抜けてやがんだろぉ」
あの危険なシェーバー以外に武器有ったのか。あれは撃てなかったから、まぁ問題無いのかも。
「さぁ、行きますよ。すぐ
ツッコミの一言を無視してスマホを見ながら、元着ぐるみマンの小学生はオッサンに声を掛けた。
「こいつぁ、どうすんでぇ」
総理が逃げていった方へと歩き出した小さな背中に向かって、オッサンは俺の方を見ながら言う。
「君、一緒に来てください。巻き込んでしまって申し訳ないですが」
振り返りざま、冷静な声で小学生は俺に向かって、そう告げたんだ。
「だぁとよ、一緒に来な。ボウズよぉ」
撃たれた足を引きずりながら歩き始めたオッサンを見て、俺は慌てて空き地に飛び散った傘や鞄、壊れた眼鏡を拾い集めて二人の後を追いかける…はずだった。
「痛ってぇ」
倒れていた警官に、つまずいた俺はまた水たまりに突っ込む。
顔を上げた俺の目に、警官の顔が間近に。それは見覚えが有る顔だった。
ウソぉ」
今朝登校する時に挨拶した新米さん、朝は元気だったのに、今は。
おい、ボウズ。さっさと来いよ」
オッサンの声に引きずられて立ち上がり、新米警官さんの方を見ながら俺は走り出す。
「知り合いが、死んでた」
「デカならよぉ、命の危険たぁ隣り合わせだぁなぁ」
そんなオッサンのつぶやきを耳にしつつ進む空き地の向こう側は、路地に繋がっていた。
今も小雨が降り続く薄暗い街灯が頼りの狭い道、結構な距離を進む。
そんな中、傘もささずに先頭を切る小学生に、傘じゃなくて木の杖を握ったオッサンが呼びかけた。
「とりあえず来ちまったがよぉ、あの野郎の足取りは追えんのかぁ?」
「これが有るから大丈夫ですよ」
「何でぇ、そりゃ」
「マルチプルコミュニケーター、判りませんか?」
「悪かったなぁ。物を知らなくてよぉ」
いや、俺も知らないよ。スマホじゃないのか、あれは。
「奴がここへ飛ぶ際に、その体組織成分が記録として残っていましたから」
そう言いつつ小学生は、あのスマホを覗き込んだ。
「どれほど速く走れようとも、そう遠くまでは行けないでしょう。これで奴の居場所が判ります」
スマホ……じゃなかった、何とかケーターの画面を操作しながら言い切る。
でも直ぐに、ドヤ顔だったその表情が一変したんだ。
「
あと七つくらい授業で出てたような元素の名前が並んだ。この小学生、細かい。それはさておき、オッサンとニセ総理が同じ?
「んな野郎と一緒にされんのは、迷惑な話だがよぉ。間違っちゃいねぇはな」
オッサンを見る小学生の目がみるみる険しくなっていく。
「ケイ素生命体、確か1398番宇宙だと」
はぁ? 何だか話が変な方向に。何なんだよケイ素生命体? 1398番宇宙?
「あの野郎が
「逃げられ続けてる、そういう事ですよね」
「つい数時間前に、本部に連絡が来てよぉ。1637番宇宙で大規模な爆破事件ってぇのがな」
はぁ? 今度は1637番宇宙? イイ年したオッサンがSFラノベの話かよ?
って俺の呟きも、二人の耳には全く入らないらしい。完全に無視されたまま、オッサンと小学生の会話を聞き続ける羽目になってしまったんだ。
「そこで35人もの犠牲者が出たって事で、捜査チームは全員で1637番宇宙に。そう決まったんだがよぉ」
「貴方一人、置き去りですが」
うわ、とことんダークな笑い方したよ。この小学生。
「な訳、有るかぁ。奴は絶対ぇ、ここに戻って来る。オレ様一人、そう発言したんだがよぉ」
「耳を貸す者無く、置き去りですか。
軽蔑の眼差しってヤツ? 流石にオッサンもイラッときたみたいだ。
「あの野郎は、この1500番宇宙に固執してやがんだよぉ。この世界の
ついに、この世界だって。1500番宇宙? 何なんだよ、説明してくれよ、俺にも判るようにさ。
「それが?」
「奴ぁな、テメェの世界じゃ某宗教団体とかとの
それを聞いて、思わず俺は声を上げた。
「じゃぁ、あれは総理の偽物なのか?」
「偽物っちゃぁ偽物だわなぁ。総理大臣じゃぁ無ぇ。まぁ
「あの男が、この1500番宇宙に固執する理由は、それだけですか?」
またダークな笑いを浮かべて、小学生が問いかける。対してオッサンは肩をすくめながら答えた。
「
「まさか……」
小学生から皮肉な笑いが消えた。
「あぁ。奴ぁ、ここの
「そんなバカな!」
思わず俺は叫んでいた。大量殺人を犯した奴が、すり替わる? 総理大臣に? 確かにソックリさんでは有ったけど。
「まったくですね。そんな馬鹿な事が許されるはずが無い。奴には裁判を受けさせ、罪を償わせねばなりません」
「ほぉ。パイセンやられたって言ったからよぉ、復讐に走んじゃねぇかと思ったぜぇ」
「冗談は、やめて欲しいですね。これでも一応、警察に勤めています」
「そうと決まりゃあ、とっ捕まえんのに手ぇ貸してくれや」
「仕方が有りませんね」
返事を聞いてオッサンは、ずっと手にしていた魔法使いの杖みたいな木の棒で自分を指し示す。
「オラァ、時保琢磨。宜しくな」
その一言で小学生は固まった。そして俺も。
「ときやす……たくま?」
「マジかよ!」
小学生の呟きに、俺の叫びが続く。
「何でぇ? その反応は」
首を傾げながら、そう言うオッサン。
いやいや、自分の名前を初対面の人間の自己紹介で言われて、珍しいですね同姓同名ですか? とでも言えばいいのか。他に、どう反応しろっての? と聞きたいよ、俺は。
俺の気持ちを、小学生が代弁した。いや、代弁どころじゃなかった。
「
「ま、マジかよ?」
オッサンと俺の声が重なる。
「えぇ、本当に」
ものすごくガッカリしたって感じの声に、俺も口を開いた。
「あの、さ。その……俺も
「何かの間違いだよな。同姓同名の人間が三人もってさ」
変な笑いを浮かべてるんだろうな、今の俺。
「いえ、そうでは有りませんよ、君」
小学生の冷たい否定の一言に、オッサンのセリフが続いた。
「あぁ、間違いねぇなぁ。オレらよぉ、同じ一人の人間って事だぁな。住む世界は違うがよぉ」
そんなバカな? って声さえ出せずに、俺の手から、差していた傘が滑り落ちて行ったんだ。
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