第2話あの子はだれ


 始業時間よりだいぶ早く教室に着いたボクは、席についてもまだ夢見心地で、あの少女のことを考えてばかりいた。


 見た感じでは、年頃はボクよりも二つ三つ下だったろうか。だとすると高校一年生か、中学三年生というところか。うちの高校では見かけたことがなかったから、中学生なのかもしれない。


 彼女の小さな顔は白くすき通るようで、今にも空気に溶け込んで消えてしまいそうに頼りなくて。

日に焼けた、元気いっぱいの、クラスの女子たちとは、だいぶ雰囲気が違っていた。



「おはよ。あおくん」

隣の席の美登里みどりが声をかけて来た。女子バレー部の部長、活発な女の子だ。


「あ、おはよう」

ボクが挨拶を返すと、美登里は不思議そうな顔をして聞いてきた。


「どうしたの、ボーッとしちゃって」

「どうもしてないよ」


「そうなの、熱でもある?」

美登里は身をのりだして、ボクの額に手を伸ばそうとした。


「いや、大丈夫」

ボクは咄嗟に美登里の手を避けてしまって、ちょっと「しまった」と思った。


「ふうん、ならいいけど」

案の定、美登里は不機嫌になって、そっぽを向いてしまった。


 ボクはちょっとだけ、美登里が苦手なのだ。

嫌いなわけじゃない。押しが強いというか、パワフルな彼女に、いつも圧倒されてしまうのだ。


「碧、今朝は全校集会だ。行こう」

幼なじみのとおるが誘いに来た。


「あ、忘れてた。サンキュ」

ボクが立ち上がって、チラと美登里をうかがうと、彼女はさっきの不機嫌を忘れたように、友達と笑いながらおしゃべりをしていた。


笹原ささはらさん、全校集会」

ボクが美登里に声をかけると、彼女も忘れていたみたいで、あわてて立ち上がった。


「イヤだ、忘れてたよ、碧くんありがと。美津ちゃん、志乃っち、行こう」


バタバタと友だちと走って行く美登里を見送ってから、ボクも透と体育館へ向かった。




 放課後、帰宅部のボクは、とおると連れだって校門を出た。

透の家は、今朝会った少女の家の裏手あたりにある。あの少女のことを知らないか聞いてみた。


「ああ、知ってるよ。すみちゃん。三つくらい年下かな」


 なんでも、母親同士が友達で、子供の頃、母に連れられて遊んだこともあるらしかった。


「体が弱くて、病気なのかな。最近は学校へも行けてないらしいよ」


 透の言葉に、ボクはあの少女の今にも消えてしまいそうな、繊細な姿を思い浮かべた。


「どうしたの、れた?」


「そうかな、なんか気になるんだよね。けさ窓辺に立ってたのを見たんだ。きれいな子だよね」

ボクが正直に言うと、透は笑った。


「最近は見てないから知らないけど、確かに昔は可愛かったな」


 彼女の家の二階の窓は、今は閉まったままで、白いカーテンが引かれたガラスに、張り出した桜の枝が映っていた。


 彼女の家の前で透と別れたボクは、桜並木をたどって、彼女のことを考えながら家に向かった。


澄ちゃん、澄ちゃんて言うのか。また会えるかな。会えるといいな。

ボクは、けさ見た彼女の姿を思い描きながら、日が落ちてきた桜並木を歩いた。

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