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「私に足長おじさんを期待されても困るね。私は投資家であって、慈善事業をやっているのではないんだ」
教会に通ってくる女性が、小さな子供がいるせいで仕事につくのがむずかしく、家賃が払えなくなりそうで困っているから少し上乗せしてもらえないだろうかとクリスが頼むと、吸血鬼野郎はこう言い捨てた。直前に飲んだ“キリストの血”も、やつの血管を温めるには至らなかったみたいだ。
「人間に望みをかけるのは間違いだよ。
やつはいつもときっちり同じ金額を小切手に書き込みながら言った。使っている万年筆がキースを刺したやつじゃないかと思ってギクっとしたけど、どうやら違うようだ。
「あんたは誰かに与えるどころか、他人から奪って生きてきたんだろうが」
「私を泥棒呼ばわりして手袋を受け取りたいのか、小僧?」
ニックは氷のような眼と声で言い、狼みたいに牙をむいた。
「たとえタダでもあんたからもらいたいものなんかねえよ」
大体、これから暑くなるっていうのに手袋になんの用があるっていうんだとぶつぶつ言ったら、クリスが「そういう意味じゃないよ」とため息まじりに吐き出した。
「ふたりとも大人げがなさすぎだ――特にノーランさん、あなたは……」
「年齢で差別をしないのが、最近の新世界におけるほとんど唯一といっていいくらいの良い風習だと思っていたのだがね」
この見栄っぱりのクソジジイは、
「ですが長い目で見れば、子供たちの健全な育成に資金援助をするのは、社会に対する投資ですよ」
ニックは本革のカバーがかかった小切手帳からわずかに目線を上げてクリスを見た。
俺にキースみたいな“才能”があったら、こいつの小切手帳をひったくって、口座がカラになるまで引き出してやるんだが。俺に見せつけるためにやってるとしか思えねえ。本人名義かどうか知らねえけど、ガンショップじゃたしかあんたクレジットカード使ってたよな?
「私はじゅうぶんすぎるほど売上税を払っているし、間接的に経済に貢献して税収の増加に寄与しているのだから、これ以上手広くやるつもりはない」
えー、なんだよ、永遠に時間が止まっているこいつがわざとらしく高級腕時計をしてる理由ってそれ? スマートウォッチだと心拍数が感知できなくて毎度毎度通報されるのがウザいからじゃなくて?
「目の前に困ってる人がいるってのに見捨てるのかよ」
クソ、やっぱこいつの杭を抜いてやるんじゃなかったぜ。
「税金をどう分配するか決めるのは州政府の仕事であって私の仕事ではない。誰かを救いたければ魚を与えるより網を与えて魚の
「この……!」
俺が腰をうかせかけたところへ、
「ディーン、やめなさい。……ノーランさんの言っていることにも一理あるんだ。すべての人を救うことはできないのだから――人間には」
「
こいつマジで人間じゃねえな。こうなると、人間だったことがあるのかどうかもあやしいもんだ。
「しかしまあ、方法がないわけでもないよ」
やつはカチリと音を立てて、黒光りするペンにキャップをすると、スーツの胸ポケットにしまった。
「たしかその女性はシングルマザーで、幼い子供がいると言っていたね?」
「ええ。七歳と四歳の男の子と、半年ほど前に生まれた女の子が……」
可愛い盛りだな、とやつは言って、
「その男の子たちが――どちらか片方でもいいが――美しいブルネットで、家族のために自分を犠牲にする心づもりがあるのなら、その身とひきかえにめんどうをみてくれそうな男をひとり知っている」
「――ノーランさん!」クリスがまなじりを吊りあげて叫んだ。
「なんだね。断っておくが、人の道を大幅に踏み外したその男というのは私ではないよ」
「吸血鬼のくせになに言ってんだ」
「……冗談でも言っていいことと悪いことがある」
クリスの視線は今すぐにでもニックを火炙りにしそうだった。たぶん、お祈りすれば確実にそうなるだろうな。
けどクリスが『ヨハネによる福音書』を唱えるより早く、
「失敬、
「クリス、
クリスはうなだれて、深々とため息をついた。
「……あなたのおっしゃりたいことはよくわかりました、ノーランさん。それならせめて私の」
「わーッ、ダメ、それはゼッタイだめ!!」
「なんで止めるんだ」吸血鬼野郎は俺を
「うるせえこの野郎、出世払いにしとけ」
「百年待ったところで回収できそうにないな」
「申し訳ありません、ノーランさん。少しその……状況が変わったものですから」
キースの兄貴を殺して俺が
「もちろんだとも、神父。時間はたっぷりある」
くたばりやがれこの野郎。俺は唇の動きだけでそう言った。
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